February 14, 2006

春の兆し

 
今日は新潟でも10℃になるから雪崩に気をつけてと天気予報が伝えていたとおり、自転車で神田川沿いを走る出勤途中の川向こう、江戸川公園に紅白の梅が開いていた。背後には椿山荘に続く高台があって、手前の神田川とのあいだの細長い平地に公園がつくられている。googleマップでみれば、上にあるのは目白台アパートメントである。

だから、対岸から見ればここでは小さな山を感じられる。「さくら切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」といわれるように、神田川沿いの両岸には桜の並木が川を覆うほど存分にのびのびと枝を伸ばして、コンクリート3面張りのどぶ川もどきを忘れさせる季節がやがて来る。
紅白の梅がその先触れをしてくれるだけで、やがてあたりをつつみこむ桜さえ感じさせてくれるのだ。手前の枝に桜が花をかざれば、もう梅は見えなくなるが、よくしたもので、その時にはもう梅は花を終えている。
実を言えば、ぼくは雛祭りがすきだ。なにしろ、うちのお雛さまは去年から飾ってある。

投稿者 玉井一匡 : February 14, 2006 11:40 AM | トラックバック
コメント

絶食のこと、ご自分でよ~く研究なさってから試みてくださいね!!人によって体調や体力が違いますから。
でも、本格的な断食道場ではなくて、ちょっと胃腸が疲れているなと思ったとき、食事をぬいて調子を整え、そのあとに、よい食材で胃腸に優しいものをいただくわけですね。すると、ああ美味しいな~と思うわけですね。滋味が体に染みとおっていく感じがしますよ。そういえば、玉井さんは、お酒はお飲みになりませんよね。masaさんと一緒ですね。すると、「食」一辺倒ということになるのでしょうか(^^;)。
ところで、最近は「地産地消」というよく人口に膾炙しています。地域のフードシステムを再構築しようという活動がおこなわれています。そのなかで、「食育」ということが重視されるようになってきました。「食」に敏感な子どもを育てるのは、大人や地域社会の責任ですからね。私などが子どもの時代は、どんどんフードシステムが破壊されている時代でした。ただし、家庭でまだふんばっていたところがあったな。親たちのなかに、あたりまえのように「食育」を受けてきた人たちがいましたからね。その後の時代なんですね、問題なのは。

Posted by: わきた・けんいち : February 16, 2006 12:10 PM

 寝床にはいってトリノの様子を横目で見ながらiBookをたたいていたら、眠っちゃいました。うーむ、朝から水だけだと夕食には大食いしたいのに、それを一汁一菜でおさえられるとしたら、それだけでもたいした力ですね。ぼくは、朝飯をうまいと思って食べられるかどうかを健康の指標にしているのですが・・・
しかし、想像の上ではよくわかる気がします。日本の食料事情の量的な豊かさは、かえって食べる喜びを損なっているかもしれませんね。うまいものを探すより、うまく食う方法を考える、というところは、いまでも実行しているつもりでした。それにはうまく料理するだけでなく、うまさを感じる力を磨くということがもうひとつあるのですね。いずれまた詳しくご指南をよろしく。

Posted by: 玉井一匡 : February 16, 2006 11:49 AM

玉井さん。そろそろ眠らなくちゃいけませんね。その~、比叡山では修行をしたことはありません。たとえば、『遠野物語』なんてのは、その化かされる能力があふれているような皆さんが住んでいる典型的なところのお話しですから。あれは、明治時代の遠野地方の、今からいえばスキャンダルみたいなお話しです。そういえば、映画で『シックス・センス』というのがありましたね~。ところで断食ですが、水分だけはきちんととる必要がありますが、朝から何も食べないでいると、夕食の一汁一菜の粗食がとても美味しく感じられます(その、はずです)。

