October 26, 2004

新潟県中越地震-1

mother.jpg
 新潟に母が住んでいるので、いろいろな方が地震を心配してくださる。
家は新潟駅から真南に7キロほど、クルマで約10分の新潟市の郊外の亀田町で、中心に近いわりに周囲には田んぼが広がっている。「亀田のあられ」の亀田製菓があるところで来春は新潟市に合併する。さいわい震源地からは70キロくらいはなれているので、影響はだいぶやわらげられたようだった。
被害は洗面所の壁に張った30センチ角の壁材が1枚落ち、納戸にあった置物がひとつ倒れて壊れたくらいのもので、支障はほとんどなかった。棚の上に置かれた花瓶さえ落ちることもなく無事だった。250キロほど離れた東京でもかなり揺れたにしては、影響が少ない。

 はじめの地震のとき、ぼくは京王線の電車に乗っていたはずだが、まったく気づかなかった。笹塚駅から自転車で自宅に向かう途中、携帯電話にしらせがあったので自転車をとめて母に電話をかけた。 地震の直後にはまだ通じた電話で、母と家の無事は確認できた。しかし、その後は、あちらこちらにかけても「この地方は通話が大変込み合って、かかりにくくなっています」というメッセージしか聞けなくなった。
 *24日の朝、長岡の高田さんにかけた電話が通じた。新潟で一緒に仕事をしている高田事務所は設計施工で住宅を中心にやっている。「建物は大丈夫だがモノが倒れました。電気とガスと水道が通じないので、クルマの中で一晩過ごしました。うちで作ったものは、さいわい瓦が落ちたとか設備が傷んだというくらいのようです」という。
*小千谷に自宅のある宮川さんには23日も24日も携帯電話にかけたが通じない。
*25日朝、新潟市の八幡さんに電話がかかった。「新潟(市内)ではガラスが割れたくらいの被害ですが、長岡では電話も電気も復旧しましたが社員の半数が休んでいます。コンピューターがまだですが」

*25日の夜になって、小千谷の宮川さんから電話が来て、やっと様子がわかった。もしかすると読んでもらえるかもしれないと思って送ったeメールをを、長岡にある会社で見たという。「ありがとうございます。家族は、みんな無事です。」と、いつも通りの明るい口調だ。しかし、状況を聞いているとちっとも明るくない。
「今日は会社に行ってきました。いつもならクルマで20分くらいですが1時間半ほどかかりました。ところどころ通行禁止なんで迂回しなければならないもので。
女房がしごとで遅くなるというので早く帰ったので、うちまで2,3分のところではじめの地震に会いました。家に着いたところで2回目の揺れが来て、立っていられずにしゃがんでしまったら、ちょうど子供が泣きながら外に飛びだしてきました。」
「家の近くにいられたのは不幸中の幸いでしたね」
「私の自宅は無事でしたが、両親の家は桜町というところにあっていちばん被害の多いところなので、家が壊れたのでアーチ型のガレージに住んでいるんです。お金をかければ直せるとは思うけれど、今の家に住むのを気持ち悪がっているし、電気、ガス、水道が通じません。」
 奥さんの実家は小千谷から近いが、もっと山の方にあって守門(すもん)というところにある。8時就寝4時起床という昔ながらの生活をされているのだと、話に聞いていた。
「奥さんの実家は?」
「やはり家はダメで、ガレージ住まいです。電気は来ていて、ガスはもともとプロパンなのでだいじょうぶです。水道も出ますが、水道がなくても山の水が使えるんです」
寸断されると使い物にならない水道や都市ガス、道路とはちがって、ソーラーエネルギー、浄化槽、山の水、自然のエネルギーの独立したシステムは災害にもつよいなと思う。
「知っている人で亡くなった方もあるの?」
「近所の方が2人、亡くなりました」
「四駆のクルマ(ビッグホーン)が新潟の家においてあるから、新潟(市)に行くことがあったら、もっていっていいですよ。中で寝るのにも走るのもいいでしょ。カギはオフクロがもってるから」
「亀田にあるんですか。ありがとうございます」
すこしうれしそうに言ってくれたが、宮川さんの携帯電話の電池を消耗するのが気になって、心配を残しながら電話を切った。

投稿者 玉井一匡 : October 26, 2004 08:07 AM | トラックバック
コメント

 サスケさんのように、すぐに義援金という具体的な行動に移される方にも、すぐにボランティアに立ち上がる方にも、ほんとうに胸があつくなります。

 被災された方々もほとんど取り乱すこともなく、つとめて平静にしかもできるだけ明るくしようとしていらっしゃるのをテレビで見ます。

 だからこそ、かえって、そこに潜んだ傷みを強く深く感じますが、こういうときになると、日本人に受け継がれて来たいいところ、人間の本来持っているものに気づきます。そして、逆に、ぼくたちも勇気づけられます。

Posted by: 玉井一匡 : October 30, 2004 10:05 AM

はじめまして。^^サスケといいます。
いのうえさんからおしえていただいてうかがいました。

今日赤十字社に送金してきました。
ちょうどお昼時だったこともあり郵便局は他にも義援金を送る方達が並んで、職員さんは「最近これで忙しいんですよ~」って。
離れた場所でもみんな心配して力になれたらと思っています。
新潟の皆さんは言葉に出来ないほどつらいでしょうけれど・・・
どうか負けないで、笑顔が戻る事を祈っています。

Posted by: サスケ91 : October 29, 2004 05:14 PM

連帯はBLOGを通じて始まっている。

http://ochobon.blogzine.jp/sasuke91ryu/2004/10/post_18.html#comments

Posted by: いのうえ : October 28, 2004 03:43 PM

新しいところ古いところというよりも
エリアによる格差があるように思いました。
たとえば隣接している場所なのに
かたやほとんど被害もなく
かたや壊滅的な打撃を受けているような。
そういう被害の差が大きいような気がします。
ボランティアで行った阪神淡路の震災地もそういう様子でした。

Posted by: 古川泰司 : October 26, 2004 12:52 PM

あたらしく作られたところは大丈夫なんですね。日本のまちは、どんどん悪くなってゆくと、ぼくたちはいつも嘆くけれど、耐震については、よくなっているということでしょうか。

Posted by: 玉井一匡 : October 26, 2004 10:06 AM

古川です。
僕の実家も新潟で長岡ニュータウンというところですが
そこは、大きな被害はなかったようです。
義姉の実家が越路町で、
ニュータウンからは距離がそれほど離れていないのですが
そちらは、タンスなどすべて倒れて家の中に散乱しているとのこと。
局所的な被害の差が結構でているようですね。

Posted by: 古川泰司 : October 26, 2004 09:28 AM
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?