December 16, 2005

THE PLACE OF HOUSES

 THE PLACE OF HOUSES
 Charles W. Moore, G. Allen , D. Lyndon , W. Turnbull
 MADCONNECTIONのおかげで「美の巨人たち」のチャールズ・ムーアとシーランチの2回目は見ることができた。見そこなった1回目では、シーランチとムーアについて「あまり有名でない」という解説が加えられたというので、ぼくはちょっと驚いてしまい、この本について書いておこうと思った。このBlogのタイトルMyPlaceは、この本とすくなからぬ関わりがあるから、いずれ書くつもりではいたが、先日、「アースダイビング@下北沢」にトラックバックされた脇田さんのblogでも「場所」と「空間」についてふれられていた。

 ぼくが、「場所」と「空間」を対立概念として意識するようになったのは、いまから30年も前にこの本を読んで、それから数年経ってからのことだ。ムーアはこの本のタイトルとして、SPACEと音を合わせるようにPLACEということばを選び、対立概念としたのではないかと気づいた。だとすれば、近代建築の中心をなすのはなによりもまず空間つまりSPACEだから、この本はまずタイトルがモダニズム批判なのだが、そこはムーアらしく正面からSPACEを批判したわけではなく、本の形式もその道具のひとつとして使っている。 建築の専門家に向けてではなく、自分のイエを建てようとしている人たちに向けて書くという形式をとったのだ。 
 序文には、スタイルブックのような本を作りたかったのだと書いている。住宅はかくあるべしと論じるのではなく、イエのさまざまなあり方を示し、住宅の「スタイル」を具体的に見せる。しかし、スタイルブックだからといって、モノとしての住宅を羅列するのではない。まちのありかた、生活、イエの構成のスタイルを具体的に説明しているのだ。これらは、そこから直接的に何かを学ぼうという実例であるよりは、むしろ根源的なところで共通する意味を読み取る寓話あるいは神話のようなものかもしれない。モダニズムは、普遍と純粋を目指したのに対して、住宅とまちの個別なありかたを具体的に語ったこの本の形式そのものが、実はモダニズムに対する異議申立てである。

 「THE PLACE OF HOUSES」をamazonで検索すれば、「なか見検索」で表紙と目次、本文の一部、索引を見ることができる。内容は、およそ4つの章からなり、それにチェックリストや索引が加えらるという親切な構成だ。
1)Houses of several places
2)The three orders
3)Setting out choices
4)Inflecting the scheme
「places」ということばは、1章目のタイトルに使われる。この章ではアメリカの、性格の異なる3つのまちをとりあげてまちと住宅の関わり方を示す。いいまちにいいイエがつくれられ、いいイエがつくられることでまちがよくなるのだというケーススタディである。
ニューイングランドの古いまちエドガータウン、大地震のあとに意識的にスペイン風の町づくりをしたサンタバーバラ(マイケルジャクソンが住んでいるので有名になった)、そして「美の巨人たち」に取り上げたシーランチはカリフォルニアの海岸の崖の上の別荘地。
これらは、すでに存在するものたち、周囲の自然環境、まち、これまで生きてきた人々、これまでに存在してきたまちのありかたを読み取り、それらを大切にした積み重ねがいいまちをつくった。シーランチでは、はじめの志とは少しずつはなれていった失敗についてもふれている。
1章目でまちとイエについて論じたあと、2章目以下では住宅の中身のスタイルに向かい、ひとつの住宅をつくることに目を転じる、つまり、イエがつくりだすPLACEである。
MOORE.jpg 「空間」は抽象的な概念だから取り替え可能なものであるのに対して、「場所」は、他にないそこだけそれだけの取り替えのきかない具体的なもの、たとえばひとりひとりの命のようなものだ。
 難しいことばをつかうのが好きな建築家たちは「ゲニウスロキ(地霊)」とか「トポス」なんて言葉を新兵器にして、かつてポストモダンを気取った。その追従者たちは過去の貯蔵庫からデザインのネタを取り出してきて不足を補うというぐあいに自分の表現の道具にした。しかし、ムーアは分かりやすいものやありふれたものを駆使して、たのしい気持ちいい場所をつくりだし、それが軽やかにモダニズム批判となったのだ。
 
