December 10, 2005

かわいい家並み:小さな影

 
 妙正寺川に来る鴨の数が毎年少しずつ増えている。毎朝のように餌をやる人がいるおかげなのだろう。石積みの壁をこわして、代わりに石垣模様の仮枠で打ち込まれたコンクリートの擁壁とコンクリートの川底になったのをぼくは嘆いていたが、苔が生えて古びてきたし擁壁と川底の接線に草が生えてきたおかげで、ぼくの目もすこし慣らされた。そこに朝日を受けた家並みの連なる影が擁壁に落ち水面には快晴の空が映っている風景は、ちょっとみるとかわいい町並みのようだ。
 ほんとうはほぼ同じ間取りなのに表面を少し変えただけの家をならべた、いわゆるミニ開発で、けっしてほめられた家並みではないのだが投影という変換をほどこすとなかなかかわいい町並みになる。ニセモノの石垣も、時間の経過とたくましい植物の発生という変換によってパターンの繰り返しがすこし気にならなくなったし、テカテカのアルミの手摺さえ鳥の糞がついてちょっとましになった。

だからといってお手軽なミニ開発やニセモノの石垣をいいとは言いたくないが、すくなくとも巨大な塔の職住接近とくらべればよほど罪がない。わずかな変換がなされただけでちょっといい風景になるのだから始めにもう少しよく手を加えればよくなるだろうし、これから手を加えることだって木造だからやりやすい。
 犬をつれて朝の散歩をすれば、花に水をやりながらご主人を見送る奥さんや、おぼつかない足取りでリハビリの散歩に行くお年寄りと挨拶をかわすことがこのあたりで多いのも、むしろ小さないえだから外に出やすいせいだ。そうしてすこしでも仲良くなると、家にもいいところをさがしたくなるのもたしかだ。
 大規模な開発や巨大な塔のなかの生活が仮りに気持ちのいいものだとしても、それは周辺の犠牲、あるいは、地形、歴史、思いで、地域社会の破壊という、後戻りのできないたくさんの消費と引き換えにもたらされたものだ。ためしに近くに同じような塔ができれば、すぐに失われる気持ちよさであることを思えば、それは「都市のチカラ」というよりは都市のチカラずくで手にしたというものではないか。

投稿者 玉井一匡 : December 10, 2005 10:27 AM | トラックバック
コメント

玉井さん。「最も大きなチカラづく」=アメリカ。いまあちこちに浸透している市場原理のシステムとは、アメリカ源流のものですからね。このシステムは、先住民の方たちの扱いの歴史をみていても、そこに育まれてきたものの痕跡を残しません。すべて自己のシステムに飲み込んでしまいます。/中国のばあい、土地は国有で、私的所有権が存在しません。公共事業等によっても、簡単に土地をとりあげられてしまうようです。昨年は、農地をとりあげられた農民の暴動がありました。今秋、中国に出張しましたが、あの再開発のスピードは、信じられないものがあります。こちらも、貧富の差がますます拡大し、「お金」がないと暮らせない社会になりつつあります。/「私」の欲望をもとに肥大するアメリカ流のシステム、圧倒的な「国家」(政府、地方政府)の欲望が時に暴力的にまでに噴出する中国流のシステム(市場化する前にも、天安門事件とか文化大革命とか、いろいろありました)。ともに貨幣価値を唯一の尺度とする市場原理のシステムが、背景に露骨に見えてきます。/「私」と「国家」のどちらでもない、「他者」そして「他者」としての歴史に配慮したシステムはどのうよに可能なのでしょうね(歴史に配慮するって、過去の人びと=「他者」に配慮することだと考えています)。

Posted by: wakkyken : December 12, 2005 08:00 AM

wakkykkenさん、チカラづくのことを考えていると、もうひとつのチカラづくが思い出されます。というよりは他にいくつもあるうちの「最も大きなチカラづく」なのでしょうが、たとえば国家としてのアメリカ合衆国の振舞いです。こんなに複雑で精緻な自然と歴史によっていでき上がったシステムを、大きなひとつの物差しで測り、それにあわせて世界を作ってしまおうとすれば、小さな原因によってはかりしれない混乱や破滅が生じるときがくるにちがいありません。
 昨夜、新シルクロードをみていて呆れました。モリとアメリカをいっしょにしたような大盛りの力づくでした。西安の市場をこわして、そこをあらたにデジタルシルクロードなるものの中心施設に作り替えるというので、現在の住民をあつめて説明会をするという。へえ、中国でもそんなことをするのかと思ったら、その20日後にもう取り壊しを始めると言い出した。「失業ですよ」とあきらめ顔でインタビューに答える住民は10日後にはぼつぼつ移住を始めているのでした。おい、アメリカだって、さすがに自分の国の中にむかってはこうまではやらないぞ。人民共和国って何だ、いや、民主主義人民共和国っていうのもあったな。

Posted by: 玉井一匡 : December 12, 2005 05:23 AM

それは「都市のチカラ」というよりは都市のチカラずくで手にしたというものではないか。>玉井さん。お書きになった「チカラづく」、本当にいやなものですよね。他者を排除し、他者への配慮を欠き、ひたすら自己の欲望の肥大化を肯定する・・・、じつに気味の悪いものですね。そこでは、他者は存在するにしても、自己にとって都合のよい資源でしかありません。現在、地球上を覆いつくそうしている、ネットワーク化された市場原理のシステムが、さらに肥大化していくためには、このような欲望をさらに必要としているのでしょう。自分勝手な想像ですが、そのようなシステムに取り込まれないために、対抗していくために、他者への配慮、他者への贈与の精神を(ここでいう他者とは、過去や未来の人びとも含みます)、どのように現代社会のなかに埋め戻すのかという課題は、玉井さんの「My Place」の思想や、「ブログの力」、ひいては『アースダイバー』の根底にある思想ともつながってくるのではないかと考えています。

Posted by: wakkyken : December 11, 2005 01:47 PM
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