October 31, 2005

杉本博司展 をまだ見ていないのに


このひと知ってる? すごいから行ってみて。きっと大好きになるよ、と娘がチラシをよこした。六本木ヒルズ森美術館の「杉本博司:時間の終わり」だった。おもての写真は、装飾的だが禁欲的な空間、客席に誰もいない奥行きの浅いステージ。モノクロの写真は、布の襞に縁取られた奥にある白い面が柔かな微小な光の粒を放ちあたりをひたしている。「言っちゃうとおもしろくないかもしれないけど」といいながら「映画館のうしろの方にカメラを置いて、一本の映画のはじめから終わりまでシャッターを開きっぱなしにして撮ったんだって」と言っちゃっている。
一枚の写真に映画一本分の映像と時間が残されている。シャッターを開け続けて動きを撮るのはよくあることだが、開き続けることで、これは逆に動きを消してしまい、時間を撮ったのだ。たしかに、なんと形容すればいいのかむずかしいが、とりあえず「すごい」としか思いつかない。

かつて、映画館には上映中の映画のシーンのモノクロの写真が張ってあるコーナーがかならずあった。それらはスチール写真と呼ばれていた。子供の頃の語彙にはスチールという言葉は盗塁か、さもなければ鉄しかなかったから、スチール写真の意味が判らなかった。それが、動く映像にたいするSTILL(静止)映像なんだと気づいたのは、ずーっと大人になってからのことだ。映画の世界では動く映像があたりまえだから、動かない写真にはSTILLとつけなければならない。動く映像と静止画の間には、越えがたい深い溝と距離があったのだ。とりわけ映画の世界では、ふたつの画像の間には、身分の違いのようなものがあったにちがいない。杉本博司は、あえて動く画像の世界に踏み込んで、映画の一本分を1枚のスティル写真に閉じ込めて帰還した。これは英雄的な行為だ。
 この写真のほかにも、チラシの裏にはひどいピンぼけのコルビュジェのサヴォア邸やライトのグゲンハイム美術館の写真がある。これには何が秘められているのか、実物を見るまで説明は読むまいと思った。 ところが先日の「アースダイビング大会」の帰り、masaさんとふたりで遠回りの大江戸線に乗ると、彼は杉本博司展が開かれていることを知らなかったにもかかわらず、いつのまにか杉本の話になった。じつは、masaさんのblogの写真についてエントリーして「かすかな弱い光のもとで見ると、ものが光を反射しているのではなくて物体が光を放っているように感じられる」と書いたとき、ぼくは杉本の写真を思い浮かべていたのだから、ぼくにとっては偶然ではなかった。写真の歴史上初めての天才と言われているんだと、masaさんは杉本の確信犯的ピンぼけ写真の方法を熱く話してくれた。限りない空間と未来を映したのだ。

 スティル写真はシャッタの開く一瞬を切り取るから、つねに現在を記録する。したがって、何を写そうともスティル写真は常にモダンであらざるをえなかった。だが、現在が一番・未来はもっといいという進歩を信じてきたモダニズムに、杉本はこの写真で反旗を翻したのだ。すぐには効果が表れないかもしれない、けれども時とともに少しずつダメージを及ぼし致命傷を与えるボディブローだ。

 ぼくたちの身体はだれでも、それどころがあらゆる生物はすべて、数十億年にわたってとぎれることなく伝えられてきたDNAの記述に基づいてつくられて、いまこの時間この場所にいる。数十億年をずーっと遡る途中でどこかの個体がひとつ欠けていても、ぼくたちはいまここにいない。ひとめ見ただけではわからない、時間の痕跡の集積である杉本の写真は、数十億年の間の数知れない命の結果としてここにあるぼくたちの身体と同じではないか。モダン=現在とは、一枚の膜のような時間が自立しているのではなくて、幾重にも過去の累積された層に支えられて、それが一番上にあらわれているにすぎない。
  ぼくが、杉本博司展を見る前に、彼の本を読まないうちに、杉本のことを書いてしまうことにしたのは、見ることと書くことの時間上の順序を入れ替えようと考えたからだ。

 森美術館の最初の企画は、たしか「モダンてなに?」を副題にしたM0MA展だったが、ぼくはそれを見なかった。見たくなかった。森ビルのような大規模な再開発は、計画に取りかかった時と完成する時の間に、経済や生活のスタイルなどの様々な環境がすっかりかわってしまう。計画にとりかかったころのモダンは、それが完成する頃には、かれらの物差しでは時代遅れという寸法を読み取る。その矛盾を克服しようという、あるいは正当化しようという試みのひとつが、「モダンてなに?」であり杉本の「時間の終わり」の開催だったのではないか。
しかし、一筋縄ではいかないぞ。すでにそこにあるものを読み取ることを知らず、すでにあるものを破壊することでつくられた現在には何の意味も価値もないと杉本の写真は言っている。それを確認すべく、まずは「時間の終わり」のために「M」に行き、そのあとで「苔のむすまで」を読むことにしよう。

