May 11, 2005

自由学園明日館で

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 連休はじめの金曜日の夕方、自由学園明日館に行った。
あいだに道路をはさんで、明日館が講堂や婦人之友社などの低層の建物とつくる場所は、かけがえのない瞬間や記憶がぎっしりとつめこまれていながら夕日の光を包みこんでのびやかだった。さまざまな紆余曲折があったけれど、帝国ホテルのような建築の剥製のような形式ではなく、高い塀で囲われることもなく、人の集まる場所としてだれもが利用できるように残された。現在の日本とこの建築の置かれたさまざまな条件を考慮すれば、明日館という建築がそれにこめられたものや自らつくりつづけたものを保存するだけでなく、それがさらに持続されてゆくことになったのは「HOW BUILDINGS LEARN」の最善のありかたのひとつだと思う。
 この日ぼくが明日館に来たのは、前の夜に忘れ物をしたからだった。友人の淺野平八さんの依頼で、彼が教授をつとめる日大生産工学部・建築の学生のためにひらいている「建築の明日セミナー」で話をしたのが前夜のこと。淺野さんが「タリアセン」と名付けられた部屋をとってくださった心遣いがありがたかった。ぼくは、ライトの仕事のうちでタリアセンウェストが何より好きだ。「建築の明日」と名づけたのは、もちろん「明日館」を会場として学生たちをあつめることとは無縁ではないはずだ。
 淺野さんの研究は公民館が専門だが、日本の建築の工法や技術の継承にも力を注いでいる。とくに準備をしてもらわなくても玉井さんのやっていることを話してもらえればいいよと淺野さんは言われたので、ぼくは現在やっていること関心を持っていること、淺野さんの専門となんらかの関係のあることについて話した。

 新潟でつくっているかきの木通りと名づけた小さなまちづくり、ヴィエンチャンの図書館、このblogのタイトルにした「MyPlace」という考えかた、コレクティブハウス、Be-h@us展のことなどだった。「MyPlace」という概念やコレクティブハウスと公民館は重なるところが多いが、Be-h@usと日本の伝統的な工法との関係は重なるところは少ないが、さりとて対立概念でもなく、いわば補完的あるいは共生関係であるとぼくは思う。
 話のあと明日館を出て住宅街を5分ほど歩くと、もう飲食店の建ち並ぶ池袋のまちに着く。若者たちにおじさん2人を加えた団体は中の一軒に場所を移して食事になった。近くの席にやってきた若い人たちとの会話と彼らの思いによって、ぼくはさまざまに勇気づけられた。
 シャッターメーカーに就職の内定した女子学生は卒論に茶室の建具を取り上げたいと言ったが、茶室に限定せずにもっと多くの建具を様々な要素で分析する方がいい、資料はすでに蓄積されているからと淺野さんはアドバイスした。ファイルメーカーで整理して分析したらきっと何かおもしろいことがみつかりそうだとぼくも思い、シャッターはまちの景観をとても悪くしているものだから、これからやれることやってほしいことはいっぱいあると、ぼくは言った。
 別の女子学生は、建築の外縁について卒論を書こうとしているが、本を読んでいてもなかなか進まない。卒業設計にしてもいいだろうかと淺野さんにたずね、きみは大学院でもう少し勉強を続けた方がいいかもしれないと答える。設計ならいつだってやれるんだから、いまのうちに研究をしたほうがいいよ、とぼくは言った。「○にも、それを言ってやってよ」と淺野さんが言う。○君は、一昨年うちの事務所に実習に来てくれた。デザインの力がいい線をいっていると思ったが、それだけに先を急いでるのかもしれない。
 ひとりは数寄屋大工を志して大工塾にゆくといい、ひとりは数寄屋を得意とする工務店に就職するという2人が、ぼくの隣の席に向き合った。アジア各国やヨーロッパをめぐって、修復保存に力をそそぐ文化のありかたと、それをになう職人に惹かれたので、日本の伝統的な建築を受け継ぎ残してゆきたいのだひとりが言い、数寄屋をやれる機会はそんなにあるわけじゃあない、おれはもっと多くのしごとをやりたいとひとりが言った。
「ひとりだけ不動産だっていうんだよ」と淺野さんは男子学生を示した。席がややはなれていたので頭を下げただけだった彼とはじかに会話ができなかったが、まちのもっともおおくの部分をつくっているのはディベロッパーなのだから、不動産会社のふるまいは影響が大きい。由緒正しい三代目下戸のぼくは、酒のある集まりで席を移動してまわることを忘れてしまい、かならずあとになって反省するんだが、もっとよく話をききたかったな・・・・・「飲みゅにてぃ」を大切にする淺野さんの集まりなのに。不十分な飲み手の話をきいてくれてどうもありがとうと思いつつ、ここちよい初夏の夜風をうけながら小さな踏切を吉村順三事務所の前を通り、うちに向かって自転車を走らせた。

投稿者 玉井一匡 : May 11, 2005 08:25 AM | トラックバック
コメント

昨日 masaさんをご案内して 明日館を訪ねてきました。 建築を学ぶ学生さんが先生と共に見学に来ていて、いつになく賑やかでした。
はす向かいの講堂も 手入れがゆきとどいており、 気持ちの良い場所でした。 

Posted by: いのうえ : July 23, 2005 11:38 AM

 玉井さんにセミナー講師をお願いした淺野です。当日の玉井さんはいつものペースで,聴衆はいつもと違ったスタイルの講師との出会いとなりました。しかし明日館を使ってのこのセミナーでいつも感じることですが,みんなが集中して,ひとまとまりになっている空気です。それをライトの空間のせいというのは短絡でしょうが。
 ところで,このセミナーは「建築の明日を伝えるセミナー」略して明日ゼミといっています。2001年開始当初は年6回くらいのペースでやって,いずれは本にまとめようと目論んでいました。会場も無料で提供頂いた他所でした。しかしテープ起こしの遅れ,会場の取り壊しなどが重なりとん挫,2003年から会場を自由学園明日館に移して仕切直ししたもので,今回通算12回です。過去の履歴は私の研究室のホームページにあります。

Posted by: あさのへいはち : May 16, 2005 02:59 PM

 淺野さんは、とても元気そうでした。5月4日が60回目の誕生日で、レッズの8番のユニフォームを送られたとメールに書かれていました。レッズのユニフォームであるのは赤いチャンチャンコ代わりからだろうけれど8番ってだれだっけと思って調べたら、アレックスでした。アレックスのファンなのかと、やや不思議に思いましたが・・・・・「なーんだ平八の8なんだ」これを書きながら気づきました。

Posted by: 玉井一匡 : May 11, 2005 06:48 PM

平八教授はお元気でしたか?
何だか、他人事ではないエントリー。
僕も先週末それこそ「明日館」の保存に携わった山口先生の傘寿の会に参列してきたばかりでした。

Posted by: osm : May 11, 2005 09:50 AM
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