July 13, 2005

浴書3:フロンティア文庫

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東京駅に妹親子を見送りに行ったかえり道、OAZOの丸善丸の内本店に初めて寄った。風呂で読む本(フロンティア文庫)を買うためだ。ほかには、新宿の東急ハンズくらいしか置いていない。店員に尋ねると、すぐに連れて行ってくれた。すべて同じ大きさのリングファイルで製本してあるし、ページ数に関わりなく一律に税込み1050円という設定も割り切りがいいと感心する。塩ビの紙というよりは板というくらいしっかりした厚さだから、温泉の帳場に置いて客に貸しても傷みそうにない。末尾に「本書の表記について」というページがあって、そのさらに末尾につぎのような一文がある。「*このテキストは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)でつくられました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。」 やはり青空文庫を利用しているんだ。

 風呂場に置いて少しずつでも読めるには、詩集がいいと決めていた。小説のように止まらなくなるような本だったら、のぼせるか外に持っていってしまうだろう。萩原朔太郎の「月に吠える」を買うつもりだったが、立ち読みしていると、やはり一日の終わりに風呂の中で読みたいとは、思わなかった。迷った末に、かつて愛読した中原中也に落ち着いた。そういえば、中原中也は山口県の湯田温泉の出身だったんだぞ。 帰ると、さっそく風呂に入った。濡れることに何にも気をつかわないでいいという感じが不思議だ。
魚を水中めがねごしに見ると大きく見えるから、水の中で見たら老眼鏡がいらないかもしれないと事務所で思っていたのを、すっかり忘れていた。腰にタオルを巻いて探したが水中めがねは見つかったけれどシュノーケルがない。諦めていっぱいに息を吸い込んで浴槽の中に両手と本をひたす。半身浴どころか全身浴ができるんだと、つまらない感心をする。頭を水中に没すると、うーむ、やはり老眼鏡が要る。あたりまえだ。すべてのページの間に水が入ってしまったからすっかり開きにくくなって、全部タオルで拭くはめになった。
帰ってきた娘とひとしきり詩談義をしたあとに言われた。「フロンティア文庫って風呂だからなの?とうさんの世代なんだね、ハハハハ」  迂闊にも気づかなかったが、おい、もしかしたらフロンティアってのは風呂とボランティアをくっつけたのか。潜って本をよむやつはフロッグマン。次に出す本は精神分析入門かい、なんて、もうとまらない。

投稿者 玉井一匡 : July 13, 2005 02:10 AM | トラックバック
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