October 20, 2004

深川萬年橋

 また、台風がやってきた。
 朝、あかるくなるとぼくはルーフバルコニーに様子を見に行った。この前の台風からカメが1匹、そこを歩いているのだ。大雨がふるとすぐに水かさをます妙正寺川が自宅の近くを流れている。10月9日の台風の中、はずんだ声で次女が事務所に電話をかけて来た。「帰りがけに川の水を見に行ったら、川のほとりでカメを見つけたけどどうしようか!」しばらくのあいだウチに逗留させることにした。

 some originの吉田さんから案内をいただいたので、自宅からも近いのもてつだって台風の翌日に「一衣舎秋展」という織物の展示会をのぞきにいった。和服の女の人たちばかりの中にいささか場違いにまぎれこんだ気がしたのに、茶室でお茶までごちそうになった。
そこで、ギャラリー「ゆうど」の夫人と、おそらくそのお嬢さんと同席した。「うちはもう30年以上もカメをかっていて、今年も8つの卵が孵りました。30年目ころから卵を産むようになったんですよ。放っておくと親が卵を食べちゃうから、さがして別のところに置いておくんです」と言われる。カメを飼っていて卵を孵すというひとに直接のはなしを聞けるのは初めてだ。しぜんに、昨日、ウチのむすめがカメを見つけたんですというはなしになっていった。そんなわけで、このカメとの浅からぬ因縁を信じて、当分のあいだウチに置こうと思いはじめた。別れぎわに、「亀を見にいらしてください」と言ってくださった。
 茶室でこんな話をうかがったせいか、広重の江戸百景に、橋の欄干の手前に置かれた手桶の取手にカメのぶら下がった浮世絵があるのを思い浮かべた。亀を買った人は橋の上から川に放してやる。生き物を自由にしてやることで功徳を積むのだ。日本的あるいはアジア的な江戸時代のこの風習は、功徳をつませるためにわざわざカメを捕まえるという逆説もおもしろいが、何も消費せず傷つけずに経済活動が行われる。循環型社会のシンボルのようなものだ。そういうところがぼくは大好きだ。近景にカメと欄干があってその間から富士山が見える。これは小さなこどもの目の高さだ。
題名がわからないからgoogleで探す・・・・江戸百景、放生会、・・・「深川万年橋」
地図をひっぱりだして見ると、池波正太郎の「剣客商売」にときどき出てくる小名木川にかかる橋だ。江戸時代の地図を見ているうちに、前にも同じことを知ってうれしかったのを思い出した。すぐ忘れちゃうのも困ったものだが、そのたびに喜べるのもいいじゃないかと考え直す。江戸では橋詰めでよくカメを売っていたんだというから、万年橋を選んだのは、もちろんその名前に亀の長寿を重ねてのことなんだろう。

 

投稿者 玉井一匡 : October 20, 2004 08:34 AM | トラックバック
コメント

 これは、別々に起こった同時多発習慣ではなくて、やはり中国から日本に伝えられたしきたりなんじゃないかな。
 こういうふるまいも、相手が亀なら命に関わるわけじゃないし、たいした迷惑じゃないだろうから、むしろ可愛げがあると思うのです。亀を捕まえてきた人たちは、何の資本もなしに、亀を売って暮らしを成り立たせることができるんだから。
でも、釣り人たちのキャッチ・アンド・リリースとなると、人間はそれを遊びで釣り上げて魚は命が脅かされるというのに、放してやったことが自然を保護する立派な振舞いであるような顔をしている。魚を釣るんだったら、ちゃんと食って罪を引き受けるのという方がずっといいと、いつもぼくは思います。

Posted by: 玉井一匡 : August 12, 2005 12:28 AM

上海の近くに朱家角という場所があって、そこに放生橋という橋がある。そこで魚を買って放すと功徳を積める「らしい」です。
うわーー、広重の亀と一緒~~!
こういうのって、アジア全体に流れる、ある種の共通項なのでしょうか?
ただやっぱり、亀や魚の側に立つと、いい迷惑って思います。人間の功徳のために、捕らえられたり、放されたり、、、、
人は勝手な生き物だと、つくづく思いました。

Posted by: some ori : August 11, 2005 12:53 PM

 偶然お会いしたかたがウチの近くだったことをうかがい驚いたこともあって、おみせにうかがいたいと思いながら、開けていらっしゃるのは、えーっといつだったっけなどと思いながら、まだ、ゆうどにうかがえずにいます。また、ホームページでかくにんして、近いうちにうかがいたいとおもいます。その後、ぼくがラオスに行くという話しを吉田さんにしたら、「ゆうどで働いていたときに、仕入れにラオスにいったんですよ」ということもうかがいました。ラオスのこともお話ししたいと思っているので。

