June 21, 2004

カフェ杏奴:こだわりのないということ

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  林芙美子の住んでいた家のことを書いたぼくのエントリーに「いのうえ」さんという方がコメントをくださった。近くにあるカフェ杏奴という店に時々寄るんだが、いいところだから寄ってみてください、すてきな「ママ」がやっているんだと書いてあった。ちょうどぼくの自転車通勤の途中だから、行ってみようと思いながらなかなか寄れないまま数ヶ月が経った。なにしろ営業時間が午前11:30から午後7:00だから通勤帰宅の時間とみごとに合わない。やっと先々週の土曜日に初めて寄った。

 用事があって昼近くになって出かけたから、珍しいほどの上天気も手伝ってのんびり自転車を走らせた。自転車通勤をしてもう7,8年になるのに、スピードの持続を意識せず、時間も気にせずに自転車を走らせたのは、これまでに記憶がない。そうやってゆっくり乗ると、自転車というのはなんと気持ちのいい楽しいものなんだといまさら気づいて、「カフェ杏奴」に寄ってみようという気になったのだった。

 店はこのうえなく愛想のない外ヅラだが、中にはいると、古い喫茶店ならオイルステインにしそうなところがペンキ塗りにしてあるのがオシャレだ。窓際に席を占めて、パイプをとりだし久しぶりにタバコを吸いながら読書をして1時間半ほども座っていた。この時間にやってくる客の大部分はカレーを一緒に注文するが、ぼくは遅い朝食をすませて来たからブレンドコーヒーだけなのに、コーヒーカップが空になると、氷を浮かせた小ぶりのガラスのピッチャーを「どうぞごゆっくり」といって置いていってくれた。テーブルには一輪ずつ別々の花がガラスに生けてある。高い天井に中二階と半地下があるなかなかひろい空間で、店のあるじ一人だけで何もかもやってしまうからなのかもしれないが、ほどほどに客を放っておいてくれる。みせの大きさと、客に対する接し方の間合いがいいのだ。そのせいなのだろうが、常連の客が多いようだった。

  翌日、ようやく杏奴に行ったことをコメントに書き加えると、いのうえさんがもういちど書いてくださったので、一週あけた土曜日に店に寄った。帰り際に、いのうえさんのコメントのおかげで店に寄ったという顛末をあるじに話すと、「2時間ほどまえにいらして、そのことをお聞きしました」という。「4年前に店を始めたんですが、お金は掛けられなかったから、テントは見積を取っただけでやめてしまったし、店の名前を杏奴にしてブラインドを杏色に替えたくらいで、内装はほとんど前のままなんです」。にもかかわらず、店の手入れと客への配慮が行き届いている。店についてもそんな具合だが、客に対しても近づきすぎず冷たくもなく、淡々としかしにこやかに接しているのだ。そういう「こだわりのなさ」が、この店の「場所」をつくっているのだとわかってくる。

 このごろ、「こだわり」という言葉が肯定的な意味で使われることに、ぼくはいまでも慣れない。というよりもむしろ気に入らない。こだわりを漢字で書けば「拘泥」だろう。もとは、否定的な意味として使われていたことは辞書も証言する。ぼくの持っている1981年版の広辞苑には「こだわる」の項目にこう書かれている。(例文を省略)「1)さわる。さしさわる。さまたげとなる。2)かかわる。かかりあう。拘泥する。3)故障をいいたてる。邪魔する。」と。最新の広辞苑がどう記述しているか、まだぼくは知らない。だから「こだわりの一品」だの「こだわりの住宅」などとテレビのリポーターが言うと、さも難しそうな偉そうな顔をしたシェフや上っ面だけの建築家が思い浮かぶ。そういう番組をどうも信用する気がしない。

 この店とそのあるじのふところの深さ、にもかかわらず、いいかげんにならずアイデンティティをしっかり失わないというありかたは、やさしいものではない。ひとりだけでみせをつくればこそできる細やかな配慮は、ぼくには行きにくいあの営業時間のおかげなのだ。
「店の名前からすると、鴎外と関わりがあるんですか?」と、帰りがけにたずねると
「鴎外のお嬢さんの名前からとったんですが、鴎外とはなんの関係もありません」という。
地図:新宿区下落合4-2-6 大友ビル1階

投稿者 玉井一匡 : June 21, 2004 07:29 PM | トラックバック
コメント

玉井さん こんにちは!

トラックバック差し上げようとして試みたのですがどうもうまくいきません。 杏奴ノオトについて拙ブログにてアップいたしましたので、 こちらの貴エントリーとリンクさせて頂きました。.