 たとえばモダニズムに邁進するディベロッパーだって、彼らなりにいい都市、いい住宅、いいオフィスをつくることを目指している。しかしそこでは、すでにあるまちも、すでに住んでいる人たちも、積み重ねられた時間の痕跡も、現実に象徴的に清算してあらたに「現在」を塗り重ねる。それは、ニューヨークであれ上海であれ同じ広さおなじ形の土地であれば置き換えが可能な都市だ。ひとりひとりの命に想像力を及ぼすことなく、兵士の数の減少とその補充を考え、自分たちは命の危険にさらされることのない参謀本部のようなものだ。

 実を言えば、ぼくは厚い英語の本を進んで読み通すほどのことはしない。これを読んだのは、石井さんが翻訳しないかといってるけどどうだと難波が言ったからだった。面白そうだから、そしてなによりムーアの建築が大好きだったから、単行本の翻訳はしたこともなかったのに引き受けることにしたが、ずいぶん長い時間がかってしまった。石井さんはそのころイェールにいて、その間とうとう一度も会わずに翻訳をすすめて本になった。タイトルは「住宅とその世界」と提案したのがそのままつけられたが、本の性格からすればWhole Earth Catalogのような気軽なペーパーバックにしてほしかったがハードカバーの立派なものになって4000円近くになった。その後は再版されずに、絶版になってしまったが、原書はまだ買うことができる。鹿島出版会で担当してくださった編集の京谷さんは翻訳をとてもほめてくださったのだが、いまになって読み返すとアラが目について、できるものならやりなおしてもっと気楽な本にしたいものだ。このあと、やはりムーアの「BODY, MEMORY and ARCHITECTURE」(Kent C. Bloomerとの共著)という本も訳した。これも日本語訳はなくなったが原書はamazonで検索できる。ぼくはたしかそのまま日本語にして「身体 記憶 建築」というようなタイトルを提案したが、やはり立派な装丁で、「建築デザインの基本」なんていうつまらないタイトルになってしまったのに、なぜかこちらは再版された。

投稿者 玉井一匡 : December 16, 2005 01:10 PM | トラックバック
コメント

玉井さん、長文のお返事ありがとうございます。国家は、トップダウンに秩序を形成しようとしますから、どうしても雄弁にならざるを得ない面があります。「無口」、「ひきこもり」な国家が存在したら、それは国家として機能しませんし、もはや国家ではないかもしれません(^0^)。しかし、玉井さんは、生真面目な文章のなかで、時々、面白い表現をなさいますね~。楽しいです。「近代価値観のOSを入れたCDROMを、西欧文化が世界中に無料配布したおかげでしょう。」というのもそうですが、masaさんの「すごい猫」へのコメントも、「いやだ~ん」と言いながらひっくり返ってしまいました(^0^)。

「社会には雄弁な社会と聞き上手な社会というふたつの軸が同時に成り立つのではないでしょうか」というご指摘を受けて、少し考えてみました。「聞き上手--聞きべた」「雄弁--無口」という2つの軸を直角にクロスさせると、4つの社会のタイプが類型化できます。第1タイプ:「聞き上手でありながら、雄弁な社会」。第2タイプ:「聞き上手だけど、無口な社会」。第3タイプ:「聞き下手で、なおかつ無口な社会」。第4タイプ:「雄弁だけど、聞き下手な社会」。以上の4つです。アメリカのような社会(国家)は、この第4タイプなのでしょう。しかし、玉井さんが、遠い未来に実現することを期待されているのは、第1タイプのような社会なのでしようか。他者を自分の資源としてみなす(「あいつは使えるから利用してやろう」)のではなく、その存在をきちんと承認しつつ、雄弁に自己の主張を語りながらも、相手の話しにじっくり耳を傾ける社会。そういった、相互関係をどのようにしたら築くことができるのか、重要な問題です。 ブログは、そのような社会を築いていくための、ひとつの重要なツールだと思います(重要なツールという発想は、世代的に私はよく知らないのですが、WholeEarthCatalogとも関係してくるのでしょうね)。

