March 03, 2006

わきたけんいちというできごと

earthdiningDen8.jpg
 わきたさんの盛岡出張の帰りがけに東京に寄っていただいて、アースダイビングわきた版の下打合せをすることになった。AKi、iGa、masa、わきたさんとその研究者仲間の萩原さんがいらした。初対面だというのに待ち合わせは「江戸東京博物館で」というだけのおおまかな約束に、なにか混乱が起きないかと内心おもしろがっていたのだが、AKi、iGa、tamは一見地階のようなミュージアムショップの前に、wakky、nuts、masaの3人はエレベーターを昇った空中に別れたものの携帯電話のおかげで大過なく集まることができた。(初対面の方々がいらっしゃるので、肖像権に配慮して、クリックしても大きくならない写真にしました。ほんとは、わきたさん、なっちゃんの表情もつたえたいのですが)
摂州から移り住んだひとたちがまちをつくった佃島の路地で椎茸をみつけ、先日、masaさんのkai-wai散策に魅力的な写真たちがあった築地魚河岸の余命数年の短さを思い、AKiさんが内装を設計された三原橋の傅八で作戦会議というルートはiGaさんの提案と資料のおかげで、アースダイビングの助走というおもむきとなった。晴海通りを挟んで建つふたつのモダニズムの建築は、学生時代から気になっていたのだが、土浦亀城の設計によるものだと初めて知った。いや、この日ぼくの第一の命題は「わきたけんいちとは何か」だった。

 はじめは、kai-wai散策へのコメントを読んで興味をおぼえ、wakkykenという名前をクリックした。跳んださきの「大津まち歩記」には、琵琶湖周辺のまちの古いたてものの写真がエントリーされていた。一昨年、ぼくは近江八幡に行ったのだが、そこでは、掘割や古い通りに新しくつくられたものが周囲の古いたてものに合わせるだけの保存でなく、積極的に新しいものをつくりながらとてもうまく解け合っているし、あけすけな観光化をせずに商業的にも成功しているようで、そのことがとてもきもちよかったので、あるときぼくはそんなことをコメントして自分のところに戻ると、丁度わきたさんのコメントが書かれていたので驚いてしまった。それが偶然だったのか、ぼくのコメントを読んだあとの素早い反応だったのかまだうかがったたことはないが、wakkykenはその後ぼくたちの周辺というよりはkai-wai散策の界隈のblogだろうがwakkykenやわきたけんいちの名をあちらこちらで目にするようになった。そして「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」のサイトを運営する環境社会学の研究者で教職にあることも知った。
 興味を持ったblogには、あたかも自分のサイトであるかのように、時と文字と思考をおしまず、すぐさまコメントを書き込んでゆくわきたけんいちは、ぼくにとってみれば、漂泊のブロガーのいのうえさんと同じようにMyPlaceのテーマに共鳴するたのもしい同志だと思われた。
その後もさらにコメントを重ね、おかげでこちらも手強い相手に返事を返さなければならぬと頭をしぼる。それがblogを深化させるようになるのだと思う。

 これまでのわきたけんいちは、さまざまなコメントそのものや、その書き方という証拠物件の累積という存在だった。ふつうのコメントであれば、わきたけんいちは一人のヒトになったかもしれないが、彼はヒトである以上にwakkyken+わきたけんいちというできごととなっていた。それが、この日を境にして一人の男として集積された。その実物は、なんとはなしに思い浮かべていたよりも寸法が大きくて、ヒゲさえたくわえた男だった。けれども彼はとてもひとなつこくて、やさしく、やはり頭の回転の速いひとだった。その男のありかたをぼくたちは歓迎した。これからもよろしく、わきたさん。南部鉄の銀河鉄道を、ありがとうございました。なっちゃんようこそ。

投稿者 玉井一匡 : March 3, 2006 06:35 PM | トラックバック
コメント

玉井さん。延藤安弘さんという方と、少しだけコレクティブハウスについて話しを伺ったことがあります。ぜひエントリーを。期待しています。それから、企画書の叩き台のようなもの、メールで送りました。よろしくお願いします。(←み、短い…やればできるジャン)

Posted by: わきた・けんいち : March 8, 2006 01:26 AM

わきたさん  カードを出されないようにちょっと短く。コレクティブハウスというのはご存知でしょうか。それについてもいずれエントリーしっようと思っていますが、そこでも「コモン」は、核心をなす概念です。贈与という考え方が、交換価値第一の市場原理社会に対するクスリあるいは武器になってほしいものです。
じっくり時間をかけて、アースダイビング作戦を熟成させてください。期待してますから。・・・とプレッシャーをかける  つもりではありません。

Posted by: 玉井一匡 : March 7, 2006 11:59 PM

玉井さん、こんばんは。長文のコメントをやりとりしていると、ブログ・パトロールA隊長からイエローカードが示させるのではないかと、ちょっとビクビクしています(笑)(←顔文字は使わない)。「グラデーション」なのですが、これは誰の眼にもハッキリわかる線がありませんから、その場所にかかわる人たちの他者に対する配慮・寛容がとても大切になると思うのです。日常生活のなにげないげれど、繊細な作法のようなものですね(これは、コモンズといわれる自然環境の利用においても、似ているところが多分にあります)。中沢新一的にいえば、そこでは「贈与の精神」が働いているといえるのかもしれません。いろんな人びとの人格が、その「場所」を媒介として結びついているわけです。

ところで、今もう一度、『東京の公園と原地形』を読み直しています。次回の第4回アースダイビング、皆さんに納得していただけるような企画になればいいな~と思っています。少し時間をくださいね。

