May 09, 2005

HOW BUILDINGS LEARNという本

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秋山さんからの電話:「ぼくのブログでリンクをはりつけたのに、きみの(PageHomeという)サイトのしかるべきページになかなか行き着けないよ。」  たしかにそうなのだ。ブログとホームページの棲み分けをどうやったらいいんだろうかと、はじめの頃から悩んでいたが、このブログを開いてからというもの、ほとんどむこうは面倒を見てやらなくなってしまった。移動させた方がいいよと前からも言われていたことだが、まずは2000年に「HOW BUILDINGS LEARN」のことを書いたページを移動させることにする。
  この本の日本語訳を出すことにはさまざまな困難はあるけれど、ぼくはまだ諦めてはいない。



*   *   *  以下PageHomeより移動  *   *   *
1960年代末のアメリカで『the Whole Earth CATALOG』という本が作られた。スチュワート・ブランドを中心にしてつくられたこの本は、カタログという形式を借りて本や道具というモノを通してそれらを言語としながら、人間とはなにか、世界とはなにかを表現したものだ。現在のインターネットによってむすばれる世界を、本にしたようなものだ。言い換えれば、インターネットの時代を予見したものだ。

昨年(1999年)のある日、秋山さんからemailが届けられた。「BBC のテレビ放送で知ったのだが、スチュワート・ブランドの書いたHOW BUILDINGS LEARNという本がいいから、ぜひみんなに読んでほしいと思うので翻訳して出したいんだがいっしょにやらないか」ということだった。仲間を募って建築家仲間が何人かで翻訳を分担したのを村松潔さんに手を入れていただて本にしたいというのだった。村松さんは秋山さんのクライアントの一人で、「マジソン郡の橋」の翻訳をした人だ。そうとは知らずに読んだ「旅の終わりの音楽」という美しくてかなしい物語も村松さんの翻訳だった。

 数日するとこの本のペーパーバック版が1冊、宅急便で送られてきた。すぐさま秋山さんがAmazon com.に注文したものだった。ざっと目を通して、おもしろしろそうだとぼくも思ったので、一度会って相談しようという呼びかけに秋山さんの事務所LandShipに集まった。ところが村松さんに言わせると、素人が翻訳をしたあとで手を入れるというのはむしろ足手まといで、それくらいならはじめから自分で翻訳した方がましだよ、むしろ逆に、技術的な問題や事実関係のチェックなどをあなたたちがするという形のほうがいいよということを、もちろんもっとやさしい表現でだけれど言われたのだった。言われてみればそれはそうだろうと、すぐに納得がいってしまったのは我ながら情けないが、事実だからしかたない。

それぞれに関係の出版社をいろいろと探ってみたがなかなか思うようにはゆかない。ちゃんと作れば金がかかる。いい本だがそれほど数が出るとは思えない。部数が少なければ価格が高くなる。高くなれば買う人が減る。という悪循環に陥るだろうというのだった。これが英語であれば、マーケットの大きさが違うから、読者の割合が少なくても世界中ではある程度の数の読者がいるので、「いい本だけれど読む人が少ない」という本でもちゃんと日の目を見ることができるわけだ。しかし日本では、翻訳が出ないのをいいことに、外国語の本を密かにタネ本として自分の思想のような大きな顔をする学者がいたりする。日本語という言語のマーケットの小ささのために、いい本ほど出版されにくいということになってしまう。だから、文化はますます堕落するのだということを実感としてわかってきた。
まずは動き出そうということで、とりあえず村松さんが要約を作ってくださった。さすがに早いものだ。

aki's STOCKTAKINGに村松潔さんによる要約がある。

投稿者 玉井一匡 : May 9, 2005 10:45 PM | トラックバック
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