February 01, 2006

第3回アースダイビング大会

 第3回目のアースダイビング大会の翌日、自分も住人のひとりである集合住宅の管理組合総会を終えたあと新潟に行き月曜日の夜に帰京しました。と、エントリーの遅くなったことの弁解から始めなければならないのがなさけない。
 みなさんの充実のエントリーにコメントを書きたいがその前に自分のブロを書かなくっちゃとiBookにデジカメのデータを移して写真を見た。写真から、この道中で好ましく感じたものが分かるのは当たり前だが、それと同時に見たくなかったものもよくわかる。写真はどれも風景とまちの小さな部分や、さもなければ小さなモノちいさな建築たちだった。
 大地の下、あるいは現在の時の下に潜んでいるものは、地表がいづらくなったものたち追いやられたものたちなのだから、その痕跡が小さなものであるのは当然のことなのだろう。

  明治神宮の御苑では、枝をすべて失った赤松に藤とおぼしき蔓植物が巻き付いているところがあった。ここは空洞になった幹の一部にモルタルを詰めた樹木医の仕事かと、ひとまわり見て回ったが、近寄って目を凝らすと樹皮も地表にあらわれた根もすべてモルタルだ。と思いながら見ても半信半疑というくらいよくできている。巻きついた藤をまもるために、枯れかけた松の幹をモルタルでくるんでコテで樹皮をつくったのだろうと見当をつけた。リアカーにFRPのボートをのせた庭師の二人連れに出会ったので聞いてみると、金網にモルタルを塗って赤松の幹を作ったのだと、やや得意げに説明してくれた。一本の藤と風景をまもるために費やされた労力と技と愛情を思った。
 菖蒲池は、周囲にきれいに溝を巡らせて池の水位と湿り気をほどよく調節する仕掛けがほどこされているし、菖蒲の一株ごとに新種を作った人の思いを込めた名を板に墨書して立ててある。茅葺のあずまやの屋根には細く目立たない針金を張って、鳥たちに茅を抜かれないようにしているようだった。
 夕方にたどりついて開館時間がわずかしか残されていなかったので、一同が1000円の入館料を惜しんだ根津美術館には、藁縄を結んで形づくった梅の花が咲いていた。植物をまもる冬支度かと、茎にあたるところを指先でさぐると芯は割竹だった。花の少ない冬の庭に添えるいろどりとして庭師のあそびなのだろう。それとも、春になるとここに何かの花が顔を出すよというしるしなんだろうか。そのまわりだけ地表があらわれている雪がうつくしい。
 そんなふうにして丁寧にまもられる都心の池を水源として、水はゆるやかに谷を流れているはずだが、ひとたび明治神宮、根津美術館を出ると、コンクリートとアスファルトに閉じ込められる。ひとびとは自然を神としてうやまい、神社の水は詣でるひとびとを清めるものであったはずだが、たちまち暗渠の排水管に身を堕とす。
 そういうまちの窮屈さをむしろ楽しんでいる小さな黒い家が西麻布にあった。前後を細い道に面し裏の道は2mほど低い。表からは平屋だが裏からは2階建てで下をガレージにして、半透明のプラスティクの引き戸を透かして黄色いポルシェ356(秋山さんによればレプリカ)が見えた。

 菖蒲池について知りたくて明治神宮のサイトを開いてみると、ここには菖蒲はおろか御苑そのものについてさえ何の記述もない。森や地形や菖蒲を見る目的では明治神宮に来ないでほしいと言いたげに「明治天皇さまの御治世」や「教育勅語」あるいは「武道場 至誠館」などが書かれているばかりだ。だとすれば、菖蒲が植えられたのは美しさを愛でるためではなく、「尚武」のためなのだろう。
 今回の行程とその周辺の高台には、明治神宮、東郷神社乃木神社、旧防衛庁がある。明治天皇、東郷平八郎、乃木希典は、いずれも多くの日本人に敬愛された英雄だったことに乗じて、時の政府は日本の伝統を捨てて自然を神とするのではなく神話の神々よりもこの英雄たちを神に祀り上げた。松っつあんこと吉松さんは大社の宮司の子息だから神道に通じておられるが、英雄を神様にした神社は異例なのだと言われる。神社には、菅原道真や平将門のように無念のうちに世を去った人物が、その祟りを鎮めるべく祀られるものであったはずだ。
高い規律を持って戦ったといわれる日露戦争の英雄を神にして利用しようとしたことは、かえってそれ以後の日本の軍部の堕落を招いたのだろう。そのことと、自然の根源としてぼくたちの祖先たちが大切にしてきた水をただ消費し穢すようになったこととは表裏をなしているように思われてならない。