Posted by: いのうえ : August 11, 2005 01:03 AM

目白通りと神田川のあいだには、いい坂道が連続しています。尾根道の目白通りが坂になってもどうということはないけれど、背骨から派生す肋骨のような小さな坂道はいいみちがいっぱいで、椿山荘の近くまでありますね。東京の地形図をみることはあまりないけれど、それだけに、たまに見ると坂道のようすが思い浮かびます。
 先週行ったラオスのルアンパバンは、メコン川のほとりのまちでしたが、川に沿って等高線状にはしるやや大きなみちが複数あって、それをつなぐ細い坂道がレンガの舗装で整備されていました。世界遺産に指定されているので、あたらしいレンガが使われていましたからユネスコからの援助などでつくられたのかなと思いましたが、両脇の家とみちの関係も、とてもきもちよく作られていました。こういう坂道に目をつけて整備しようと考えた目のつけどころもいいなと思いましたが、それに面した家のたたずまいは、住人たちそれぞれの力なしにはできないでしょう。そうだとすれば、ラオスの人たちの場所のつくりかたというものが、とても洗練されているんですね。

Posted by: 玉井一匡 : November 13, 2004 05:22 PM

カフェ杏奴の近くですと久七坂(かなり急坂)や
七曲坂があります。 地形図で見ると高低差が結構あるもんですね。

http://www.ne.jp/asahi/mim/tdr/saka/tokyo_map/tokyo23_map.htm#

Posted by: いのうえ : November 13, 2004 01:16 PM

そうですね、この周辺に詳しいのはタモリが密室芸人時代に居候していた赤塚不二夫の家があったからですね。
タモリの「良い坂」の条件は(1)勾配が急である。(2)湾曲している。(3)まわりに江戸の風情がある。(4)名前にいわれがある、だそうです。
江戸の尾根道と谷道、そしてその高低差のある道をつなぐ切り通しや坂道は、タモリの「良い坂」の条件を満たすと云うことでしょうね。

Posted by: iGa : November 13, 2004 11:57 AM

タモリの本は、先日の五十嵐さんのエントリーで知るまで知らなかった。ぼくの自転車通勤の道は、ずっと高台の足もとの道を走ります。なにしろ、カフェ杏奴の少し手前で新目白通りをわたってその道に入ってしまえば、明治通にぶつかるまで信号はひとつしかないし、東京のまち高台の足下と、それをつなぐ坂がたのしい。タモリの本はまだ見ていないけれど、そういうことを言いたいのでしょうね。
タモリがカフェ杏奴を見つけたのは、この近所に赤塚不二夫のアトリエがあるせいかもしれない。目白通りの方へ昇ってゆくと、かの伝説のトキワ荘も近いのだ。
林芙美子記念館は、このルートが新目白通りとぶつかる少し手前、中井駅のそばの四の坂をのぼる途中の左側にあります。

Posted by: 玉井一匡 : November 12, 2004 01:01 PM

タモリの「Tokyo坂道美学入門」に下落合の霞坂が紹介されているが、そのお立ち寄りスポットに「cafe杏奴」が紹介されています。
そういえば店の前の新目白通りは高島平にいたとき、南青山まで車で行く時にいつも通っていた道でした。
尾根道の目白通り、谷道の新目白通りの間に景観の良い坂道が多いのは頷けます。

Posted by: iGa : November 12, 2004 10:12 AM

 24日午後、カフェ杏奴に寄った。店のあるじがにこにこしてぼくを出迎えてくれたが、その笑顔の向きを変えて近くの席のお客さんに渡した。何も言われなくてもそれが「いのうえさん」であることがぼくには分かった。彼は、「杏奴ノート」に向かっていた。ノートは、店においてあって、客が他の客や店のあるじに対して何か言いたいことがあれば書いてゆく、いってみればアナログのメーリングリストのようなものだ。書いたときと読むときにずいぶんとタイムラグが生じる。いのうえさんは、ぼくにあてて何かを書き始めたころだった。

メールとコメントで会話しているだけなのにずいぶん親しくなった。いずれ会えるだろうとは思いつつ、約束して会うより偶然のほうがいいと思っていたが、思いがけず早く出会うことになった。
 先日も、アメリカにいる妹が住んでいたニュージャージーのリッジウッドというまちに住んでいらしたことがあると、ぼくのサイトを読んで、メールをくださったから、いっそう身近に感じていたところだった。もちろん、すぐにうち解けて長い時間話し込んでしまった。話しているうちに、さらに思いがけない共通点があることも分かった。

