May 14, 2005

満州走馬燈

「満州走馬燈」 小宮清著 ワールドフォトプレス刊 1982年
aki's STOCKTAKINGでくわしく取り上げられたので、満州走馬燈をひさしぶりに読んだ。かつては拾い読みをしていったから、読んでいないところがたくさんある。こんどは註にいたるまでみんな読んだ。奥付を見ると昭和57年、1982年刊行で、もう23年前になるのだ。
 じっくり読み返すと、ほんとうに良くできた本、いい本だ。子供の視点、大人の視点、歴史的視点。それら3つがきちんと書かれていて、子供の視点を中心にすえている。終戦直後の日本でも、戦火のアフガニスタンやイラクでも、悲惨な環境にありながら多くの子供たちは明るい表情をしていた。この本を読むと、彼らの環境へのとてつもない適応力がなぜなのか分かる気がした。

大人にとってはつらいばかりの生活の中にさえ、こどもたちは楽しさと驚きを発見する。きっとこどもはそういうふうにできているのだ。生きてゆくためにまず必要なことは、生きるのはすてきなことなんだと思えることなのだから。
 主人公「きよし」(少年時代の著者)の記憶に刻まれたできごとや行動そしてモノを、具体的でていねいなイラストと文章で描写されている。それが全体で62項目あって、それぞれがかならずしも因果関係で結ばれることはなく独立している。それがいいんだ、きっと。たしかに、こどもの世界はひとつひとつのできごとが独立したデータベースのように一旦は完結していて、あるできごとある一日が終わるとまずはリセットボタンが押される。子供たちは立ち直りが早くて、しかもときに大人たちの驚くような視点をもつことがあるのは、そのためにちがいない。大人たちの経験は、それを得たときすでに他の多くの経験や知識とリンクされ意味づけされてしまうけれど、子供の世界では、それぞれが完結した経験は自由に組み合わせ変えることができるから。
 この本で、ぼくたちはまず満州でのたのしさやよろこびを発見することを知る。各章に1部ずつ、3ページ分の大きさの地図が綴じられている。ページが進んでも、拡げておけば地図をいつでも見ることができる。だから独立したそれらの経験を整理することができるのだ。それらをもとにして経験を組み立てると、さまざまな経験の背後になにがあったのかが感じられてくる。小さな字で描かれた、ときには数ページにわたるコメントは、そのちいさな地図の範囲を超えたところでなにが目論まれていたのか、何がなされていたのかを伝える。
 そのうえに、きよしの育った斑代開拓団の人たちがいかに悲惨な運命に遭ったのかを、生き残ったひとの手記と団員の消息のリストが具体的に語る。きよしの直接のものでない経験には、絵がない。しかしぼくたちにも充分な想像力ができている。
 中国の反日デモの背景に現在の中国の状況が潜んでいるにはちがいないが、しかしその底には日本への反感が生き続けているとしても当然のことだ。さらに、その中国人からの怒りと憎しみを引き受けた満州開拓団のひとたちがやっと帰り着いた戦後のこの国の、ぼくの子供時代を思いかえすと、「引揚者」に対してのまなざしは決して暖かいものではなかったように思う。だから、できるだけ多くの人にこの本を読んでほしいと思うけれど、文庫さえ新本がないというのは残念だ。
 つけ加えておきたいことがあった。大人と子供の世界の構成にあるもうひとつの違い。大人の世界は時間で構成されることが多く子供の世界は空間で構成されるのだと。この本の副題に「メモリーマップ」とあるけれど、それこそ、時間のなかにあるメモリーと空間を包み込んだマップを重ねたものがこの本なのだ。ぼくたち、建築に関わる人間がしなければならないことは、たいせつな時間に心地よい空間を加え、空間の中でいい時間がつくられる仕掛けをつくること、それが統合されていい「場所」というものがつくられるのだとぼくは考えている。

投稿者 玉井一匡 : May 14, 2005 01:57 PM | トラックバック
コメント

m-louisさん、コメントありがとうございました。愛用のiBookiが入院してしまい、おそくなりました。
まだ靖国参拝をつづけるなどと得意そうにいいはる男に、なんとかいってやりたいものです。強気を気取る指導者というものは、自分は安全な場所にいて他者の命を危険にさらすことを「強気」と思っているようです。かつての強気な指導者たちは開拓民を危険にさらし、置き去りにし、国家に対する怒りや憎しみを個人に購わせた。その連中を、自らの命を捨てて死んでいった若者と一緒にして拝むなどということがどうしてできるのか。 

Posted by: 玉井一匡 : May 19, 2005 12:03 AM

いつも秋山さんのブログでお名前拝見しております。
谷中M類栖の m-louis と申します。
少し遅くなりましたが、TBありがとうございました。

私はこちらで紹介されてる『満州走馬燈』の方は読んでないのですが、TBいただいたエントリーからこちらにTB送信させていただきました。
子どもの世界観が「独立したデータベースのように一旦は完結してい」るという話、私は「子どもの」ということにまるで気付かぬ状態ではあったのですが、似たような内容の話をいずれ自分のブログでエントリーしたいと思っています。良いヒントをもらいました。

それと反日デモに関してなんですが、私は『満州メモリー・マップ』の方を読んでいて、日本が中国に対してやってきたことは勿論のこととして、日本政府が日本人に対してやってきたこともすでに日本人は忘れている(私の世代だと知らずに生きている)んだなということを強く実感しました。
そういう意味では実は日本人も反日デモに参加してもいいんじゃないか?(但し、暴動のない)と思ってしまった次第です。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

Posted by: m-louis : May 17, 2005 12:08 AM
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