January 16, 2004

「磁力と重力の発見」の発見

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 12月の朝、自宅から事務所に向かう自転車のペダルを踏む足が、いつになくかろやかで心地よかった。
 むろん雲ひとつない空のおかげもあったけれど、それにもまして朝刊で一面をつかった「大佛次郎賞」の記事に山本義隆氏の大きな写真が載っていたせいなんだと気づいたのは、すこし走ってからだった。
 山本氏の「磁力と重力の発見」の3冊は、秋山東一氏の事務所LANDSHIPのテーブルの上でみつけた。自分の眼で本屋の棚に見つけたのがちょっと羨ましかったけれど、タイトルを見ただけでも、どのような意図でどのようなことが書かれているのか分かる気がした。やがてぼくもLANDSHIPのサイトにある広告からAmazon.comに入って注文した。多数の本を一度に買うと、お菓子をいっぱい与えられた空腹の仔犬のように、先を急いで喉につかえそうになるので、ぼくは全巻を揃えずにとりあえず2冊を注文した。

 新聞には、選考委員の池内紀、井上ひさし、奥本大三郎、富岡多恵子、養老孟司の5氏の評があった。どれもが、魔術のなかから科学が発生してきたことについての指摘を評価しているけれど、養老氏の評には苦さが含まれていて、いつまでも僕の中からはそれが消えない。「西欧科学の盲点をみごとに見通す」と肯定的に評したあとに「個人的な意見を付け加える」と続け、「選評を拒否する」と書いた。「同じ東大闘争に巻き込まれ、多大の影響を受けた結果として、全く別な論評もありうるから、背景を含めた論評は拒否するしかない」という。この選評から、山本氏と養老氏がかつて置かれた選択の岐路について勝手な想像がうかんだ。

 「バカの壁」の中で、養老氏は当時の学生の主張を信用しないと書いている。養老氏のいた医学部は68年の東大闘争の出発点だったから、助手くらいの立場にあったであろう養老氏は、もっとも厳しい選択に直面したはずだ。その点では、山本義隆氏と立場を同じくする。この先どう生きてゆくかについて学部学生の気楽さとはちがって、教授たちと近い位置にある助手や博士課程の大学院生は切実な立場にある。学会を支配しているつもりの東大という組織の矛盾をだれよりも強く感じていると同時に、すでに自分自身の研究にも深く入り込んでいる。そういう立場にあって叛乱をおこすことは、みずからの研究者としての可能性をせばめ退路を断ち切ることでもある。その時に研究を続ける立場に身を置くか、それを否定するかは極めて重い選択だったことは想像に難くない。
 とりわけ、ふたりの学部は特別な条件がある。養老氏の医学部は患者の生命という重い責任と現実を病院という実在する場所にかかえている。さらに、経験と現実の蓄積は医学にとって欠かせない。一方、山本氏の研究していた物理学は医学部のようには現実社会と直結してはいない。科学の最先端にあっては、経験や蓄積よりも、むしろ独創性のはたす役割が大きいから、20代後半という時期は研究者として極めて重要なときであったはずだ。

 養老氏が研究を続ける立場を選んだとすれば、別の選択をした学生とは厳しい対立があったにちがいない。山本氏にとっては、東大の解体を主張し研究者を追い出して占拠・バリケード封鎖をすることは、研究を続けたいと考える人たちの手からかけがえのないものを奪うことになる。それを失うことの大きさを、山本氏はだれにもまして重く受け止めていただろう。そして山本氏自身は研究者としての道をみずから断ち切った。

 はじめ、「磁力と重力」とは場を作る力のことだろうとぼくは想像した。しかし、この本によれば、かつてヨーロッパ人は重力と磁力を「遠隔力」として捉え、始めは神の力として、つぎにルネサンス時代にはキリスト教からの解放によって、魔術として捉える方向に向い、やがてそれが羅針盤を手に経験と実証を経て科学へと代わってゆくという流れをとらえている。しかし山本氏が書いたこの本の中に、科学史以外のものを読み取ろうとする誘惑から逃れられない。

 かつて大学を「遠隔力」によって動かしていた「神」に反抗した学生が、大学に「科学」を持ち込もうとした。やがて大学・学生いずれの側も「魔術」に支配され、大きな魔術が小さな魔術を滅ぼした。そして今も、まだ進むべき方向を指し示す「羅針盤」を、まだだれも手にしていない。環境もまちもさらに悪化し、経済のワンサイドゲームが進行してゆく。じつはまだ、人間の共通の価値基準としての「科学」の時代は来ない。

 かつて学生の埋めつくした安田講堂前の広場には植物が植えられ、地下に学生食堂が作られた。ここで集会などはさせないという明らかな意図のもとになされた改修は、この大学の建築学科によってなされた。それに異論を唱えた者がいなかったとは思えないがそれはついぞ聞かない。設計者は、この大学のありかたをかたちに表してそれを批判しようとしたのか、あるいは、どこかに知的な時限装置を備えた企みを潜ませるくらいのことをしているのだろうか。

投稿者 玉井一匡 : January 16, 2004 03:45 PM | トラックバック
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