 ノートを書いた本人を目の前にして読むのも妙な気がしたので、いのうえさんがトイレに立ったときにぼくにあてたところをざっとよんだが、いずれまたゆっくり読もうと、閉じた。さまざまなコミュニケーションが増えたことをあらためて実感しそれを楽しんだ。そのあと、園芸屋でサギソウを一鉢買い、たのしい土曜の午後になった。

Posted by: 玉井一匡 : July 26, 2004 04:22 PM

igaさんへ:新解さんは、さすがに心理に踏み込んだ解釈をしていますね。その意味では、新解さんは、言葉について「深い思い入れ」をした国語事典ということになりますね。
「すごくない?」という言い方はまざまざと思い浮かびますが、そういう反語的疑問文、修辞的疑問文は、英語を日本語化した表現なのだとぼくは思います。日本語をろくに知らない外国人や外国生まれの日本人の日本語をまねたものではないでしょうか。日本語より英語を重視しているうちに、もっとおかしなことになるでしょう。
 買い物のときなどに発する過剰に丁寧な言い方「そのバッグ取っていただけますか?」なんていうのもきっと「woul you please・・・・・」を日本語に直訳したところからきているにちがいありません。
ほかにも面白くない言い方がいくつかありますが、それはまた改めて。

Posted by: 玉井一匡 : June 23, 2004 10:44 PM

新明解(第五版)にも、ごく新しい用法として次の意味が追加されていました。
「他人はどう評価しようが、その人にとっては意義のあることだと考え、その物事に深い思い入れをする。」

金田一先生はどう思ったのだろうか?合掌。

言葉の意味以上に、最近の若い人の言葉のアクセントが嫌ですね。
「すごくない!」
この言葉を聞くと腹立ちますね。これも肯定でつかっているらしいけど、曖昧表現ですね。

Posted by: iGa : June 22, 2004 08:59 PM

 そうか、広辞苑もやはり変えているのですね。それを知るのがいやで、ぼくは新しい広辞苑を調べようとしなかったのかもしれません。 われわれが使っている言葉にしたところで、昔からすれば変わったものにちがいないとは分かっていても、言葉の意味がへんに変わってゆくことが気になる。しかし、そういう気持ちは大事にしたいものです。そう感じている人間がいることによって、言語空間に厚みや奥行きができるでしょうから。
 たとえば昔は遊郭だった建物が飲み屋になっていたり、昔からの町名がすこし範囲が変わったけれど残されているというようなことは、まちに厚みと奥行きができますが、それと同じことですね。

Posted by: 玉井一匡 : June 22, 2004 06:24 PM

玉井さんのエッセイと写真で、カフェ杏奴のアトモスフェアを仕事場に居ながらにして味わうことが出来ました。 ひとりよがりのこだわりのないお店 : 顧客の人々や作品を持ち寄る若いい芸術家の卵達の一人一人の ”善さ” をそのまま受け入れる杏奴ママと、お店を紹介していただいた玉井さんに感謝です! (個人的には、お店の壁を飾るクレヨン画の小品群の作者であるあかばねやすこさんの今後に注目しています。) 2時間差とはいたずら好きな運命の神様だなと思いましたが、週末に玉井さんのメッセージの書き置いてあるノオトを開きに店に行くのを楽しみにしております。

Posted by: いのうえ : June 22, 2004 05:48 PM

僕も「こだわりのラーメン屋」になんかには絶対行きたくないし、「こだわり」の意味も、「そんなことに一々こだわるんじゃない。」と云う意味で憶えていたから、最近の「こだわり」には馴染めないでいるクセに、自分でも気付かずに「こだわり」と表現していたりして、気恥ずかしい思いをすることがあります。

広辞苑第五版では(3)の意味が追加されていますね。
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こだわ・る コダハル
(1)さわる。さしさわる。さまたげとなる。東海道中膝栗毛6「脇指の鍔が、横腹へ―・つて痛へのだ」
(2)些細なことにとらわれる。拘泥する。「形式に―・る」
(3)些細な点にまで気を配る。思い入れする。「材料に―・ったパン」
(4)故障を言い立てる。なんくせをつける。浄、娥かおよ哥かるた「たつて御暇を願ひ給へども、郡司師高―・つて埒明けず」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
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僕の場合は広辞苑から分析すると「思い入れする。」の類語表現として「こだわり」を用いるときがあるような気がします。つまり、それは他人からすればどうでも良かったり、意味のない場合ですね。
これも、考えてみると否定的意味を肯定的にも受け取れる、曖昧な表現になっていますね。そういえば、最近の若い人たちは「ぜんぜん」が否定的意味でなく肯定的意味で使っているし、こうした言葉の意味の変節は現代人の人間関係にその原因があるような気がします。

Posted by: iGa : June 22, 2004 09:44 AM
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