拙ブログで書きました、六本木ヒルズにある「MAMAN」にある蜘蛛のお母さんのオブジェ。トップダウンに自分たちの都合のよいルールと秩序を形成する、いわゆる「勝ち組」にとっての価値や知恵をシンボライズしたものです。しかし、今必要なことは、「聞き上手でありながら、雄弁」な多様な人びとが産み出すネットワーク(WEB=蜘蛛の巣、ブログもそのひとつ)を、楽しみながら(ユーモアを交えて)、大切に育んでいくことなのでしょうね。このユーモアや楽しみながら、という点が重要だと思うのです。

ああ、たいしたこと書いてないのに、やたら長すぎましたね。すみません(^^;)。

Posted by: わきた・けんいち : December 19, 2005 03:15 PM

わきたさん 雄弁と聞き上手を、人間のありかたを越えるものとして考えてみると興味深いですね。
 まず、空間と場所という並べ方(ここでは、あえて対立概念という言葉を避けますが)に重なるところがありますね。さらに、雄弁な建築と聞き上手な建築というふうに考えることもできます。国家でいえば、アメリカ合衆国は過剰に雄弁だが、と書いてつまってしまいましたが、国家というものは他者に対しては聞き上手ということはありえないものなのかもしれません。聞き上手は、食い物にされて消滅してしまい国家としては存在しなくなるからでしょう。アメリカインディアンの国家がなくなったように。(ぼくは、インディアンという言葉がじつは好きなんです。ヨーロッパの人間が、あの大陸をインドだと信じた間違いと思い上がりをその度に確認するようで、ちょっと意地悪なよろこびを感じてしまう) ひどく雄弁、雄弁、おしゃべり、無口、ひきこもり、というように、国家の本質としては雄弁は単調増大の指標の、雄弁であればあるほど有利という資質なのではないでしょうか。
 そんなことになってしまったのも、近代価値観のOSを入れたCDROMを、西欧文化が世界中に無料配布したおかげでしょう。

 たしかに、国家のありかたは雄弁の圧勝かもしれないが、社会には雄弁な社会と聞き上手な社会というふたつの軸が同時に成り立つのではないでしょうか。聞き上手であるためには、聞き取ってそれを評価できるだけの主体がきちんと確立されていなければならないでしょうね。世界中を聞き上手にして自分だけが雄弁であろうとするアメリカ合衆国は世界の迷惑ですが、 EUや、まだできそうにない東アジア共同体というものが、巨大な国家でなく聞き上手をなりたたせるような共同体になってほしいけれど、なかなかたいへんなことだろうし、ぼくたちが地球にいる間には実現しないでしょう。
 それでも、アメリカにはもちろんWholeEarthCatalogをつくるひとたちがいるのだし、中国でももう一度革命が必要だと言っている人たちがいるのだし、国家という枠をこえ空間を越える社会あるいはコミュニティが、たとえばblogによってできるのではないだろうかと、ぼくは期待しているのですが。

Posted by: 玉井一匡 : December 18, 2005 10:58 AM

玉井さん。私に欠けていた点をご指摘くださり、ありがとうございます。「新しくつくる建築を利用する人たち住む人たちと、かれらが抱えている時間や記憶」。プライベートな時間や記憶に対してケアフルであるということですね。そうすると、建築家は、雄弁であるよりも、聞き上手、相手の話しを受け止める受容的な態度が大切ということになるのでしょうか。部分的には、“癒し”の機能もそこには含まれているような気がします。その点では、私たちが社会調査でライフヒストリーをお聞きするのと少し似ていますね。/ところで、このようなプライベートな時間や記憶は、どこかでパブリックな時間や記憶と交差するのでしょうね。それは、建築という具体的な仕事のなかでは、どのような形で表現されるのでしょうか。とっても関心があります。My Placeの思想のように、My TimeやMy Memoryのばあいも、その時間や記憶も、その一部は他者と共有することになるのかなと考えるからです。こんなことを書くのも、以前に、『文化遺産の社会学』という本を仲間で書いて、そのときの問題意識をまだ引きずっているからなんです。

