January 10, 2005

伊能大図の上を歩ける日

inou.jpg 日曜日の午後、事務所に行く途中に通りがかったカフェ杏奴をのぞくと、いのうえさんが帰ろうかと腰を浮かせたところだった。伊能忠敬の地図を武蔵大学で展示していたのを見て来たというはなしを、昨年の末に彼から聞いていたが、そのあと日大の文理学部でも公開されるといわれたのにぼくは行き損なっていた。先日、事務所にたずねて来た高校時代の同級生がやはりその話をした。60mもの大きさの日本地図が床一面に広げてあって、それをビニールでおおってあるから上を歩けるんだと聞いたら、ぼくは行けなかったことをにわかに悔やんだ。

 ぼくたちの高校時代の化学の先生・ケチョンこと伊能敬先生が伊能忠敬の直系だった。画家であるその弟さんの洋氏が、お弟子さんの協力もあって伊能図の全てを模写されたのだという。原図といっても、それ自体が明治初期に陸軍が書き写したものらしいが、全図225枚のうちの207枚がアメリカにあることがわかった。そのコピーをもとに模写されたものを床いっぱいにひろげてその上を歩けるようにするというわけだ。この地図は、原寸大のもの207枚が日本地図センターで販売されている。つなげると実に61×50mの大きさで、価格も実に8,650,000円という壮大さである。
大図の上を歩くことはもうできないのかと探してみたら、最後の機会がもう一度残されていた。「伊能大図アメリカ里帰りフロア展in幕張メッセ」で見られる。1月22,23日/10:00-17:00,23日は15:00まで幕張メッセ・入場無料です。

 いのうえさんは虫眼鏡をもって見に行ったそうだが、幕張メッセなら高いところからも見られるだろうから、双眼鏡も持っていこうと、ぼくは思っている。およそ人間がたのしくあるくことを考えていないまち幕張、そこに、50才をすぎてから日本中を歩いて測量しつくした伊能忠敬という並外れた人物。その人の作った地図を広げてその上を歩けるようにしようという魅力的な企画を日本中に巡回させたこと、その最後の幕引きにに幕張を選んだという何重にも重ねられた逆説あるいは皮肉にも、しかも入場無料であることに、スタンディングオベイションをおくりたい。
そういえば、初めて幕張メッセに行ったのはカナダ・アルバータ州の恐竜展だった。

投稿者 玉井一匡 : January 10, 2005 11:35 AM | トラックバック
コメント

 70歳で歩き続けていたのはすごい。ライトがタリアセン・ウェストにとりかかったのがたしか72才くらいだったことを思うと、コンピューターやブログのあるこの時代はまだまだ、お楽しみはこれからだと考えたいですね。しかし、芭蕉や八十八カ所巡礼、お伊勢参りや山頭火なんて、歩くことを尊ぶ日本の文化でありながら、それらよりもはるかに重要で大変なことをした伊能忠敬が、数年前まではそれにふさわしい扱いを受けていなかったのは不思議なことですね。

Posted by: 玉井一匡 : January 13, 2005 01:11 AM

日大文理学部での「伊能図の世界」では 屋久島の大きさに驚きました。 忠敬がこの島を訪れたのは1811年から1814年の 第8次測量の時、もうすぐ70歳になろうとする頃だそうです。 原生林の中の忠敬、なんかすごくかっこいいですね。

Posted by: いのうえ : January 12, 2005 11:43 PM
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