March 15, 2006

真夜中 学習院下でタヌキと


昨夜、といっても午前0時をとうに回った頃だから日付けは今日になっていたのだが、学習院の馬場の下を、自宅めざして自転車を走らせていた。この時間、この道はほとんどクルマも人通りもないし、街灯もないから自転車で走るには快適このうえない。道路の向こうよりに黒っぽい犬が座っている。丸顔をこちらに向けているのを目を凝らして見ると、犬ではない、タヌキだ。ぼくはすぐに自転車を停めて向かいのテニスコートのフェンスに立てかけると、バッグからカメラを取り出した。いつもは切ってあるストロボをセットするものもどかしく、慌てて振り返るともう道路にいない。しかし、格子の扉のむこうに座ってこちらを向いている。格子の間にカメラを入れてズームを目一杯の望遠にしてシャッターを押すと、一瞬ストロボの光がタヌキの瞳孔をオレンジ色にした。ディスプレイを見るとタヌキは入っていない。今度は、画素数を最大にしてもう一度。ディスプレイをみると、また映っていない。

 そのとき、うしろから車のヘッドライトが光った。ちらっと振り返ると、パトカーがやってきて停まった。またカメラを格子の間に入れて構えた。む。狸はいなくなっていた。夜中に、格子の間にカメラを入れている怪しい行為を棚に上げて「おい、お前たちが明るくするからだぞ」と、鬱憤を晴らそうとして振り返ると、パトカーもいなくなっていた。不満をぶつける相手も写真を撮る相手もいない。彼らもタヌキだったのか、またタヌキに会った奴が一人いるよと思ったのか、何も言わずにいなくなった。トリミングをできるように画素数を最大にしたけれど、そのときに広角にするべきだった。望遠にしたから、視界から外れてしまったのだ。液晶ディスプレイは真っ暗でなにも見えないが、ファインダーを見ればよかったのにと、あとになって数々の反省をした。タヌキに化かされたというのもかえっていいか、と思うことにしよう。自転車をまたいで時計を見ると、0:40だった。

 落合のマンションの計画地のあたりにはタヌキがいると、ひところ話題になったけれど、それがこのあたりにもやってきたのだろうか。それとも、このあたりは樹木が多いから、独立の生計を立てているのかもしれない。しかし、人間の生活環境すら壊されてゆく東京のようなまちにタヌキがいるということを自分の目で確認できたのは、とてもうれしいことだった。
 かえりがけ、あるクライアントを思い出した。彼は、夜中に伊豆の山中を車で走っているときにタヌキをはねた。車を降りて見てみると、すでに死んでいる。どうせ死んだのだからと、彼はなきがらを車に乗せてきた。家に帰ると、ご亭主が腕をふるって解体し、タヌキ汁をつくってくれと奥さんに料理を頼んで食べちゃったのだそうだ。タヌキを食おうと思う亭主も亭主だが、そんな要望に応えてタヌキ汁をつくる奥さんも人物だなと、その話を聞いて、ぼくはひどく感心した。後日、親しい獣医さんに話したら、タヌキには寄生虫がいるからあぶないんですよと心配していた。虫がいたとしても、そのときにはもう手遅れだったろうが今も家族そろって元気だ。
 今朝、道路の写真を取り直した。はじめは、格子戸の前の道路にちょこんと座っていた。そのすぐあとに、格子戸の下をくぐって中に入ると右手奥に座って、こちらを見ていたのでした。

追記 060317 / Chinchiko Papaと妾番長さんの書いてくださったコメントに関わることを追記しておこう。このあたりのような河岸段丘の地形を「バッケ」あるいは「ハケ」ということばがあって、それは縄文語あるいはアイヌ語(頭、突端)由来の言葉とされているんだと、chinchikopapalogに神田川流域に残った「バッケ」と、もうひとつ世代で異なる「バッケが原」の位置というエントリーで書かれていて、このことばは「お化け」につながると結ばれている。もし、タヌキが昔からこの辺りに住んでいたのだとすれば、そのことが「ばける」あるいは「ばかす」ということと、何かのつながりがあるのかもしれない。
chinchikopapalogにはもうひとつ、「ハケの下落合」というエントリーに、バッケについての詳しい記述がある。