Posted by: 玉井一匡 : July 3, 2005 11:54 AM

本日 ゆうどに行ってきて、 ゆうどの奥様とお会いしました。 玉井さんと陶花でカメの話をされた事、ほほえみながら話してくれました。 

Posted by: いのうえ : July 3, 2005 03:01 AM

some oriさん、ありがとうございます。そうやってリンクされてゆくと、点から線へ、線から面へ、よこへたてへと、ちょうど織物のようにひろがってゆくのを実感しますね。

Posted by: 玉井一匡 : October 22, 2004 01:33 PM

きたざわさん、コメントありがとうございます。あの3D浮世絵は力作ですね。驚きました。そこからのリンクで飛んでみたら、江戸百景がみんな出ているサイトに行きましたが、あれもいいですね。インターネットのありがたみを感じます。
 陶磁器のクッションとして使われた浮世絵はほんとうにもったいないことですが、そのおかげで、こんなものを詰め物にするのかと、ヨーロッパの人たちが日本の文化の高さに驚愕したのだといわれていますが、きっとそうだったのでしょう。
 だとすれば、フランスなどの日本の古い文化に対する高い評価、ひいては日本に対する評価にとって、豪華な「詰め物」はけっして無駄ではなかったはずです。それでも、やはり、もったいないけど。

Posted by: 玉井一匡 : October 22, 2004 12:33 PM

そうなのです。スリンには絹を訪ねて行きました。残念ながら象祭りの季節ではなかったけれど。スリンの郊外で、生活の中で普通に蚕を飼ったり、繭から糸を手でひいているところを見ました。
今日の私のブログのエントリー中で、「深川万年橋」をリンクさせていただきました。なんだか「またまた」、雑なリンクの仕方になってしまってすみません。

Posted by: some ori : October 22, 2004 12:44 AM

GOOGLEで「タイ、スリン、象」といれて見たら、「スリンの象祭り」というのがありました。300近い象が集まるのだそうです。ぼくも、20年以上前に仕事で何度もタイに行ったのに、バンコックしか行かなかったので知りませんでした。ここはタイシルクの産地でもあるんだ。それでsome oriさんはいったのですね。さらにクメール文化の遺構がある。ぼくは、タイのことをちっとも知らなかったんだということを知りました。
http://www.ja6ybr.org/~jf6dea/hsrpt/rpt22.htm
http://www.ken-craft.com/fabrics_img/textile.html
 ここは象の名所でもあるらしい。だから、あなたの見たのがあながち観光客相手ではないとは言い切れない。とはいえ、象は家畜なのだから、どっちみち象にやるはずの餌を人に売ってそれを食べさせるやつも、それを買ってやる人も、ぼくは好きだなあ。

Posted by: 玉井一匡 : October 21, 2004 11:23 PM

お久しぶりです、以前、「杏奴」でいのうえさんや、おのさんとともにお会いした、きたざわです。
わたしも、この名所江戸百景の第五十六景「深川萬年橋」の絵が大好きだったりします。大川にかかる「永代橋」を超える橋名を…ということで「萬年橋」と付けられたようですが、大川と小名木川とではスケールが違いますから、比べものにはなりませんね。(^_^;
この名所江戸百景を、3Dで描かれ当時の様子を再現しているサイトがあります。
http://homepage1.nifty.com/hakka/edo/3dedo/edo100/index.html

うちには、名所江戸百景の119景(百景なのに119景とはおかしいですが/笑)すべてが揃っていたようですが、東京大空襲で焼けてしまいました。いま、少しずつ揃えているのですけれど、この五十六景はなかなか出ません。
ヨーロッパや米国へずいぶん流出していますので、各地のオークションにも気をつけているのですが、図柄が面白いせいかなかなか出てきませんね。明治維新とともに、これらの浮世絵は“包装紙”や、割れ物のクッションとして新聞紙同様につかわれ輸出されてしまいましたが、なんとも残念な話です。特に、安政年間の作品の流出がひどいですね。

Posted by: Chichiko Papa : October 21, 2004 10:39 PM

タイのスリンという田舎町を旅してたとき、象をつれた人がいて、サトウキビを売っていた。これを買って象に食べさせるのだ。観光客が行くような町ではないから、見世物では無いと思う。亀の話と似たようなものでしょうか?
こういうことを生業にしている人を受容する社会っていいですね。社会全体ののふところが深いっていうか、、、工芸品も桃山とか江戸時代に、おおっ!てレベルのものが多々ありますが、一人一人の職人が生み出していたんじゃなく、社会がそれをさせていたのかなと思います。

Posted by: some ori : October 20, 2004 01:58 PM
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