October 05, 2005

彼岸花1:両義的な偏屈


 自転車をとめて電柱に寄りかからせ、西武新宿線に沿って並ぶ彼岸花たちにカメラを向けた。ぼくはこいつらが大好きだ。第一線を退いた古い線路を地面に立て、スチールパイプを水平に通してつくった柵の足下、華やかに秋をたのしんでいる。秋分の日のころになると必ず花をつける律義者でもあるけれど、その数日前からするすると芽を伸ばしはじめるまでは、地上にいっさいの生命の兆候を見せない。ときに球根が集合となって盛り上がり地上に姿をあらわしてるが、ただそれだけだ。そのくせ冬のさなかには細くて長い葉を豊かに茂らせる偏屈ものでもある。最も日照の豊かな季節には葉をつけず、弱々しい冬の光に葉をつける好き好んでの非効率。
 こいつが顔を出すのは、田舎なら田んぼの道の脇、墓地の墓石のあいだ。そして、ここのように線路や道路沿い。ことごとく時間・空間・死生の、いずれも境界に花を開かせる。両義性を花群れにしたようなやつだ。それに加えて炎のような紅と線香花火の軌跡のように四方に散る花弁。これを劇的といわずしてなんと言おう。

田んぼの中を抜ける道の路肩は田と道の境、生産の地であり移動の地でもある。墓地はいうまでもない、死者と生者の棲む空間の接点。線路脇は道路でもない線路でもないところに、かつて線路だった鉄や枕木だった木材が立てられて線路でありながら柵でもあるゆるやかな境界をかたちづくる。
そして、開花する季節は夏と冬の中間。「暑さ寒さも彼岸まで」は、この時節が夏でもあり冬でもあると教えた。お彼岸には、三途の川の彼岸から懐かしい人たちが帰ってくるとき。生きる人と世を去った人たちとの共生のときなのだ。多くの植物が春に新芽や花をつけて生命の復活を思わせるのに、この季節に突然のように開く花。

 彼岸花は球根で増えてゆくが、何の手入れもせずに毎年花をつける。次々に隣に球根が増えてゆくとびっしりと固まって、中央は横にひろがることができないから上に盛り上がってくる。かつて凶作のときには、有毒な部分を取り去って球根を食べたという。それもまた生死の境を分けるという食べ物ではないか。しかも、毒を抜かなければ死への道を早めさえするから、二重に生死を分ける。ユリがうまいんだから、これも結構うまいのかもしれない。だとすれば、たくさんの彼岸花が咲く年は豊年のしあわせな秋だったわけだが、そのたびに昔の飢饉を思い出させるしるしでもあったろう。
■関連エントリー
彼岸花3:窮屈な成長

投稿者 玉井一匡 : October 5, 2005 03:06 AM | トラックバック
コメント

nOzさん
白い曼珠沙華があるんですか。
きのう、白いホトトギスを売っているのをみつけて、白があるのを知ったところでした。じつは、ぼくも、新潟のうちの墓のまわりにある彼岸花を切ってきて大きな手のついた桶に生けたのをエントリーしようと思っていました。

Posted by: 玉井一匡 : September 29, 2008 07:59 AM

きれいな白い曼珠沙華を見つけたので、庭に植えました。
いよいよな時は、masaさんに習って球根をすり潰してみたいと思います(^_^;)

Posted by: nOz : September 29, 2008 01:02 AM

このサイトは、メロディまであるんですね。この歌ならぼくも知っています。ぼくがうまれたのは長崎県田平、平戸の向かいの小さな町で、母方の祖父がそこの出身だったから、このうたは親しく耳にしていたのでしょう。
秋山さんの第一弾のコメントを読んで、私も、さっそく美空ひばりあたりなんじゃないかと見当をつけ、「曼珠沙華、美空ひばり」でgoogleをさがしたら、ありました。「恋の曼珠沙華」というのが、西条八十作詞 古賀政男作曲という豪華な顔ぶれで、第4回レコード大賞編曲賞なのでした。しかし昭和37年でした。秋山さんはもうヒゲが生えている年令ですね。
こうしてみると、曼珠沙華あるいは彼岸花はさまざまなストーリーが重なっていると、改めて感心します。花のクローズアッップは、いかにも「華」という字そのものだなと思われます。

Posted by: 玉井一匡 : October 6, 2005 07:16 PM

隣りのオバサンが歌っていた曲が分かりました。

「長崎物語」梅木三郎作詞・佐々木俊一作曲だそうです。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/nagasakimonogatari.html

Posted by: AKi : October 6, 2005 05:56 PM

やぁ、盛り上がってますね。

山口百恵の「曼珠沙華」の歌なんて何にも知りませんが、昔、僕が子供の頃、隣りのオバサンが「........マンジュゥシャァゲ........」と良く歌っていたのを思い出しました。昔(戦前かな)の歌謡曲にそんな曲があったんだろうと思います。

