February 12, 2004

眠る男

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 夜遅い山手線の電車で座席に腰をおろすと、ひとりの男が向いの座席でひたすら眠り続けていた。「眠」のつくりをとって、彼の名をタミオと呼ぶことにしよう。周囲の床には彼のものとおぼしき持ち物たちが散在している。持ち物をつぎつぎとまわりに散らして行ったのだ。黒いバックパック、左右の靴、そして携帯電話。
 興味深い光景だったから、バッグからデジタルカメラを取り出して膝の上に乗せた。ストロボは光を台なしにするから、ぼくはいつも設定をオフにしておく。こんな時に液晶ファインダーが可動だと便利なのだが精一杯広角にしてシャッターを押し、液晶をうえに向けて確認する。それからの彼の行動はさらに興味深いものだった。

 いくつかの駅を過ぎて、おりる前に起こしてやらなきゃだなとぼくは思いはじめた。しかし、そこから彼は半ば眠ったまま活動を始める。靴下を脱ぐと、靴を足でたぐり寄せ素足に靴をはく。立ち上がって片方の靴を取りに行った。携帯電話を確保し、バックパックを回収すると腰をおろしてまたしばし眠りについたあと、なにひとつ残さず、慌てるふうもなく、池袋で降りて行った。見事なものだった。
 この間、ぼくはつぎつぎとシャッターを押すのに熱心で、彼の一連の行動を具体的にはよく憶えていない。あとになって写真を見ながら、タミオの一連の動きを再構成したが、写真の順番から行動を想像するのがなかなかむずかしくてパズルのようだった。


 写真を見ると、もうひとつ興味深いことに気付く。タミオの隣に座る若い男、最後にタミオの座っていた席を代わったふたり連れなどの表情から読み取られるように、周囲の人々は彼の行動を横目で見ながらすこぶる好意的な反応を見せた。ぼくについては言うまでもない。できれば話をしてみたいとさえ思った。

 それには、いくつかの理由が考えられる。 1)電車が空いていたし2)タミオは横になって座席をいっぱい使ったりはしていない、それに3)泥酔して人にからむわけでもない。つまり、周囲の人間は彼によってほとんど迷惑をこうむっていない。
 むしろそれ以上の大きな迷惑は、周囲の床を広く使っていることかもしれない。しかし、ケータイ電話にいたるまで自身の所有物をまき散らし、持ち主は熟睡してしまうのは、それらを危険にさらすことでもある。タミオは公共の場所を占有する前に、むしろ私有物の存在の一部をまわりのひとびとに提供することからはじまっている。ぼくたちは、おそらくそれを感覚的に感じ取って、彼の行為を許容し、むしろ楽しんだのだ。そして、これは期間限定・場所限定という条件付きの、一種のお祭りであることはいうまでもない。
 このごろの若者たちが、電車の中で化粧をしたり道ばたでメシを食べたりすることに、大人は眉をひそめる。ぼくも、どーなってるんだろうと思うのだが、その一方では、「領分」についての感覚の変化としてはちょっと面白いことかもしれないとも思うところがあるのだ。

投稿者 玉井一匡 : February 12, 2004 11:33 AM | トラックバック
コメント

秋山さんは彼のふるまいに好意的でないことはわかります。もし、だれもかれもがこうなったらいやだと、ぼくも思うでしょう。しかし、同じ根から生じる肯定的な側面があると思うのです。
 ぼくの子供たちが小学生だった頃、彼らを見ていて感心したことがありました。知らないところに行って、公園などで遊ばせることがあると、こちらから話しかければちょっとの助走時間を経てすぐに仲良く遊び始めるのでした。子供たちの行動は、コミュニティの弱体化と同じ根から出ていることでしょうが、こういうことは、われわれの子供時代には考えられないことでした。なにしろ、となり町の神社のお祭りに行ったりするにも、地元のやつらの目をかすめて行かねばなりません。いじめられるからでした。とはいえ、それが、実はスリリングで面白くもあったのです・・・東京都内のことです。
 2002ワールドカップでは、若いひとたちは素直に韓国チームの躍進をよろこび応援しているのに感心しました。自分たちの文化や生き方を大切にすることと、他者の在り方を尊重することの両立が、いまの世界と今の時代の重要な課題だとすれば、タミオ君のふるまいとそれに対する周囲の反応や、電車で飯を食うやつの根を掘り下げると、その中に何か有効な遺伝子を持ったタネがあるんじゃないかと、私は思うのです。
 ・・・などとえらそうに書きながら思い出しましたが、昨夜の映画館でのできごとを告白します。予告編が終わったころ、肘掛けに手を掛けようとしたら隣の席に先に座っていた若い男が肘打ちのように強く押し返して来ました。暗い中で見ると、彼は両肘を張って左右の肘掛けを占領していましたから、「こいつめ」と思ってぼくも押し返しました。やがて映画が始まったので、ひとこと言って映画の世界に戻りましたが、見ると、かれは意地になっているように、終始、両肘を突っ張って、肘の一部をこちらの座席まで出していました。終わってから、もうひとこと言いたいと思ったので出口に向かう列の後ろから背中をちょっと強く押して「何だおまえあれは、外に出ろ」といいました・・・言われなくたって外に出るところでしたね。幸いというべきでしょうが、彼は人混みにまぎれてどこかにいなくなってしまいました。

Posted by: 玉井一匡 : February 15, 2004 12:36 PM

私はあまり好意的な気はしないのです。

自分の荷物を床にばらまくというのは、彼は電車の車内と自分の私室とを区別ができなかった。それほど眠かったのか酔っぱらっていたかなのでしょう。
車内の化粧も、車内の牛丼も、私室の中での行為が外にはみだしてきたのだと思います。

Posted by: AKi : February 13, 2004 11:10 PM

プライバシー保護のために、花粉マスクのような範囲をphotoshopでモザイク加工しました。
目を黒く隠すのでは犯罪者のようだと思ったのですが、いつもWOWWOWにイライラしているせいか、タミオ君の表情をできるだけ伝えたいと思ったせいか、モザイクをかけたことがわかりにくいですね。

Posted by: tamai : February 13, 2004 03:57 PM

タミオの限られた時空のパフォーマンスに拍手。自身を無防備に開放しているところも、好意的に受け入れられる要因のひとつでしょうね。一つ質問ですが、タミオの鼻に付いている“もの”はなんですか?

Posted by: dinne : February 12, 2004 11:20 PM
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