Posted by: わきた・けんいち : February 16, 2006 03:52 AM

すごい話になってきましたね。里という思想に、ある時期をさかいにきつねや狸にばかされることがなくなったというはなしがありましたが、あれは化かされる能力が衰えたということなんですね。もしかしたら、わきたさんは比叡山などで修行をされたことがあるんじゃないですか。まずは断食に挑戦したくなってきました。できるんだろうか。

Posted by: 玉井一匡 : February 16, 2006 03:22 AM

玉井さん、一番簡単なのは、少し絶食をすることですか。絶食をしたあと、食べ物に対する感覚が違ってきます。いかに自分の「食」が、人びとに飽食を促すフードシステムのなかに巻き込まれているのかを、理屈ではなくて、体で実感できると思います(^^)。いやなんだけど、体を病気で壊して回復してくるときなども、違う感覚になるように思います。しかし一番難しいのは、昔からよくいう「第六感」のようなものなのではないでしょうか。私が農村で調査した経験では、現在70歳代の人の親の代では、まだ「キツネの嫁入り」の行列が見えたといいますから。おそらく、まわりの環境に対して、ものすごく繊細な第六感を、多くの人びとが普通に持っていたのかもしれません。こんなことを書いていると、玉井さんのブログのエントリーで読んだ「シーランチ」のことを思い出しまた。

Posted by: わきた・けんいち : February 16, 2006 03:02 AM

 なるほど、環境が変われば、まだそれに応じて感覚は反応してくれるんだ。何億年のあいだ受け継がれてきたものは、やはり強いんですね。(いや、わきたさんの特別の能力なのかもしれないけれど、現代人の可能性を信じたいので、そうじゃないことにさせてください)その意味を読み取りそれに対してしかるべき反応が
できるるように肉体化するには、経験と時間が必要なのかもしれませんが。

Posted by: 玉井一匡 : February 16, 2006 02:09 AM

玉井さん。『苔のむすまで』、いいですよ~。ところで、たしかに都市的環境のなかにいると、感覚は鈍感になりますね。以前、わけあって、仕方なく岩手の山道を夜中に一人で3時間ぐらい歩いたことがあります。と~っても怖かったです。街灯も何もなく、道も舗装されていませんでした。音にとても敏感になりました。ちょっとした音に、何かがそこにいる気配を感じてしまうのですね(^^;)。おそらく、そのような感覚を敏感にすることで、かつての絵画彫刻工芸品の感じ取り方もかわってるくのではないかと思います。

Posted by: わきた・けんいち : February 15, 2006 10:23 PM

そうだ、まだ「苔のむすまで」を読んでいませんでした。見たいなあ、三十三間堂のそういう瞬間を。コンビニなどの過剰な照明で鈍感になっちゃったぼくたちとは違って、昔の人は格段に光に対する感度がよかったのでしょうね。いまでも、田舎に行くと月あかりの明るさに驚くことがありますが、きっと、光にかぎらず、音や気配にもはるかに敏感だったのでしょう。さまざまな情報や刺激の量や種類が多いぶんだけ、ぼくたちの感覚の密度や精度は荒くなっているにちがいありません。千年以上も前につくられた絵画彫刻工芸品が、現代の人間のつくるものと何の遜色もなく、むしろ優れていることさえ多いのはそういう理由なのかもしれませんね。

Posted by: 玉井一匡 : February 15, 2006 06:39 PM

「わずかな光、あるいは一本の蠟燭のゆらめく光を、おだやかに増幅するために使われた」という玉井説に納得です。玉井さんのコメントを読んで、杉本博司さんの「京都妙法院三十三間堂千体仏」の写真を思い出しました。

「深い御堂の軒先をかすめて早朝のすがすがしい光が内陣の奥まで深く行き渡る。薄明の闇にとけ入っていた一千一体の仏像が、その瞬間にめくるめく金箔を輝かせ、荘厳の内に西方浄土が顕現する。」(杉本博司『苔のむすまで』184頁)