Posted by: AKi : October 6, 2005 02:57 PM

こういうところを見ても、われわれ日本人よりずっと熱い人たちなんですね。そういう仲の人たちがたくさんいただろうに、無理矢理連れてきて、従軍慰安婦にしたり、暗くて危険な鉱山の労働などをさせたりしたのだから、ひどい話です。そうやっておきながら差別してるんだからどうしようもない。
それを思えば、昨今の変わりようは奇跡のようです。それなのに靖国参拝で相手の神経を逆撫でして得意になっている連中にまけずに、これを大切に育てて根のあるものに定着させたいですね。

Posted by: 玉井一匡 : October 6, 2005 01:00 PM

玉井さん、「相思花」の由来、ロマンチックですね~。やはり韓流ドラマ(これについても全く知りませんが)が生まれる素地は、こんな所にもあるのでしょうか(^^;

fuRuさん、お久しぶりです。この群生をご覧になったのですね。同じ群生でも、感覚的に、ハスとどう違うのか、現地に立ってみたくなりました。

Posted by: masa : October 6, 2005 02:04 AM

masaさん、ありがとうございます。そうなのか、マンジューシャカが原語に近かったのですか。おみそれしました阿木耀子さん、ですね。彼岸花はいろいろなストーリーのある花で、もうひとつ別のサイトで知りましたが、韓国では相思花と言うのだそうですよ。花が終わってから葉が出てきて、葉がなくなってしばらくして花が咲くという、会うことのできない花と葉の二人が由来なのだと。

furuさん、やっぱり巾着田を見に行きたくなりました、ぼくも。次の週末はもう無理でしょうから、来年かな。

Posted by: 玉井一匡 : October 5, 2005 11:35 PM

巾着田は何年か前に行ったことがあります。
想像以上に彼岸花は群れをなしていて、そうとうにびっくりします。
あの独特の色味を持った赤いジュータンのようです。
ちょっと、めまいがしてくるようです。

Posted by: fuRu : October 5, 2005 09:28 PM

まさか玉井さんのブログで山口百恵の名前を目にするとは想像もしませんでした(^^; ちょっとgoogleしてみましたら、「曼珠沙華」という歌は、1979年に「美・サイレント」のB面として発売されているんですね。僕もどんな曲だか知りませんが、「マンジュシャゲ」は、サンスクリット語「マンジューシャカ」に由来するということで、この曲中では「マンジューシャカ」と歌われているようです。これは初めて知りました。
ところで、食べることにこだわるようですが(^^; 食するときは、「球根をすりつぶし水に晒して毒抜きをする」必要があるそうですから、やはり、片栗粉のようにして食べる以外にないようです。以上、以下のブログの受け売りです(^^; http://blog.so-net.ne.jp/albireo/2005-09-24

Posted by: masa : October 5, 2005 08:59 PM

 そう、ボスターのように木立の足もとに広がる一面の彼岸花も、とても魅力的ですね。サイトで見たら、巾着田はこの時期だけ有料で、けれどもそれが一日200円というのがこのましく思われます。
 そういえば山口百恵に「曼珠沙華」という歌がありましたね。彼女は、コスモスよりは彼岸花だと思いましたが、うたとしての音を優先させたのでしょうが「まんじゅしゃか」とよませたのが、聞くたびに気になってしまいました。
でも、どんなうただったっけ?

Posted by: 玉井一匡 : October 5, 2005 02:04 PM

そうですね。おしゃいますように、思わぬ所に突然ぽつりって感じがこの花なのでしょうか。でも、彼岸花の絨毯(^^;というのも、どんな感じなのか、興味があります。
球根を粉にするというのは、保存を考えてのことだと想像します。生の球根を食べる場合は、いったいどうするのでしょう。これまた興味津々です。

Posted by: masa : October 5, 2005 01:37 PM

 巾着田のポスターは西武新宿線でみていますが、まだ行ったことがないのです。なんだか、主役になってほしくない花のような気がするせいかなあ。
食べるというのは、球根の皮をむいてダシでさっと煮て薄口醤油をさっと加えるなんてことを考えてたけど、粉にするんですか。
ひだか巾着田の公式サイトをしらべました。
http://www.kinchakuda.com/index.htm

Posted by: 玉井一匡 : October 5, 2005 01:26 PM

玉井さん、こんにちわ。去年から、西武池袋線に乗る機会が増えているのですが、駅の柱などに「曼珠沙華を見に行こう」といったコピー付きのポスターが貼られているのが目につき、気になっていました。とうにご存じとは思いますが、高麗駅[飯能に近い]に近い巾着田という所に、彼岸花(曼珠沙華)が群生しているのだそうです。一度見てみたいな~と思っていました。最近話題の鳥・ハシビロコウではありませんが、彼岸花も、他の植物の成長サイクルの隙間をつくような、ひと癖あるサイクルで棲息しているのですね。感心します。
彼岸花の球根ですが、僕も、「戦後食料が無い頃に、片栗粉の代用のようにして食べた」という話を聞きました。え? と、やや眉唾だったのですが、本当の話だったのですね。ということで、肝腎の両義性には関連しませんが、トラックバックさせていただきました。

Posted by: masa : October 5, 2005 12:35 PM
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