June 21, 2005

「タイニーハウス」レスター・ウォーカー著/玉井一匡・山本草介訳/ワールドフォトプレス

CLICK tinyhouse-thumb.jpg

ずいぶん前からのことだが、サイドコラムに「タイニーハウス」と「シェルター」のamazonへのリンクをつくることを秋山さんからすすめられていた。昨日の電話で「タイニーハウスのことを書いたからエントリーするよ」と言われては、グズグズするわけにはゆかなくなった。そしてaki's STOCKTAKINGに「タイニーハウス」というエントリーができる寸前にやっと不完全だがリンクを作った。なんていうと自分ひとりで作ったように聞こえるだろうが、LandShipのミネ君のご指導のおかげでやっとたどりついたのです。しかし、自分のブログにエントリーがないのではまずいなと、ホームページ(PageHome)に書いてあったものに少し手を入れて移植することにした。
 春のBe-h@us展に出したプロジェクトに、Be-h@us tinyというタイトルをつけたのは、もちろん「タイニーハウス」のことを意識してのことだが、五十嵐さんが出した「パラディオのTinyHouse "Little Emo"」も、この本に触発されて、教えている大学で学生にタイニーハウスを課題として出したときに作ったものだったそうだ。

      *       *       *       *
”TINY HOUSES”という本の翻訳ができた。原題をそのままカタカナに変えて「タイニーハウス」となった。
 ヘンリー・ソローの「森の生活」に書かれたウォールデンの家のように、存在はよく知られているが具体的にはどんな家なのか知らないというものもあれば、アメリカの第二代大統領トマス・ジェファーソンがみずから設計した自邸モンティセロ(monticello)は名高いが、その一部につくられた新婚時代の家などは、大抵の人は存在も知らないだろう。そんな伝説的なものばかりではなく、サンフランシスコの震災に際して大量に作られた避難小屋にいたるまで、43の小さな住宅ばかりを集めたものだ。
 5.5平方フィートのバス停留所は別格としても、多くの部分をなす100平方フィート前後のものから100平方フィートを3階重ねて延べ300平方フィートのものまで、すべてが一貫した形式で書かれている。家たちの作られた背景と構成を、文章と写真、イラストとともに、すべてに同じ縮尺の平面図と立面図のほかに「パターン」という図がある。起こし絵のように切り抜いて折り目を折って貼りあわせれば、同じ縮尺のシルエット模型が43戸できるのだ。

 序文によれば、宇宙船が実現してからというもの、すみずみまで考えつくした極限の小さな家にというものにとりつかれた著者は、素人でも短期間に自分の手で作れるような小さな家を集めた本をつくろうと思い立った。人が集まっているときに、「こういう本を作っているんだ」と水を向けると、だれもが話に加わって熱くなってきたと書いている。たしかに、このイエたちの大きさと作り方ならだれでも自分の頭で考え自分の手で作れるような気になる。
末尾の説明の原稿を書いたが、はじめは編集者からダメが出た。ちょっと過激、あるいは個性的に過ぎるという。ぼくも、しぶしぶ納得して書き直したが、ボツになったのはつぎのようなものだった。

 ・・・小さな家が面白いよなんてことを、なんでよりによってアメリカ人に教えてもらわなきゃあならないんだ、一人あたりにしても10倍以上も国の大きさに違いがあるんだよ。
ところが、「できるだけ小さな家をつくろう」というルールをひとつ加えるだけで、たちどころにイエの大きさはどこの国に行こうとさして変わりがなくなって、だれもが同じグラウンドでゲームを楽しむことができるようになる。ちっぽけなイエの中じゃ、どっちみち納まりはしないから、生活が外にこぼれだす。すると、イエはドアの中だけではなくて、その外側の森の中やマチの中というグラウンドにもあったんだということに気付いて1点。そこに通りがかったやつらが「おめでとう」といってハイタッチしてくれたら、両方にもう1点。その前に、かっこいい家ができたら1点だった。という具合に、だれもが勝者になれるゲームらしいよ。タイニーハウスは。・・・・

 これくらいの小さな家なら、だれもが生活のしかた生き方について同じ地点に立って家を考え語ることができる。地球を100人の村にして考えるのと同じことだ。小さければ、部分を考えながら全体のシステムを考えることができる。アメリカでもアフガニスタンでも日本でも同じように。それにもうひとつ、家が小さければ土地は相対的に広くなる。家が小さければ外にでて生活をする。いや、このタイニーハウスはむしろ外に出て生活することや、ソトにも生活空間があることを前提にして小さく作られたものが少なくない。マチや森をイエの一部分として考えられているのだ。それが、いいマチいい自然をつくることになるだろうと思う。
TinyHousesE.jpg
そういうことを、ぼくはいいたかったのだ。

追記
■英語版:この本は再版されていないので、amazonでも古本がなかなか高い値段がついています。
むしろ、アメリカのamazonから英語版を買う方が安く手に入ります。
文章はもちろん英語ですが、写真と図面は変わりません。
アメリカのamazon、TINY HOUSESのページはここです
■関連エントリー:「アメリカ再読」/アメリカの住宅の住み方について

投稿者 玉井一匡 : June 21, 2005 05:32 PM | トラックバック
コメント

玉井さん、本文の最後に書かれていること、MyPlaceの精神そのものですよね!!