Posted by: わきた・けんいち : December 17, 2005 02:12 PM

トロトロしているうちに、コメントを追い越されてしまったので、もうひとつ書きます。
iGaさんのいらしたムーアの講演のことは知りませんでしたが、彼の建築から受ける印象と同じことを話しているのですね。彼はひとを驚かせるというよりは楽しませようとしていろいろな仕掛けを考えだしましたが、人によってはおどろくかもしれませんから、それだけをまねようとするやつがいるのですね。かくいうぼくも、カリフォルニアのかっこよさを真似たことは何度もあるのですから、えらそうなことは言えません。そういえば、ぼくは一度もムーアに会ったことがありませんでした。えらそうにするやつが大嫌いだから、その反対側にいたムーアには会いたかったのに。
わきたさん、ぼくたち建築を設計人間にとっては当然のことだけれど、ケアフルであるべき対象はもうひとつ、新しくつくる建築を利用する人たち住む人たちと、かれらが抱えている時間や記憶に対してもです。

Posted by: 玉井一匡 : December 17, 2005 12:37 PM

わきたさんのご指摘をうけて読み返すと、たしかに「ぼくたち」が2回つかわれていますね。ぼくは無意識につかってしまいましたが、ふたつの「ぼくたち」は別々の時期に、別々の範囲を示しているんだときづきました。当時の学生だったまわりの友人とムーアたちについて話したことはあまりありまえんでしたから、反権威的な行動は、もっと直接にもっと身近にあったので、「アメリカの草の根」は遠いところにある世界として、「ぼく」があたためていたように思います。
「まいっちゃったぼくたち」は不特定のぼくたちで、「街頭やキャンパスで活動していたぼくたち」は、建築学科を含めたさまざまな学生なのです。
学生のアジ演説で「われわれ」「ぼくたち」「わたしたち」と使われていましたが、それは、聞き手をその範囲に含めたいという意図の現れだったのでしょう。複数形の代名詞というものは、そういういい加減さ、あるいは便利さがあることを今更ながら興味深く思います。

Posted by: 玉井一匡 : December 17, 2005 12:03 PM

玉井さん、こんにちは。子どもの頃、自宅でとっていた、なにかの雑誌(たしか『暮らしの手帳』?・・・だったかな~?)で「塔の家」の写真を見て、とてもびっくりした記憶があります。その時のことが、ず~っと記憶に残っています。当時の自宅は、3Kの狭い狭い公団住宅だったのですが、狭くても、こうやって楽しく暮らせるんだなあと感じたように思います。「大人なのに、子どもの“秘密基地”みたい」と思ったのですね。/iGaさん、ファミリア・イージー・ケアフル、ビビっときました。特に、ケアフルというのは、玉井さんのお書きになっている「すでに存在するものたち、周囲の自然環境、まち、これまで生きてきた人々、これまでに存在してきたまちのありかた」に対してケアフルなのでしょうね。

Posted by: わきた・けんいち : December 17, 2005 11:39 AM

デルファイ研究所が主催したチャールズ・ムーアの講演会を聴いた記憶があるので、いつだったのか廃刊雑誌「at」のバックナンバーを探してみました。それは1990年2月13日に千駄ケ谷の津田塾ホールで建築家・團紀彦の司会で開催されていました。講演会の抄訳にはムーアの言葉「人を驚かせることも無意味とは申しませんが、しかし、それよりもファミリアであること、イージーであること、ケアフルであること、この三つの態度がをもつことこそが大切なのではと考えます。」がクローズアップされているが、これは会場の若い人に向けたものと思います。
雑誌の抄訳には触れられていませんでしたが、何かのコミュニティ施設かコーポラティブ方式のコンドミニアムか記憶は定かではないのですが、徹底した住民との話し合いの場を作り、それらの意見を取込みながら設計を進めると云う話が印象に残りました。そういえばムーアのカルフォルニア大学クレスギ・カレッジも住民参加型のコミュニティデザインでした。これは1974年の竣工らしいから世界的に広まった学生運動の後ですね。