Posted by: わきた・けんいち : February 15, 2006 03:58 PM

わきたさん いやいやわかってますよ、冗談だって。
たしかに、同じ金をつかうにしても、金を表に出して主張するのと、あくまでも老木を引き立てるための控えめの金とは、随分ちがいますね。おそらく、金というものは、仏像も屏風絵でも同じことでしょうが、深い軒や縁側、障子などに漉されてきめ細かくなったわずかな光、あるいは一本の蠟燭のゆらめく光を、おだやかに増幅するために使われたのではないでしょうか。

Posted by: 玉井一匡 : February 15, 2006 02:39 PM

neonさん  小学生のころは、ピアノなんか習っている奴は軟弱な奴だとおもっていたのでした。朝刊に出ている打率のベストテンなら、毎朝一目見て憶えました。そんなふうだったにもかかわらず、「明かりをつけましょぼんぼりに・・・」とか「春よこい、早く来い・・」なんていう歌が、ひそかに好きでした。いまも。
うめやさくらやももの花は、空間や空気や風を春に染めてしまうところがありますね。LoveGardenの季節はもうすぐだ。

Posted by: 玉井一匡 : February 15, 2006 02:29 PM

玉井さん。ブツブツというのは、冗談ですよ~(^^;)(^^;)。「利休への対抗意識か、「Mの思想」の太閤意識か。」、おもしろ~い。対抗意識ではなくて、太閤意識ですか!!「金」も使い方がポイントかなと思うんですよね~。たとえば、イミテーションの金箔の茶室と、「紅白梅図屏風」では、同じ金を使っていても、ぜんぜん雰囲気が違います。もっとも、私はデザイン等について、きちんとした見識はないのですが(^^;)。

Posted by: わきた・けんいち : February 15, 2006 01:37 PM

こんにちは。ほんのりして優しい眺めの写真ですね。雛祭りの持つささやかな華やぎの雰囲気は、やはり男の人の心も捉えるんですね。泡立つようにふつふつ咲く梅から始まって、散りゆくまでが美しい桜、その季節の流れかたっていいですよね。雛祭りのお料理も、かわいくて作るのは愉しいものです。うちは子供は男の子二人なので、色気がありませんが、ちらしずしや蛤のお吸い物は嬉しいみたいです。

Posted by: neon : February 15, 2006 12:51 PM

わきたさん、ごめんなさい。 ほんとはぼくも、黄金の茶室は好きじゃないんです。ただ、なぜあんなものをつくったのかという興味はあるのです。利休への対抗意識か、「Mの思想」の太閤意識か。もしかしたら長浜にはひとひねりした解釈があるのかなと思ったのです。しかし、長浜時代の秀吉はまだ若いころでもっと率直でしょうね。だとすれば、この盆梅は盆栽をひとひねりしたというよりも、もっと素直に、山で雪につぶされる梅の老木をたすけてやろうとされたと素直に考えたいですね。
ぼくはまだ見たことがありませんが、黄金の茶室はMOA美術館にあって、そこには尾形光琳の紅白梅図屏風もあります。盆梅展の写真で畳の上に緋毛氈が敷いてある。それがひとつながりになって、床を緋色にした黄金の茶室を連想したのかもしれません。
黄金の茶室
http://www.moaart.or.jp/japanese/space/exhibition02.html#
紅白梅図屏風
http://www.moaart.or.jp/japanese/art/print0006.html
長浜観光協会(いまは長浜盆梅展のおしらせが出ていますね)
http://www.nagahamashi.org/
秀吉の黄金の茶室とは違うようですが、金沢の金箔工芸のサイトにもこんなのがありました。
http://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/kougei1/haku/ougon/tyasitu.html

Posted by: 玉井一匡 : February 15, 2006 11:25 AM

玉井さん、「黄金の茶室」ということは、あまり評価されていないのですね~・・・。私も、実際に鑑賞にいったことがないので、よくわかりませんが、「黄金の茶室」というよりも、なんだか枯れた雰囲気のようですよ~(ブツブツ、ちょっと地元愛にめざめています←住んでいるのは奈良だけど)。この盆梅を鑑賞して、そのあと地酒と鴨すきをいただく、毎年そのようなプランをたてているのですが、いまだ実現していません。年度末は忙しくて(^^;)。