Posted by: わきた・けんいち : March 7, 2006 11:26 PM

わきたさん  返信コメントおそくなって申し訳ありません。長考してたわけでなくて、さきほどやっとiBookを開いたのです。そう見ていただくと、とてもありがたいです。
もちろん、MyPlaceは空間をもつ場所について考えはじめたことです。ぼくたちの立場では、場所をつくる側持つ側にあることが多いので、よりよい空間をつくることを考えてつくってきました。しかし同時に、場所をよりよく使いより愛することが大事ではないか、日本人はそれが下手なんじゃないかと思いました。だから、どんな場所も自分の場所だと考えようよと提案したいのです。
「空間」としてよりも「場所」としてとらえると、わきたさんのおっしゃる「グラデーション」のすそが、彗星の尾のようににひろがり長くなる。それは所有権のグラデーションであり、プライバシーのグラデーションなのでしょう。したがって、様々な人がさまざまな程度でその場所を自分の場所として楽しむ機会が増えるようになると考えます。

わきたさんが使われた「グラデーション」という表現を、ぼくはいいなと思いました。おなじことを「レイアの重なり」という言い方もできるでしょう。しかし、レイアはフレットのあるギターのようなものだとすればグラデーションはヴァイオリンやチェロのようなものでしょうか。微妙な気持ちをよりよく表現してくれるように思います。なんて言ったら、ろくに知らないくせにとギター好きにしかられるか。

Posted by: 玉井一匡 : March 7, 2006 01:23 AM

玉井さん、こんばんは。「これ誰のこと?」と思うようなエントリーに加えて、タモリさんと同じような位置づけをいただき、どうしたものか…と思ってしまいます。「MyPlace」の思想、「場所」とブログの関係、大変興味深いご指摘ですね。私自身は、ブログに関しては、ブログを媒介としたブロガー間の社会関係については考えてきましたが、ひとつのブログ内の「エントリーとコメント」のグラデーションのようなことについて考えていませんでした。そのあたりが、やはり建築家独自の視点なのだと思います。すごく勉強になります。少し、先日読んだ伊礼さんの『オキナワの家』の屏風(ヒンプン)の論理にも、近いものを感じています。「無数にあるblogサイトは、持ち主のものとしてまもられると同時に訪れる人たちとの会話によって、成長してゆく」というのは、とってもステキですね。あっ、それから南部鉄の文鎮の写真をのせていただき、感謝です。うれしいです。

Posted by: わきた・けんいち : March 5, 2006 11:09 PM

わきたさんへ
AKiさんiGaさんのいわれるとおり、わきたさんの登場のしかたは、blogという新らしいメディアとの関わり方に、ひとつの形式をつくったと思います。山下洋輔トリオの泊まっていたホテルにタモリが新鮮な芸を引っさげて登場したように。
昔から、建築家の議論は自分でも分からないようなむずかしい理屈をこねまわすという定評がありました。それは、わかりにくい言葉という防壁をつくることによって、外界との対等の接触を避けようとしていたのに違いありません。もしかすると、そういう態度は日本の学会にも総じて通じる悪弊なのではありませんか。
わきたさんが博物館の計画段階で体験されたような、日本で最大の規模を誇る設計事務所の担当者が示したシロートの意見を軽視する不遜な態度は、おそらく自分たちの土俵の外で切り結ぶことを恐れる、無能力のあらわれに過ぎなかったのだろうと思います。

それはむしろ、ぼく自身のMyPlaceという場所概念をちょうどそのままblogにもあてはめることができるのだと認識させました。blogの一部分、コメントとトラックバックには、だれもが立ち寄ることができる。そして、やあといってその家の住人と言葉をかわす。けれども、エントリーの本文には、踏み込むことができない。そうやって、無数にあるblogサイトは、持ち主のものとしてまもられると同時に訪れる人たちとの会話によって、成長してゆく。どんなに離れたところでも、ごこちよい場所ができてゆけば、自分の場所がひろがってゆく。ブログサイトのと手紙との大きな違いは、ブログは「場所」(SITE)を持つということです。そしてそれが公開されていることではないでしょうか。

その事実を、わきたさんはぼくたちに確認させたのだと、ぼくは思います。

Posted by: 玉井一匡 : March 4, 2006 11:39 PM

玉井さん、こんばんは。新しいエントリーに私のようなものを取り上げていただき、本当に申し訳なく思っています。もう、恥ずかしくて、どうコメントを書いてよいのやら、よくわかりません。私は、皆さんのブログの興味深いエントリーに夢中になり、皆さんのご都合も考えず、頭や心のなかにうかんだ考えや疑問を、コメントとして自分勝手に書き込んできただけなのです。そのような拙いコメントに対して、皆さまから丁寧なお返事をいただけたことがとても嬉しかったのです。玉井さんがお書きになっている「手強い相手に返事を返さなければならぬと頭をしぼる」というのは、むしろ私のほうの気持です。コメントを書かせていただいたことで、私自身、たいへん勉強になったと思っています。ブログを通して、「私的」な関心や趣味を通したつがりが、「私的」から「私たち」の関心に、さらには「社会的」に拡大していくことが、ブログの魅力のひとつの特徴なのではないかと思っています。どうか、これからもよろしくお願いいたします。友人のなっちゃんも、このようなエントリーに驚いていると思います。

Posted by: わきた・けんいち : March 4, 2006 10:22 PM

浪速のワッキーの登場は新鮮でした。建築から社会性公共性が失われてゆく今、ワッキーとの出会いは何かの予感を感じさせます。

Posted by: iGa : March 4, 2006 09:40 PM

わきた さん登場は、いのうえ さんが「ブログの力」の契機を作り出されたように、新しい力の始めになるような気がします。アダイの新しい展開が楽しみですね。
それに、natsu chang の登場、これ又、すばらしいことですね。吉兆であります。

Posted by: AKi : March 4, 2006 07:48 PM
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