Posted by: iGa : December 17, 2005 11:07 AM

布団にiBookを持ち込んで書いているうちに眠ってしまいました。
AKi さんがお書きになった三億円事件もこの年にあったのでしたね。フランスでは五月革命があり、アメリカでもベトナム反戦運動が盛り上がっていたし、中国は文化革命のさなかでした。ぼくたちもそんな中にいたので、三億円事件のことをどんな状況で聞いたのか、全く記憶に残っていないのです。ぼくはスポーツはずいぶん好きな方ですが、この年のメキシコオリンピックだけはほとんど記憶に残されていません。ただ、開催中にソ連のチェコ侵攻があってプラハの春といわれたのを戦車で踏みつぶすという出来事をラーメン屋だったかのテレビで知り、ソ連に強烈な反発を感じたことははっきりと憶えています。
この年の春に、都市工学科の連中が、「新宿の西口広場の話をききに東孝光の事務所にいく」というので、ぼくは塔の家が大好きでしたから便乗してうかがったことがありました。そのころ、秋山さんは東事務所ですでに万博の仕事をしていらしたわけですね。同じころにフランスの建築雑誌「architecture d'aujour d'hui」の分厚いやつでアメリカの新しい流れの特集を図書館で見ていました。それからしばらくしてぼくたちは、建築と直接には離れてしまったのでした。

Posted by: 玉井一匡 : December 17, 2005 09:01 AM

玉井さん、1968年といえば、東大紛争のときですね。「この1冊の雑誌だけが建築との接点」。←これって、リアルに感じることができます(私は小4の子どもでした・・・)。「ぼくたち」ともお書きになっていますね。ムーアの「偉そうな顔をしていない気楽でチャーミングな建築」(反権威主義的建築?)が、当時、建築を学んでいる学生の皆さんにどのような影響を与えたのか・・・、いろいろ考えちゃいますね。

Posted by: わきた・けんいち : December 17, 2005 12:54 AM

1968年、玉井さんにとって「都市住宅6810」ってそんな風にあったんだ、となんだか理解できたような気がしました。
私はもうすでに東事務所にいて、カッコだけの「アメリカの草の根」風住宅を作るのに夢中でした。もう、庇がないだけでムーアやヴェンチューリになったつもりでありました。
今、玉井さんが書いてくださったことを読んで、ムーアのことが少し分かるような気がします。でも、あの頃、読んでも分からなかっただろうなと思うのです。

http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/000154.html

Posted by: AKi : December 16, 2005 11:46 PM

  ボナム邸は、チャーミイングな住宅ですね。ムーアは、偉そうな顔をしていない気楽でチャーミングな建築をたくさんつくりましたから、ぼくたちはすっかりまいっちゃいました。この本といっしょに写真を撮った都市住宅という建築雑誌でアメリカの草の根という特集でムーアをはじめとするアメリカの建築をとりあげたのが1968年10月号。そのころぼくたちは、街頭やキャンパスの中で活動をしていたけれど、もう長い間講義も設計の課題もなくなっていた時期で、この1冊の雑誌だけが建築との接点で、いつもバッグに入れてもちあるいていました。

Posted by: 玉井一匡 : December 16, 2005 11:10 PM

玉井さん、こんばんは。TrackBackをいただき、ありがとうございました。今回のエントリーで、ムーアのことについて初めて知りました。 「THE PLACE OF HOUSES」、「BODY, MEMORY and ARCHITECTURE」、調べてみたのですが、私の現在の職場環境では、なかなか手にとって読むことができそうになく、たまたま建築を娘が勉強しているので、彼女に頼んで(図書館で借りてもらって(^^;))、読んでみることにしました。/「美の巨人たち」をテレビで見ることはできなかったのですが、HPで様子を知ることができました。「ボナム邸」って素敵ですね~。こういう家、子供の頃から好きなんですよ。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/051119.htm
 /それにしても、「ひとりひとりの命に想像力を及ぼすことなく、兵士の数の減少とその補充を考え、自分たちは命の危険にさらされることのない参謀本部のようなものだ。」というのは、本当にそのとおりですよね!

Posted by: わきた・けんいち : December 16, 2005 08:15 PM