投稿者 玉井一匡 : March 15, 2006 12:00 PM | トラックバック
コメント
Chinchiko Papa  このエントリーは、タヌキとの遭遇を書いただけだったのに、Papaのおかげで、原日本語の痕跡にまでたどり着きました。いま、ぼくたちが使っていることばがアイヌ語と通じていると知ったのは、カフェ杏奴ではじめてChinchiko Papaにお会いした時です。「もうひとつの万葉集」以来の新鮮な視点でレイアがひとつ増えたようです。 Posted by: 玉井一匡 : March 17, 2006 10:14 PM
先日、下落合のお年寄りにお話をうかがっていたら、山手線のガードのあるところ、ちょうど日立目白クラブの下あたりも、明治期ごろまで「バッケ」と呼ばれていたことを知りました。 山手線の向こう側、甘泉園公園の西側にも地図に「バッケ」と記入されているのが見えますので、おそらく目白台側にも同様の地名があったのではないかと想像します。 「バッケ坂」→「オバケ坂」→「幽霊坂」の転化を、やはり疑いたくなりますね。 Posted by: Chinchiko Papa : March 17, 2006 08:32 PM
妾番長さん  やはりそう読むんですか。無関係なものをくっつけるといえば、サザン・オールスターズの「勝手にシンドバッド」は、ピンクレディの「渚のシンドバッド」と沢田研二の「勝手にしやがれ」をくっつけたんだなんて話をおもいだしました。 Posted by: 玉井一匡 : March 17, 2006 02:38 PM
アカデミックなレスにおろおろする私です。 読み方はそのまんま「メカケばんちょー」です。以前、馴染みの薄い「妾」という単語をいろいろ組み合わせると意外におもしろかったのでその中の一つを使っています。意味は全くありません。 Posted by: 妾番長 : March 17, 2006 01:19 PM
わきたさん  さすがに反応が早いなあ。やはり縄文文化が残されているとされる東北には、言葉も残っているんですね。リンクさせていただいたchinchikopapalogにも東北ではフキノトウのことをバッケというのだと書かれていました。本当にそんなふうに横にも歴史にもつながっていることを、生きた直接体験として教えていただくと、胸躍ります。 Posted by: 玉井一匡 : March 17, 2006 09:10 AM
玉井さん、おはようございます。北東北では、フキノトウのことを「バッケ」と呼びます。そのルーツは、アイヌ語だといわれているようです。そういえば、バッケは日当たりのよい、河岸段丘の地形に生えてくるな~と、素人妄想をふくらませています。 Posted by: わきた・けんいち : March 17, 2006 08:56 AM
妾番長さん ひとつ書いておくべきことがありました。コメントをくださったchinchikopapaのブログによれば目白崖線が「バッケ」とよばれていたそうですが、そのことをエントリーの本文に追記しておきます。 Posted by: 玉井一匡 : March 17, 2006 08:41 AM
妾番長さん  コメントありがとうございます。kai-waiでお名前を拝見していましたが、なんと読ませたいのだろうかと思っていました。漱石は妾に「あたし」っていうルビをふってつかっていたのを、そのむかし、ふーんと思って読んだことがありました。ところで、このタヌキのいたところは、ちょうど学習院の馬場に付属する厩舎のすぐ脇というところだから、皇居にも動物の世界にもリンクしているわけで、東京のど真ん中にしては不思議にねじれた場所なのですね。 Posted by: 玉井一匡 : March 17, 2006 01:34 AM
はじめまして妾番長です。といっても、よくmasaさんのことろでご一緒させていただいてます。 このお話にとても惹かれました。まるで百閒の小説のようです。 Posted by: 妾番長 : March 16, 2006 01:03 PM
そんなにいるんですか。すごいなあ。しかも、先住民だったとするとますます素敵ですね。たしかに、まなざしもおどおどしていなかったし、ストロボを2回つけてもいささかもたじろがず余裕のある表情で、パトカーが来たら悠然と姿を消したというところなんか、健全なコミュニティが背景にあることをうかがわせました。 そろそろ葉っぱの出てくる頃だから、学生や仏文の教授なんかに化けているタヌキはキャッシュを積んであのマンションを買って住むことも考えているかもしれませんね。 Posted by: 玉井一匡 : March 16, 2006 12:39 AM
玉井さんが学習院馬場の前で見かけられたタヌキは、血洗池周辺を根城にしている学習院グループの1頭だと思います。 昨年の夏、ちょうど近くの方が溝にはまりこんだタヌキが救出されていますが、それもこのグループの一員だったようです。 http://www.jsc-com.net/shimoochiai/news/126.htm 下落合側には、おそらく15頭前後と推測されていますけれど、線路向こうの学習院の森には、もっと数多くのタヌキが棲んで いるのかもしれません。昼間は、大学生に化けてるかもしれませんね。(笑) Posted by: Chinchiko Papa : March 16, 2006 12:01 AM
そう、ぼくもわきたさん宛のメールを書いた時に「平成狸合戦」を思い出したのですが、あまりできのいい物語ではなかったような気がして、書くのを控えましたが、開発に抵抗するタヌキなんだからレンタルを借りて来てみるかなと思っていました。 実は学習院下でも開発が進行中で、このつぎには、そのことをエントリーしようと思っていました。そうしたら、タヌキと遭遇したのです。 事前踏査のおりには、また、なんていってると、きりがないかもしれませんね。まるでヤギさん郵便みたいで。 Posted by: 玉井一匡 : March 15, 2006 04:19 PM
前のエントリーから続けてコメントさせてください。 タヌキですが、人里にけっこういますよね。イタチの類も、街のど真ん中で見たことがあります。タヌキで思い出したのですが、スタジオジブリの「平成狸合戦ぽんぽこ」というアニメがありました。あれは、ニュータウン開発される多摩丘陵が舞台でした。まさに、次のアースダイビングの場所ですね。ダイビングにタヌキが関わってくるかもしれません。中国から戻って4月になったら、少し時間をみつけて事前に歩いてみたいと思います。 Posted by: わきた・けんいち : March 15, 2006 04:09 PM
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