■関連エントリー
「時間の終わり」 に片目を閉じて/MyPlace

投稿者 玉井一匡 : October 31, 2005 12:51 AM | トラックバック
コメント

masaさん
こまかいところは忘れてしまったけれど、「モモ」には思いかえすとアースダイビングに重なるところがたくさんある。そもそも、時間がテーマの物語なんだから、杉本博司にもとても深いかかわりがある。masaさんの写真の視点とも深いかかわりがある。もしもまだ読んでいないならちょうどいい、ぜひ読んで、新鮮な視点で意見をください。間違いなく、おもしろいから。

Posted by: 玉井一匡 : November 9, 2005 11:42 AM

>玉井さん
あれれ、僕は、エンデのモモを読んでいません。高校あたりから、まったく非常識なくらいに本を読んでいません。どうもいけません。会話についていくためにも(^^;さっそく読もうと思っています。

Posted by: masa : November 8, 2005 10:52 PM

チーム「Mの影」のように、ひとたび大きなものをつくる組織が出来上がってしまうと、とにかくそれを動かし続けなければならなくなってしまうのでしょう。道路公団にしろ、電源開発なんとかにしろ、そうやって日本のあちらこちらを荒らしてきたのですから、そういう意味ではアメリカに寄生しつつ動かしている軍需産業や石油産業と何も変わらないことになる。アースダイバーがモモになってガンバらねば。

Posted by: 玉井一匡 : November 8, 2005 06:51 PM

嫌ですね、「Mの影」は時間泥棒の灰色の男たちと共通しますね。その「Mの影」は横浜も侵食しようとしているそうです。横浜トリエンナーレ2005の記念シンポジウムでそのことが話題になったと、聴いてきた人が言っていた。

Posted by: iGa : November 8, 2005 04:55 PM

おおいにありそうですよ。「Mの影」っていうと、ミヒャエルエンデの「モモ」にでてくる灰色の男たちが思い浮かびます。やつらと戦うMOMOはMですけどね。

Posted by: 玉井一匡 : November 8, 2005 09:27 AM

玉井さん、こちらを掲示板にしてしまい、申し訳ありませんでした。下北沢ダイブにつきましては、AKiさんにご指示いただきながら、記録に徹して撮ってまいる所存です。
もしや、下北沢の再開発にも「M」の影がさしているのでしょうか?

Posted by: masa : November 8, 2005 03:12 AM

masaさん
下北なら、ビールはどこでも売ってますから、eosデジタルだけかついでいけば大丈夫ですよ。Akiさんが長く事務所を構えてたくらいなんだから。計画どおりに広場や道路拡幅が実現するとなくなっちゃうところなどを、記録してくださいね。なんて、ひとに頼っちゃあいけないけど。

Posted by: 玉井一匡 : November 7, 2005 10:55 PM

>AKiさん
では、カメラバッグに仕立てたクーラーボックスでも用意し、なかに冷えたビールを忍ばせて、お供いたします(^^;(^^;
下北沢ダイブって本当ですか! 再開発云々の波が押し寄せてきているようで、とても気になっていました。是非ともお願いいたします。

Posted by: masa : November 7, 2005 09:55 PM

それは、困りました。事前に飲んででからか、がまんして事後に飲むようにいたしましょう。
ところで、masa さん、一度、下北沢をご案内しましょう。

Posted by: AKi : November 7, 2005 06:31 PM

>AKiさん
ハッ (汗)、展望台のラウンジには、生ビールがなかったような気がします(^^; 事前チェックが甘く、たいへん申し訳ありませんm(__)m

Posted by: masa : November 7, 2005 02:15 PM

展望台付きとは、いかねばなりますまい。
「苔のむすまで」はもう読みかけておるのですが........。

Posted by: AKi : November 7, 2005 12:20 PM

書きたてホヤホヤのコメントをありがとうございます。ウームますます、見たくてしかたなくなりました。週末に行けなかったので、時間をやりくりして今週中に行ってこようとおもいます。展望台つきなら、今度は天気のいい日を選ばなければならないですね。先日、電話でAkiさんにうかがいましたが、「M」はあちらこちらの開発に首をつっこんでいるようですね。

Posted by: 玉井一匡 : November 7, 2005 12:20 AM

玉井さん、こんばんわ。山口から帰って、まずこちらにお邪魔しますと、このエントリーが目に飛び込んできました。たまらず、土曜日の午後、「M」の牙城に行ってきました。僕も、お嬢様と同じように「凄いからいらしてみてください。きっとお気に召します」と、コメントする以外にありません。
ところで、写真展のチケットで展望台にも入れますので、お得(^^;な感じがしました。

Posted by: masa : November 7, 2005 12:00 AM
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?