September 21, 2004

川ガキ

kawagaki.jpg

 someoriginに書かれていた「川ガキのいるところ」というBlogを開いてみた。村山嘉昭さんという若い写真家のサイトだ。ぼくはすっかり写真にひきつけられてしまった。川と、そこに生き生きと棲みついている川ガキたちが、ぼくにはうれしくてたまらない。
この子たちと、写真を見るぼくたちの間には、へだてるものがなにもない。写真をとった人とガキたちのあいだをへだてるものがないからなのだろう。しかも、この子たちと川や橋や里山とのあいだにも隔てるものがないんだ。

myoshoji.jpg ちょうど今朝、ぼくは川とこどもたちのことを考えながら歩いていた。毎朝cooをつれて川沿いの道を散歩するのだが、去年から工事の続けられていた妙正寺川沿いを歩いていると、気になってしかたがないことがある。自然石を積み上げた護岸がこわされてコンクリートの壁に置き換えられる。石積みもどきのパターンが2メートルほどの間隔で繰り返され、角度はますます垂直に切り立ち、手すりはピカピカに光る茶色に着色されたアルミになった。

 自宅から事務所にゆくときは、自転車で川沿いの道をさらに下って椿山荘の下あたりまでくると鯉や亀がたくさんいる。それなのに、川で魚や亀をつかまえようという町ガキはおろか、橋の上からそれを見ている子供も見たことがない。去年はボラの大群がこのあたりまで遡上して来たものだから、こどもの代わりに川鵜がそれを狙って集まって来たので、その日の夕方にテレビのニュースにもなった。
 ぼくたちの頃だってコンクリートの護岸のそびえる川もあって、あぶないからあそこで遊んじゃいけないときつく言われたものだが、もしそこに亀や大きな鯉が泳いでいたら、大人たちの目をかすめてロープをたらし、網を片手におりていっただろう。あるいはなんとか亀を釣ることを考えただろう。どうしていまはそうしないのだろうかと考えていた。
 いくらでも理由は思いつく。自分たちの家の中だけで充足する広さと遊びがあるのかもしれないし、たとえばサッカークラブに入って専業的にスポーツをするこどもたちに分かれてしまったように、とても素直ないい子たちと純粋に悪くなって人を傷つけたり脅したりするところまでいってしまうやつらに分化してしまい、ちょっとあぶないかもしれないがひとを傷つけるわけではないというくらいの「悪いこと」をするやつがいなくなってしまったのだろう。
椿山荘の前の橋を渡るときには、そんなことを考えながらペダルを踏むことがある。

そうそう、some originの書き出しは、川ガキの写真を撮っている村山嘉昭さんのBlogに書いてあったこと、「青春映画などを見たときに感じる、あの感覚。懐かしいような、切ないような、何かが胸にこみ上げてくるような感じ。」この感覚をどう言葉に置き換えればいいのだろう・・・・だった。
「世界の中心で愛をさけぶ」なんていわれると、ぼくはしりごみしてしまうから、原作の小説を読んだことも映画を観たこともないけれど、村山さんの写真からは、その気持ちがつたわってくる。
 こどもたちはとても柔軟な適応能力をもっていて、民族や国を問わず、戦争中や戦争後の荒廃した都市でさえ遊びを発見して明るく生きてゆくことができる。それは、なにも戦争や荒廃を受け容れるわけではなく、人間という種が生き残るために獲得した、他の生物と共通する能力に違いない。だから、多くの人間が、子供時代には環境と一体化して屈託なく生命を輝かせることができるのではないか。

 やがて、環境と個体が別々のものになってゆくときが青春なのだろうう。新しい世界と自分を発見するよろこびとうらはらに自分と一体化していた世界がはなれてゆくかなしさ寂しさがやってくる。ぼくのように、とうに青春を通り過ぎた人間にさえ、そのさみしさや不安の記憶をそのままによみがえらせる何かの呪文を、ある絵や写真や歌が秘めている。呪文のあるものは個人限定であり、あるものは民族限定だが、ときに人類に普遍的な呪文も存在する。
 いくつになっても、夏の終わりが近づいて、風が涼しくなってくると、ぼくは言いようのないさみしさに包まれるのだが、今年はそれがまだ来ない。もしかしたらもう来なくなったのかと思うと、今年は、むしろそのことがさみしい。