かつて226事件の本拠となり、その後生産技術研究所となった土地には、黒川紀章の設計で美術館がガラスブロックのかたまりをつくっているのは、もちろんデジカメに残っていない。
三島由紀夫
の自刃した市ヶ谷に居を移した防衛庁が売り払った土地には、東京ミッドタウンなる巨大な建物群が作られている。赤坂の桧町公園を囲む谷地を含めた開発は、六本木ヒルズのように周囲の地形と周囲のまちをいためつけているのが、目にするさえ不愉快だ。かつての日本軍が進めた大鑑巨砲主義のあとをたどるようにひたすら規模の大きさを誇り、ワールドトレードセンターに取って代わろうとでもいうのか、とてもカメラを取り出す気にもならない。三島が知ったら、おれは何のために死んだのかと嘆くだろう。
疲労と空腹を抱えながらそろそろ最終地点というところで、数十年ぶりに赤いBMWイセッタをみつけて、さいごに口直し。「イタリア式離婚協奏曲」でマルチェロ・マストロヤンニが乗っているのをうらやましく見たが、amazon.comで検索しても、もう出てこない。
東京のまちは、時とともにますます悪くなってゆくところが多くてつらい。それだけに、地表を潜れば、捨てられたものの中におもしろいこと魅力的なものがみつかる。
地下水脈をたどったわれら一隊は、地階にある玄挽蕎麦 赤坂「ながら」でこの日の最深地点に達し、いい水を欠かせぬ蕎麦をすすり、下戸ならぬ人々は杯を酌み交わし、めでたくダイビングを終えて帰還したのだった。

投稿者 玉井一匡 : February 1, 2006 04:30 PM | トラックバック
コメント

ひえ~ ごめんなさ~い。 殺虫剤だけはこ勘弁を ・ ・ ・ 

Posted by: ルーチョンキ : February 3, 2006 09:11 PM

おいきみ、あまりふざけすぎると殺虫剤かけられちゃうぞ。

Posted by: 玉井一匡 : February 3, 2006 12:19 PM

♪ ア~スの ちっからあ~ ♪ という主題歌は マグマ大使。 

Posted by: いのうえ : February 2, 2006 09:50 PM

そういえば
国立に「アース・ダイナー」というレストランがあります。

Posted by: fuRu : February 2, 2006 07:10 PM

在京生一同手ぐすね引いて待っておりますです。>Akiさん。ああ~、番長が怖いよ~・・・。

Posted by: わきた・けんいち : February 2, 2006 03:46 PM

転校生のわきた君、父上のお仕事上の事とはいえ、その転校率はすごいですね。
在校生一同じゃなかった、在京生一同手ぐすね引いて待っておりますです。

Posted by: AKi : February 2, 2006 03:40 PM

玉井さん、転校生のわきたで~す。私、本当に転校生だったんですね~。幼稚園2つ、小学校3つ、高校は2つ、まあ、こんな感じの転校生人生です。中沢くんの作文は、本当にそうですよね~。「あいつらに見つかるとこれが急に高くなっちゃうな」の部分、重要だ。で、さきほどの「アースダイ『ビ』ング クフ」ではなくて、「アースダイ『ニ』ング クフ」の間違いでした。オチがオチでなくなってしまっていました(^^;)。

Posted by: わきた・けんいち : February 2, 2006 12:48 PM

「いや、こいつはどうみても一年坊主じゃねえぞ。転校生だからわからないけど。」といううわさが、悪ガキの間にながれています。
もうひとつ、こんな話も聞きました。・・・中沢君が「アースダイビング」って作文を書いたのは、悪ガキたちに薄暗い遊び場や古くておもしろいおもちゃを掘り出してくれば、おとなたちもそれが素敵なことだってのに気づくだろうと考えたかららしい。なにしろ近頃の大人たちは、でかくて新しくて高いものならなんだっていいと思ってるやつが多いからね。だけど、あいつらに見つかるとこれが急に高くなっちゃうな・・・・・と。

