September 16, 2005

水辺の花

8月上旬の日曜日、暑さのさなかに葛飾区の水元公園を見に行った。江戸川沿いに残された三日月型の池を取り込んで、あまり人工的な加工を感じさせない、いい公園だ。金町が最寄りの駅だが、江戸川をはさんで松戸の真向かいの位置にある。立体的な変化には乏しいが、水辺にあるので、植生や平面的な表情がゆたかで、しかも空が広い。あらゆるものの境界は、空間であれ文化であれ知的領域であれ、かならずおもしろい楽しい気持ちいい。日当りがいいので、連れて行ったクーは毛皮をまとっているからすぐにへこたれた。
 その池の中に立つ丸太の杭の先端が腐敗しているところに、植物がしっかり根を下ろしている。構築物としては崩壊が進んでいるのに、生物の世界から見れば、死んだ樹木を微生物と植物が生命に変えているのだ。杭の繊維が水を吸い上げるから植物にとってはすこぶる具合がいいのだろう。赤いちいさな花の房が咲いているが、ぼくは名前を知らなかった。


その次の週末に新潟に行った。雨模様の日だったが夕方になって晴れてきたので、夕焼けの田んぼ道、自転車を走らせた。農業用水路をホタルが住めるようにするという計画を亀田郷土地改良区が進めているのを、気になっていたのにまだ見ていなかった。日が落ちる前に様子を見ようと新潟スタジアムの近く目指して急いだ。水路は、これまで機能優先で索漠たるものがつくられてきた。鉄板の矢板を垂直に叩き込んでその頭をコンクリートでつないで擁壁にしている。さらにそれが内側に倒れないように水平にパイプを付けて支える。水量の多いときには流れも速いから大人でも落っこちたら這い上がれない。魚も住まなくなったつまらない水路には、こどもたちも寄り付かずにファミコンやプレステに向かう。だから子供が落ちることも少ないだろうが、落ちたら助かるとは思えない。
 矢板はひどく錆びて、つつけばポロポロと剥がれるほどにいたんでいる。そこで、どうせ直すなら水路を自然の流れにすこしでも戻そうという計画なのだ。とはいえ、もともとは決して清水の流れるところではないのだからホタルが棲むようにするのは容易なことじゃあないだろう。というわけで、工事がどう進められているかを見に行ったのだった。
 「東京の公園と原地形」でいわれるような「谷戸」とはちがって、このあたりでは、周囲に葦の生い茂る湿地のことを「やち」という。「谷地」ではなくて「野地」と書くのかもしれない。「やち」だったあたりの一部には植えられた蓮や蒲が花をつけ、また一部は水際を石積みで固め斜面に花が満開だった。数台のユンボも置いてある。やあ、水際には水元公園で見たのと同じ花だ。
 写真をたよりにtacがBotanical Gardenを検索して見つけ出した。「ミソハギ」という。溝萩と書くのかと思ったら「禊萩」ーみそぎ萩ーと書き、湿地に咲くとある。水際に咲く花は、背景がいいことでずいぶん得をするし、それを見ている立場のぼくたちも、水辺の気持ちいいところにいるので、花を美しく感じるから二重に得をするわけだ。

投稿者 玉井一匡 : September 16, 2005 01:35 AM | トラックバック
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