July 04, 2005

「ニッポンプロダクトの一つとして」の参加者のひとりとして

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  この50年間もの時間で生まれた日本のプロダクトデザインからわずか88を選んだ中にVolksHaus+Be-h@usが選ばれたときいたときに、ぼくはおめでとうというよりも選んだ人たちのセンスがいいなと思って、aki's STOCKTAKINGにそういうコメントを書いた。
 このことを記念するあつまり「ニッポンプロダクトのひとつとして」が7月2日にひらかれ、そこで選考者のお話があった。それをうかがいながら、ぼくが改めて感じていたのは、センスがいいなんていう言い方はちょっと軽すぎて失礼だったなということだった。完結した住宅というモノではなく、対象としてBe-h@usのコンセプトや時間の広がりをも含めて選ぶという視点をもって選考されたことに、あらためて敬意を表したいと思ったのだ。
 にもかかわらす、アルコールの苦手なぼくは、こういうパーティーの中ではちょっと消極的で、自由に移動して話をするということをつい忘れてしまう。直接に選考なさった方とお話ししなかったと、あとになって気づくしまつだ。

日本の建築とりわけ住宅の大部分では、ひとたび作られるとあとはひたすらそれ自体の経済価値を減らすカウンターが回転し始める。たとえばアメリカでは数十年も経った住宅が売買の対象にされることを思えば、次々に作られる住宅が社会的な資産として蓄積されない日本のありかたは、明らかに、何重にも間違っている。人間の生きることを容れる器のありようでなくイエを作るという行為とその経済活動が、なにより評価されるのだ。しかも、そういうありかたは資源を消費し廃棄物を大量に放出する。それに対して住宅産業は、100年住宅や品質保証というスローガンをかかげて、とにかく物理的に長持ちするものをつくろうとしているとしか見えない。丈夫だが気持ちよく住むことのできない住宅がふえるとすれば、むしろ事態は悪化する。
 これに対して、エネルギーを消費せず気持ちよい生活をする+明快なシステムで構造的な強度を保証したのがフォルクスハウスだった。そこに構造上の進化で物理的な価値を高めかつ固めると同時に、インターネットを活用したオープンソースによってイエの「つくりかた」についてはむしろやわらかく自由にという概念を加えたのがBe-h@usであり、このシステムをつかって「褌のように柔らかいイエ」を設計してつくってゆけば、日本のイエも日本のまちもきっとまっとうになってゆく・・・・・。そういうシステムだとぼくは考えている。
「だから、どんどんつくろう」という中島さん(アイランドプロファイル)の声が聞こえます。

投稿者 玉井一匡 : July 4, 2005 06:04 AM | トラックバック
コメント

日本の住宅が20年30年で建て替えられる原因が一世代ごとのわがままだとすれば、住み手の夢やそれを実現する設計者こそが家にとって最大の害虫にもなりかねません。
性能の高い強固な箱をゆるく使いまわすことが出来て始めて設計者に頼む甲斐があるというものです。
害虫にならないためのツールとしてBeには期待するところがあります。

Posted by: KAWA : July 5, 2005 12:56 PM

玉井さん、ご出席ありがとうございました。
お飲みにならないのに、あのような飲むのがメインというパーティ、申し訳ありません。まずは。

Posted by: AKi : July 5, 2005 09:51 AM
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