Posted by: 玉井一匡 : February 2, 2006 12:04 PM

皆さん、どうもです(←東京アースダイバー式)。お家の事情で遠足にいけなかったかわいそうな1年坊主の僕のために、いろいろ気遣ってくれる近所の6年生のお兄ちゃんたち、ありがとう・・・、私の気持ちはそんな感じです~。ご提案、どうもありがとうございます。素直にお言葉甘えまして、「参謀会議アースダイニング@東京」、楽しみにして参加させていただきたいと思います。いろいろゴタゴタありまして、1ヶ月程先になると思いますが、どうかよろしくお願いいたします。最近、みなさんとのブログを通してのお付き合いのなかで、自分のこれまでの仕事をベースにはしながらも、自分の仕事の範疇を超えて文字をタイプして、いろいろ考えるようになりました。「アースダイビング」って企画のもっているポテンシャルはすごいものがありますね。本当に感謝です。ちなみに、「アースダイビング」をgoogleで検索すると、iGaさん、Akiさん、玉井さん、GG-1さん、masaさん、拙ブログ、fuRuさん、栗田さん、谷中M類栖さん、いのうえさん、秋谷日記さん、aneppeさん・・・、ってなかんじでズラズラ~とならんでしまいます。思うに、本としての『アースダイバー』は話題にされても、それを実際に仲間と実践してしまう方たちはあまりいらっしゃらないのかなという気がしています(googleだけの情報では判断できませんし、1人でコツコツタイプも・・・)。拙ブログでも書きましたが、『アースダイバー』のメタメッセージっていうのは、「実際にアースダイビングしてみようよ、日本列島のもっている野生の力を賦活させて、この社会を生まれかわらせようよ」というものだと思います。そんなことで、東京アースダイバーズの皆さんとお知り合いになれて、こういう実践活動に入れていただき、本当にありがたいと考えています。ところで、まさかなと思いながらも「アースダイニング」というのもgoogleで調べてみたら、「たまプラ東急」5Fに「アースダイビング クフ」というお店がありました(^^;)。

Posted by: わきた・けんいち : February 2, 2006 11:21 AM

アースダイニングと名付けましょうか。

Posted by: 玉井一匡 : February 2, 2006 09:56 AM

>って、アルコールの効いたミーティングだってりしてね(^^;;;。
よ、よだれが、、、(・・;)

Posted by: iGa : February 2, 2006 08:46 AM

わきたさん、AKiさん   なんだか、夕飯を食べた後にすぐに翌日の夕食を考えてよだれを流しているようですが、すぐさまつぎのダイビングが楽しみになってきました。つぎに脇田さんが東京にいらっしゃるときが作戦会議ですね。

Posted by: 玉井一匡 : February 2, 2006 08:28 AM

わきたさん、大丈夫、強力な参謀本部を設置しますって。
まずは、その為のミーティングですね。

Posted by: AKi : February 2, 2006 07:01 AM

Akiさん。リーダーっていわれても、こうやってパソコンw@タイプしてコメントするばっかりで、東京のことはよくわかっていないんですよ~(大阪ならば!、なんですが)。強力な参謀本部を設置してくださるのであれば、優秀な参謀の皆さんとご相談しながらであれば、いろいろアイデアも出てくるかもしれません。そうだ、そうだ、東京でミーティングをしましょう。って、アルコールの効いたミーティングだってりしてね(^^;;;。

Posted by: わきた・けんいち : February 2, 2006 03:42 AM

ではリンク頂いて参ります
今後とも宜しく御願い致します

最初枯れた木の表面にモルタルを塗ったのかとの質問にいや、全部モルタルだ との答えに 芯が入っているのかと重ねて聞いた所 芯は無い中まで全部モルタルだ との答えでした
どう考えても芯の役割を果たす物はありますよね
下の盛り上がった根っこの部分までモルタルでしたので、実は枯れた木の表面に塗ったのではないかと睨んでいるのですが・・・
それともカーボンナノチューブの繊維を使った驚異的強度を誇る網を使ったとか(笑)
なんにせよ全部がモルタルの創作ならば、作った人は鏝絵の達人でしょうね

Posted by: GG-1 : February 2, 2006 02:33 AM

玉井さんのアイディア、「......いっそのこと、わきたさんをリーダーにしたダイビングを、東京でこころみるのもおもしろそうだなあ。.......」ってのは面白そうですね。それなら、わきたさんは絶対に参加できる(当たり前です)わけだから。
わきたさんさえ、よろしければ、それを実行したいと思います。

