October 16, 2005

夕日と北朝鮮レストラン

 明日はバンコク経由で帰国だが、午前中に「ラオス子供の家」に行ったあとで、どこか行きたいところがあるかと尋ねられ、きのう話題に出た、メコンに沈む夕日を見たいとお願いした。星の王子さまは夕日が好きで、小さな星にいたときには椅子の位置を移動させながら何度も夕日を見たのだったが、ぼくも夕日がすきだ。水辺では水面に反射する光と空の色が刻々と変化する。新潟では海に日が沈むので夕日に向かって泳いでゆくと太陽にとけた海に浮かぶ気分になるけれど、ヴィエンチャンではメコンがまちの西側を流れるから大河に日が沈んでゆく。波がないだけ、水面に反射する太陽が長く見える。遠くから見ると流れていないように見える水も、そばに行くと渦を巻きながら早く動いている。大きな水の固まりが、音も立てずに移動している。いつの日か、メコンをカヌーで下りたいと思っていたが、そう簡単なことじゃなさそうだ。かつてタイを目指して川に飛び込んで、命をなくした人たちがたくさんいたというのだ。
今の季節には太陽は水面でなく対岸のかなたにしずんでゆくが、この日は低い空に雲があったのであと一息というところで雲に隠れた。じゃあ腹ごしらえに、近頃できたばかりの北朝鮮レストランに冷麺でも食べに行ってみないかと提案があった。

北朝鮮が外国に窓を開き外貨もかせぐために、まずはカンボジアとラオスに北朝鮮レストランというのを作ったというのだ。一も二もない、もちろんすぐに賛成した。店に着いたが、道路にむかって20mほどの間口が全面ガラス張りの店に、まだひとりも客がいない。ラオスと北朝鮮の旗が並べて描いてある看板には、ラオス・北朝鮮青年友好の家と書いてあるそうだが、英語ではKOREAN RESTAURANTとある。清潔感に満ちた店内の窓際に鉢植えのヤシが並び、タイトスカートにピンクのブラウスという制服の若いお嬢さんたちがやや硬い表情で奥の壁際に立っている。と思ったが、もしかすると堅いのはぼくたちのほうだったかもしれない。全面ガラスのファサードといい、なるほど「北朝鮮の窓」という風情だ。日が沈んですぐに移動、5分ほどで着くので、まだ6時にもならないからでもあるが、100席を越える店内に客は一組も一人もいない。なんだろうこれはと、わずかに緊張するのがうれしい。大きな写真入りのメニューには、冷麺が6ドル。普通の店なら麺が1ドル前後、空港の3階にできた食べ放題のレストランはビール飲み放題で5ドル弱なのだから、すこぶる高い価格設定をしている。だれを客に想定しているのだろう。

 ひと月前から始めたという韓国朝鮮語で、大胆にもメニューを見ながら吉川さんが注文する。学生時代から難民キャンプに行っていた人の行動力というものであろう、臆することがない。6人ほどいる若いお嬢さんたちは、雑談などはせずにきちんと立っている。容姿端麗にして賢こそうだ。「コーヒーのほうです」なんて馬鹿なことを言いそうにない。ビアラオの瓶を持ってきてくれたので、グラスを持とうとすると、テーブルに置いてというしぐさ。グラスのへりに瓶の先をすこし引っ掛けてグラスをかたむけ、ビールを注いだ。

 店の奥には、壁のむこうに折り返しの階段が4つもある。「2階は何をするんだろう?」なんていうことを話題に食べていたが、料理はうまい。国家の威信にかけて腕のいい料理人を連れてきたにちがいない。一同は、4つの階段の疑問が気になって仕方ない。しかし、これはあきらかに4軒のテナントのために作られた2階建てのビルなのだ。その戸境の壁を取り払ってひとつにしたから、ひとスパンごとに奥に階段がある。ぼくがそう説明しても、疑惑は払拭されないらしい。
そのうち、韓国人とおぼしき6人ほどの一行が来ると店の一部では言葉の障壁が取り払われたので、空気がにわかに和らいだ。この一行はフルコースを予約していたらしい。朝鮮人参酒や各種の料理が、すぐに運ばれた。

 一方の端にドラムセットとヤマハのキーボードと大型のディスプレーが並んでいる。あれで何をやるんだろうというのが、第二の疑問だった。八木沢さんは、踊りや歌は何時からやるのかと、英語でたずねると、あなたが歌いたいのかと聞かれているようだ。そうじゃないんだとあわてて手を振ったりしながらなんとか聞き出したところ、どうも8時かららしいという。 8時少し前になると、初めて男が登場してアンプをいじりだした。やがて、カラオケが鳴りはじめ、ウェイトレスだったお嬢さんたちのひとりがマイクを片手にして登場した。八代亜紀のような伸びのある美しい声。そうやって、次々にすべてのお嬢さんたちが歌い続けたが、いずれも甲乙つけがたい。韓国チームは、マイクを持っていっしょに歌う。やはり彼女たちはただ者ではなかった。美声美貌、しかし国営放送のアナウンサーのように怖いわけじゃないが毅然たる態度。一本気なサッカーチームの代表選手たちや「半島を出よ」の美しいエリート将校たちを思いだした。ベサメムーチョをうたうときは、思いなしかうれしそうで、若い娘らしさが見えた。ほかにはアリランしかぼくの知っている歌はないのに、知らない歌でも飽きさせることのないだけの力を持っていた。

 外に出ると、韓国人とおぼしき一行の車があった。同じ数字が四つ並ぶ大型のベンツと黒塗りのプレジデントだろうか、これもすこぶる切りのいいナンバーで、運転手が二人で立ち話をしていた。客もただものではないらしい。なにはともあれ、こうやって直接に接することで北朝鮮にたいする印象はおおいに変化した。図書館には小さいホールもつくるので、そこにこの人たちを呼んで演奏してもらったらどうですかと、川村さんをそそのかした。国家同士はともあれ、生身の人間がじかに接触するのは、とにかくいいことにちがいない。

投稿者 玉井一匡 : October 16, 2005 02:49 AM | トラックバック
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