投稿者 玉井一匡 : September 21, 2004 11:13 PM | トラックバック
コメント

村山さん、コメントありがとうございます。っていうのがずいぶん遅れてしまいましたが、ときどき村山さんのサイトを開いては、子供たちの写真を見て思わずにんまり元気がでます。
 きっと、元気のいいガキが少なくなったわけではなくて、元気のでにくい環境をおとなたちがつくってしまったのでしょう。ある島では、ほとんど船のないちいさな漁港のすぐわきに、屋内プールがつくられていました。こどもたちは漁港では泳いではいけないのだそうです。ぼくはそれを知らずに、散歩の途中でおもわず宿の浴衣を道ばたに脱ぎすてて防波堤から飛び込んでしまい、あとになってそれを聞いたのでした。しかし12mの橋から川に飛び込む勇気はないなあ。

Posted by: 玉井一匡 : October 1, 2004 11:55 PM

はじめまして。村山です。
TB、そしてぼくの川ガキ写真への感想をありがとうございます。
近頃、たしかに元気のいい子どもの姿を見かけませんね。
でも、じつは探せば、いっぱいいるんですよね。
「昔ながら」といえばいいのかな、元気な子供たちが。
これからもそんな子どもたちを撮影していこうと思っています。
また、もしよければ時々Blogをのぞきにきてください。

まだ、こんな子どもがいるんだなと、
見ている者が元気になる写真やエピソードをこれから少しずつですが紹介していけたらと思っています。

Posted by: 村山嘉昭 : September 27, 2004 08:36 PM

カフェ杏奴にリンクをはりつけたら、妙正寺川の側道を下り、鉄とオイルの滔々と流れる新目白通りをわたった向こう岸に腰掛けて、ぼくも小川の風に吹かれてみます。
そんな言い方をしながら、ぼくは鉄が好きコンクリートもすき、川のほとりを下るにも鉄のフレームにまたがって行くし、クルマもすき、コンピューターはもっとすきなんだと思い出した。

Posted by: 玉井一匡 : September 27, 2004 06:06 AM

そうですね、選択肢はいろいろですね。どうしても自分の生き方は「生物」としては間違っているんじゃないかという思いが払拭されてませんでしたので、とても嬉しいお返事でした。
私も「小川の風」を読みに杏奴に行こう!

Posted by: some ori : September 26, 2004 10:49 PM

「小川の風」は夏に東京都庭園美術館で行われた「幻のロシア絵本 1920‐1930年代展」にて展示されていた小冊子(表紙も含めて、見開き8枚)です。 芸術新潮7月号(バックナンバー売り切れ)にこの展覧会の特集があり、「小川の風」も全ページ見ることができます。カフェ杏奴には7月号がございますので是非又お立ち寄りください・・・って、営業しちゃいましたね。

Posted by: いのうえ : September 26, 2004 07:17 PM

いのうえさん、ぼくはいずれも知らなかったからamazon.comを探したけれど、見つかりませんでした。ロシアの芸術の輝いていた、革命直後の頃ののものなのでしょうか。

Posted by: 玉井一匡 : September 26, 2004 11:22 AM

some oriさん、それはかならずしも2極化というわけではないのではないかという気がします。
 コミュニティとしては多世代のひとたちが共生することは大切だけれど、ひとりの人間の生き方としては、そこから離れて生きるという選択肢があることは同じように大切だと、ぼくは思います。さまざまな関係性の中でしかみつからないものがある一方で、自分の内へ内へと掘り進めなければ見つからないものがあるのはずだし、それは期間限定なのかもしれないし、すてきな宝物を見つけて来てくれるかもしれないのだから。

Posted by: 玉井一匡 : September 26, 2004 11:18 AM

川ガキのBLOGでロシア絵本、イワーノフ作画の「小川の風」を思い出しました。 そこに流れる川と風と一体化した子ども達。 原弘、柳瀬正夢、吉原治良がそれぞれこの絵本を愛蔵していたと言います。 今はBLOG「川ガキ」がそれにかわるかも。
そしてもひとつ、子どもから大人へー 環境と個体が別々のものになってゆくときー という
文章で 昔読んだ小松左京の 初期短編「お召し」がよみがえってきました。 

Posted by: いのうえ : September 25, 2004 07:44 PM

子どもが二極化するように、大人も二極化しているように思います。それは、子ども大人老人交ざった世界に住んでいる人と、大人だけの世界に住む人。都会の一人暮らしだとなかなか世代間交流というものがなく、子どものむき出しの笑顔、はにかみ、怒りに触れると、まぶしくて仕方がありません。近くに子どもや老人の存在が無いと、いつまでも薄ぼんやりした青春の延長上にいるようで、なかなか大人になりきれません。

Posted by: some ori : September 24, 2004 01:24 AM
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