Posted by: わきた・けんいち : February 15, 2006 03:35 AM

 わきたさん こんなに大きいのでも盆栽と呼ぶのですね。盆梅というのは盆栽の梅ということなのでしょ。盆栽って、古木なのに小さくて大木の風格をもつものを小さな鉢に育てて、床の間などに置いて楽しむものだと思っていました。そうやって作られた小さな場所に大きな自然と歴史をつくって味わうのが盆栽の精神なんでしょうから、それをもうひとひねりして大きな盆栽を屋内に持ち込もうというのは、秀吉ゆかりの長浜だけに、侘び茶に挑んだ秀吉の黄金の茶室のようなものをぼくは感じますが、本当のところはどうなんでしょうか。

Posted by: 玉井一匡 : February 15, 2006 03:09 AM

玉井さん。こんな感じです。
http://nagahama.yamapla.jp/kankou/maturi/bonbai.htm
ねっ、すごいでしょ。なんだか、梅の“仙人”という感じですね~(^^;)。
こちらは、故高山七蔵さんが、40年にわたって湖北の山に自生する梅の木を集め、丹精こめて育てあげた盆栽を、より多くの人に見て喜んでもらえればと、昭和26年(1951)、長浜市に約40鉢寄贈したのがはじまりだそうです。高山翁は、シュレッダーなどでもうけたわけではないと思います(^0^)。

Posted by: わきた・けんいち : February 14, 2006 11:45 PM

わきたさん、ひとつ質問忘れました。2mの盆栽なんてありなんですか。そういえば、市ヶ谷に高木盆栽美術館というものがあって、そこにも盆栽というには大きな松だったでしょうか、屋上に植えてあり、盆栽なのかなと思っていました。そこは、シュレッダーをつくった明光商会の本社の最上階に会長がつくったものですが、一昨年の末に休館したそうです。シュレッダーは、個人情報保護法で、随分儲けたでしょうにね。

Posted by: 玉井一匡 : February 14, 2006 09:37 PM

 そうなんです、って二つのコメントに対してですが、ひとつ目はファーム調整もしくはバージョンアップの件。いま、あれやこれや、監督とコーチで改造中。
もうひとつの「そうなんです」は、おひな様の件。父親がそうさせてるんじゃないかとも言われています。うちは誕生日や正月やクリスマスや節分の豆まき母の日父の日敬老の日、みんな何かをやるのです。20代後半の娘さえ、先日も「今日は豆まきだから」といって早めに帰ってきました。あまり好きなんでおひな様も別れがたいんですね。しかしそれは、季節感をそこなうことでもあるというのを忘れていました。ことしは、改善します。

Posted by: 玉井一匡 : February 14, 2006 03:15 PM

あっ、今気がつきましたが、「グローバリズムに対抗する/内山節の『「里」という思想』」選手は、一軍登録抹消されていますね。ファームで調整中なんでしょうか。再起を願っています。

Posted by: わきた・けんいち : February 14, 2006 02:51 PM

玉井さん、こんにちは。梅が咲きましたか。いい雰囲気ですね~。私の職場がある滋賀県の湖北地方・長浜市では、現在、「長浜盆梅展」が開催されています。2メートルもある大きな梅、樹齢400年を超す梅、そのような長い時間とともにある梅の盆栽が、すごい雰囲気をつくりだしているのです(これも、経年変化が産み出す世界なのでしょう)。ところで、我が家では、もうしばらくお雛様をかざっていません。これはいかんな~と思っています。こういう季節の行事を大切にすると、日々の生活にメリハリが出て、生き生きしてくるのに…です。しかし、玉井さんのところは、ず~っと飾っているのですか。昔から、「節句が終わったら早くお雛様をしまわないと」といいましたが・・・。これ以上は書けません(^^;)。

Posted by: わきた・けんいち : February 14, 2006 02:49 PM
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