August 24, 2004

366日空の旅

366days.jpg
 366日空の旅/写真:ヤン・アルテュス・ベルトラン/ピエ出版 3990円
 Earth from Above: 366 Days/Yann Arthus-Bertrand
 厚さ6センチほどもある本は、手に取ればズシリと重い。1月1日から12月31日までの毎日に1ページずつをつかった航空写真と解説が見開きになっている。表紙をみてざっと中に目を通すと、タイトルも楽しそうだから、うっかりすると美しいだけの本だと思ってしまうが、内容はさらに重い。10 年の時をかけて作られたという。

 美しい自然や人間の構築物を空高くから撮した写真とならんで、人間によって自然が蹂躙されたり、弱者が他の人間の犠牲になっていることを知らされる写真は、美しいだけに、なおのこと重く感じられる。 その中に明治神宮を飛行機から撮った写真がある。そこには「日本人は自然を神とする宗教を持っている」ということが書かれていたり、別のページには、日本では都市化が進むけれど、外で忘れ物をしてもちゃんと持ち主に戻ってくる、安全な社会でもあるというようなことも書いてある。写真家はフランス人だ。フランスではまだ日本のそういう側面を評価してくれているらしい。 ニュース23だかニュースステーションだったか、かつてテレビのニュース番組に出演したビヨークが話していたことを思い出した。「日本にはシントーという宗教があって、自然を神として大切にするそうですね」と。
 
 ここにはしかし、好意的な誤解がある。明治神宮が神としているのは自然よりもむしろ天皇であって、それが作られた時代には、それまであった多くの土地固有の神社をなくして神々の中央集権化をはかったこと、近頃は凶悪な犯罪が著しく増えていることも、ぼくたち自身は知っている。それどころか、日本と周囲の国々で徴用された軍人に加えて敵味方の民間人さえ大量に死に追い込んだ人間も神として崇める神社があり、首相がそこを公式に無批判に参拝する。
 この本の著者やビヨークの好意的な誤解は、その背後にもっと広く日本に対する好意的な誤解があるためなのかもしれない。たしかにそれは誤解であるにせよ、かつての日本はそうであったことは事実だし、すくなくとも、自然を神のように大切にすることが人間の生き残る唯一の道であることは間違いない。

投稿者 玉井一匡 : August 24, 2004 09:12 PM | トラックバック
コメント

毎日都会の高速道路の下を行来していると、汚れのない空気のおいしさとかを忘れてしまいがちですね。 日常を離れてこの写真集をじっくり見たいものです! いつも良い本を教えていただいて有り難うございます。 ただ重いというのが欠点(?)かな。 図書館で借りるにしろ、本屋さんで買うにしろできるだけ自宅近くにいたします。 さて 自然と共生して染めと織りを手仕事でしているお二人を紹介します。
http://someori.cocolog-nifty.com/note/
(吉田美保子さんのブログ Some Origin)

http://www.h4.dion.ne.jp/~cocoon/index.html
(西川晴恵さんのブログ Cocoon and Snail )
このお二人の仕事、かがやいてます。

Posted by: いのうえ : September 2, 2004 09:56 AM

コメントありがとうございました。なのにぼくのコメントがおそくてごめんなさい。Blogは早さを旨とすべしといわれているのは知っていますが困ったのものです。
「国を愛しなさい」などと強制されても国を愛するとはどういうことなのかはとても難しい。それは、自分の国の利益を守ることが他の国を脅かすことが多いからでしょう。この本には、地球の美しい写真がいっぱいあります。その地球が危機に瀕していると解説で伝えたり、一見美しいと見える風景がじつはそれがもっと美しいのもを破壊している写真であったりする。
 それを見れば、地球を愛する、大切にするとはどういうことなのかは、だれでもすぐに分かります。なにしろ、今はまだ、地球を大切にすることが、となりの星を傷つけるなんてことにはならない。むしろ、地球を傷つけるのは自分自身なのだから、やれることは沢山あって、主体的に自立して行動することができるのではないでしょうか。
「近代日本の教育と政治」ってのは、amazonで調べたら4000円近い本ですね。これは図書館を頼りにします。

Posted by: 玉井一匡 : September 1, 2004 11:07 PM

神道と神社の一元化と自然破壊については、以前、南方熊楠のお話を伺った際に聞かせていただきましたが、そこら辺の歴史は、明治以来の教育の一元化と同根ですね。 最近読んだ 村井 実さんの「近代日本の教育と政治」に詳しく書かれていたのですが、国に社会に「役立つ」人間を作ろうとしてきた歴史と見事に重なります。 で、もはや戦後ではないといわれている現在はどうなのかを見ますと、やはり個々人が善く生きていこうとすることをつぶしていく隠然とした力が「無自覚的」に働いているようです。 公立小中学校の卒業式の集団で行う送辞や答辞を聞いて、いつかきた道と思うのは私だけでしょうか? 住民の生活習慣レベルで自然を大事にするモラルはまず一人一人の精神的自立が前提になっている、と思うのですが。

Posted by: いのうえ : August 25, 2004 01:53 PM
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