Posted by: AKi : February 2, 2006 02:06 AM

 GG-1さん  それはこういうことだと思います。 中に鉄骨などの構造体が入れてあるのですかということをぼくがかれらにたずねたのに対して、「芯は入っていない、金網にモルタルを塗ったもので、中までモルタル」だと答えたのでした。金網というのは、モルタルを食いつきやすくひび割れしにくくするように、壁などのモルタル塗りの下地に使われるのです。しかし、それは構造体ではなくて、表面に塗るモルタルが落ちにくく、ひびが入りにくくするものです。昔から、細い板をすき間をあけて張ったり(木摺)、竹を縦横に格子のように編んで(木舞)、その上に土塗り壁を塗りました。それと同じやり方です。
 でも、7〜8mはゆうにありそうな松の木を、芯もなしで自立させることは怖くて、とてもできないでしょう。ヒューザー姉歯マンションよりもはるかに壊れやすい。きっと何かの構造体が中にあるだろうと、実は、思っています。
 ところで、リンクはどうぞ、というよりも、ありがとうございます。

Posted by: 玉井一匡 : February 2, 2006 01:39 AM

玉井さん、『「里」という思想』(内山節さん)の書評、期待しています!!

Posted by: わきた・けんいち : February 2, 2006 12:48 AM

ありゃ、自分が聞いた話と何故か違う
鉄骨か何かを芯としているのだろうと思っていたのだが、同一人物と思われる2人の答えは「中まで全部モルタルが詰まっている」としか言ってくれませんでした。
私の勘違いかなあ
仰るように、昔の日本では怨霊を恐れるが為に祭る事はあっても英雄が祭られる事は殆んど無かった筈ですよね。
聖徳太子や大和健もそうでしょう
崇徳院を移動させてから明治天皇が即位したように。明治初期までは怨霊思想が残っていた筈
私も英雄などを現人神化した時点で日本がおかしくなって行った様な気がします

ところで
リンク頂いて行っても宜しいでしょうか

Posted by: GG-1 : February 1, 2006 09:25 PM

 わきたさん、いらっしゃれなくて残念でした。ぜひとも、日本の古代文化を身近にしてこられたかたに参加していただきたいし、なによりお会いしたいです。いっそのこと、わきたさんをリーダーにしたダイビングを、東京でこころみるのもおもしろそうだなあ。脇田さんのスケジュールに合わせてやればいいでしょう。対象をよく知っているよりも、かえって知らない方が新鮮で本質的な視点をもつことができる、要は、知識ではなく正しい知的好奇心が重要なのだというのがぼくの持論です。内山さんの『「里」という思想』は、おもしろかった。意気投合という感じで、かえって書きにくいけれど、近いうちにエントリーします。

Posted by: 玉井一匡 : February 1, 2006 07:33 PM

玉井さん、こんにちは。仕事のため、東京にいけず、「第3回」に参加できませんでした。玉井さんにお会いできずに残念でした。ブログのほう、なかなか登場されないので、事情を知らない私はたいそう心配しておりました(^^;。本日のエントリーを拝見して何故かホッとしています。
さて、いつもの玉井さんのエントリーもそうですが、本日お書きになったものは、なにか格別の美しさを感じました。ちょっぴり、悲しみがまじっている美しさです。明治神宮のこと。玉井さんのおっしゃる「敵の武器をもらって自分のものにして、結局は勝利をおさめるというのはゲリラの基本」式の戦術ではないですが、今回の「第3回アースダイビング」に参加した皆さんのブログ、特に「谷戸」へ注目した記述からは、近代国民国家という制度や近代天皇制により「御苑」となったその表皮のむこうに、縄文以来の長い歴史とともにあった、この土地の本来の「場所性」のようなものをしっかり認識されているように思いました。ここから、中沢さんの想像した天皇の宣言、すなわち「わたしたちの日本文明は、キノコのように粘菌のように、グローバル文明のつくりだすものを分解し、自然に戻してゆくことをめざしている、多少風変わりな文明です。そしてわたしはそういう国民の意思の象徴なのです」まで、あとはどのような果てしなく続く継続的戦術が必要なのか・・・。こんどお会いしたときにでも。「第4回」は絶対に参加するぞ!!

Posted by: わきた・けんいち : February 1, 2006 06:32 PM
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