Posted by: わきた・けんいち : February 5, 2011 12:33 PM

わきたさん
 おぼえていてくださってありがとうございました。
おかげで、ぼくも自分の書いたエントリーを読み直しました。こんなことを書いていたのかと、自分で思ったりしました。だとすれば、「タイニーハウス」も、しばらく読んでいないから、もう一度じっくり読むと新しい発見があるにちがいないから、事務所に行ったら読んでみようと思いました。

Posted by: 玉井一匡 : February 5, 2011 09:52 AM

玉井さん、こんにちは。ずいぶん以前のエントリーですが、トラックバックがわりにコメントさせていただきます。拙ブログのエントリーで、玉井さんの「タイニーハウス」のことについて触れさせていただきました。岩手の分校を再利用した施設で、玉井さんが翻訳されたこの本に出会ったのです。http://blue.ap.teacup.com/wakkyken/904.html

Posted by: わきた・けんいち : February 4, 2011 01:48 PM

fuRuさん
コメントと、af-blogのエントリーありがとうございます。
自分でも、古いエントリーの内容は話くれてしまうことが少なくないので、こうして読み返してみるとあたらしい発見があります。
再版の要求、いや、すすめを、またしてみようかな。

Posted by: 玉井一匡 : December 16, 2008 09:44 PM

私のブログでも遅ればせながら紹介させていただきました。
ずいぶん前に買ったのですが、いま、ふたたび読み返しています。
読み返すたびに、楽しい発見のある本ですね。

Posted by: fuRu : December 16, 2008 10:02 AM

言葉に足らないところがありました。ちゃんと日本語にして頂いて有難うございます。まさにそういうことです。
’小さいから良い家’ひとつ手がかりが出来ました。

Posted by: kawa : June 27, 2005 01:03 PM

KAWAさんのコメントを引き継ぐのが、まずはサイトの管理者のなすべきことと書きはじめました。

 さて、建て売りのミニ開発だろうと建築家なるものが設計した狭小住宅であろうと、本質的にはにはたいした違いがない、でも「いい小さな家」というのはたしかにある。それを区別するのは何なんだろうというのが、建築家という立場に対する批判をも含めたKAWAさんの問題提起です。

 「・・・であればあるほどいい」あるいは「・・・であるほど悪い」という尺度はわかりやすいから、とかくぼくたちはもののごとの価値をあらわすのにそういう指標を使ってしまいがちです。そして、できるものなら価値を数量化してしまいたがる。しかし、そのおかげでその尺度に合わせるようにものがつくられるようになる。それが世の中をどんどんとつまらないものにしてゆく。イエもその例にもれず、大きいほどいいと考えるのが普通だから、小さいいえはほんとうはよくないけれど「小さいのにいい家」というのがあります。しかしそれでは、「大きいほうがいい」という価値をこえられない。「小さいからいい家」だと言えるものでありたい。では「小さいからいい」のは何だ。
 小さい家は大きさという点で不完全なので、イエの中だけでは世界を完結させることができない。だから、ヒトは自然にその外にまで自分の世界を広げてゆく。それは一見したところ正反対の2つの方向に向かう。ひとつは具体的な場所:屋外・隣の庭・みち・隣人・すれ違う人たちetc.というソトに向かって、もうひとつはひとりひとりのウチ側の向かって世界をひろげるのだ。そういう動きをヒトに促し、またヒトがイエに対してそういう働きかけをするのが「小さいからいい家」なのだと、ぼくは考えます。
そして、ウチ側の世界をつきつめていけばソトの世界につながり、ふたつの世界が、じつはひとつにつながり重なるといいなと、ぼくは思います。原子の構造をつきつめてゆくと宇宙のことがわかるように。・・・・・ちょっと抽象的ですが、つづきはまた。
 

Posted by: 玉井一匡 : June 25, 2005 09:53 AM

’建築家’の建てる狭小住宅と不動産屋の建てる建て売りと名前を呼び分けることで満足していていいのだろうか。
世の中で言う’狭小住宅’のうち大部分は、一軒がなくなると4〜5軒の建つ建て売りとなんら変わるところがない。
(SH60のような例外を他にもあったら教えて欲しい)
この本をめくることで豊かな気持ちになるのは何故だろうか。未だ上手く説明が出来ない。
この後の皆さんのお話に期待します。

Posted by: KAWA : June 22, 2005 04:55 PM
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