September 04, 2005

柳川堀割物語


「柳川堀割物語」/監督 高畠勲・製作 宮崎駿DVD
 もう20年近く前に、福岡県出身の友人に勧められたのを10年ほどしてやっと見た。それも、新宿のつたやで1本だけの古びたビデオを借りたのだった。以来、このビデオは買っておこうと思いながらそのままになっていたのだが、先日、クライアントとの打合せでこの映画の話をした。ぜひ見てほしいと思ったのでamazon.comでしらべたらちゃんとあるが在庫わずかだと書いてあったから絶版になるのかと心配してあわてて注文したのに、今ではそんなことはなにも書いていない。
 福岡県柳川市を縦横にめぐる掘割と、そこに生活するひとびとのドキュメンタリー映画で、一部に説明のためにアニメーションが使われている。DVD版の「映像特典」のひとつ「赤坂憲雄が聞く高畑勳と柳川掘割物語」を見ると、はじめはアニメーションとしてつくるつもりだったのが、実写のドキュメンタリーになったという。それを見て赤坂憲雄と中沢新一との対談「網野善彦を継ぐ」を思い出した。引っぱりだしてみると、表紙は日本海をはさんで逆さまになった日本列島が配置された地図だ。こんな表紙だったんだっけ、われながらほんとうに忘れっぽいやつだとあきれてしまった。

 現代社会の、川や海に対する重ね重ねのひどい仕打ちは、山の奥でも都市の中でもいたるところで目にする。それだけに柳川の堀割に対する市民の思いや、そこに注ぎ込まれてきた愛情と労力を知ると、いまぼくたちの生きているこの時に残された掘割に書き込まれたものの厚みと重さを実感する。この映画を勧めてくれた友人にとっては、堀割のたくみな機能や歴史が印象に残ったらしいが、ぼくにとっては、下水道係長・広松伝氏というたった一人の人間の情熱と行動力がいかにひとびとを動かしたかという物語として記憶されていた。見直してみると、じつは友人の視点に割り当てられた時間のほうがずっと多い。
 ひところ堀割がどぶ川と化していたので、一部を除いて暗渠の下水道にすることを決定し、国庫補助もきまっていた。にもかかわらず、堀割を残すべきだと広松氏が市長に進言すると、市長は6ヶ月の猶予を与え、その間に説得力のある資料をそろえることができれば提案を受け入れようと答える。その結果、補助金も返上し、多くの市民による参加の意欲と行動をひきおこして堀割を蘇生させる。さらに、それを維持する仕組みも生き返らせる。たった一人の人間が始めたことが、少しずつ人間を動かし、それが重なることによってどれほどの重要な結果を残すことができるかという、勇気づけられる物語だ。YanagawaSatelite.jpg
さらに、もっと本質的なことも描かれている。
 人間と水の接点として、堀割という仕掛けはもっとも密接で小さい。小さなものが集積することによって構築された微妙で巧妙なネットワークなのだ。近代の技術の多くは、規模をより大きくすることで効率の向上をはかってきた。下水を暗渠にして大規模な廃水処理場で処理した水を川や海に放流するというのも、そのひとつだ。しかし、じつは大規模にまとめるというシステムは、必ずしも効率がいいわけではないということがわかる。大型のコンピューターから端末の小さく能力の劣るコンピューターへと樹木の枝のようにつくられたシステムが、パーソナルコンピューターが互いに同じレベルでネットワークを構築するというシステムに移行したことが思い浮かぶ。
 かつての堀割は、道のように物流と人の移動をささえるものであり、雨水を逃がす排水路であり、農業用水路であり、さらに明け方の水のきれいなときには上水路でさえあった。じつは双方向のネットワーク、あるいはブロードバンドなのだ。

 宮崎駿と高畑勲は、このころ監督と製作を一作ごとに交代しながら映画をつくっていた。この映画は高畑監督+宮崎プロデューサーという体制でつくられた。たしか、ナウシカのあとという時期だが、決して興行的な成果は望めない種類のドキュメンタリーであるだけに、彼らのこころざすものが何であるかを直接に物語る。高畑によれば、この映画をつくったころの広松氏は、役場の中でむしろ浮いた存在になっていたという。行政に携わるひととして、これ以上ないほどの成果をあげた人が、そのような立場を余儀なくされるという精神風土にも、浚渫が必要だ。
このごろぼくは、なにかというと、Stay hungry. Stay foolish. ということばをよく思い浮かべる。この映画をみてもそうだった。Appleコンピューターのスティーブン・ジョブズがスタンフォードの卒業式に招かれたときに、Whole Earth Epilogから、引用したことばだ。「満足するな、目先のことにとらわれるな」なんていわれるとどうも説教くさいが、Stay hungry. Stay foolish. なんてジョブズが言うと、そうだなあと納得してしまう。

 ぼくは一度だけ柳川に行ったことがあるけれど、もうずいぶんと時が経っているが、その後の柳川がどうなっているのかについても気になって探した。

・第2回『にいがた堀割・堀端会議』シンポジウム「城下町柳川の堀割〜再生の意味を説く」 講演1 故 広松 伝氏
・熊本県立大学環境共生学部柳川の堀割「再生」について考える —フィールドワーク実施報告—

投稿者 玉井一匡 : September 4, 2005 10:19 AM | トラックバック
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