April 04, 2006

目白の馬

 いつもの道を自転車で走っていると、仮にそんなことができたとしてだが、目をつぶっていてもどこにいるのか分かるところがふたつある。いずれも、ぼくにとっては好ましい匂いが漂うのだ。ひとつは神田川沿いの精養軒の工場、もうひとつは高台にある学習院の南向きの斜面、Chinchiko Papalogで知った言葉によればバッケの足元だ。食べ物の香り、生き物のにおい、一方はケーキを焼く香りともうひとつは有り体に言えば馬糞のにおいだ。さらに秋になると、道路には沢山の銀杏の実が落ちる。それを通り過ぎる車たちが踏みつぶして球体を二次元化するときに植物というよりは動物的な匂いに変えてゆく。ガラスを閉じた車には分かるはずもないが、歩行者と自転車には、その匂いがしっかりと記憶に残される。 春には、斜面を背景に咲くサクラが美しい。樹木が多いから、初夏には若葉の青臭いかおり。夏のさなかにも、ぼくは好き好んで日向を走るのだが、ここを通り過ぎるときには、あきらかに空気がかわる。ひんやりとした空気が降り注ぐのを感じるのも楽しみだ。この写真は、ネットフェンスの網目の間にレンズを入れてとったものです。
ここで、先日はタヌキに出くわした。Chinchiko Papaによれば、あのタヌキは学習院の血洗いの池あたりに住む一家らしい。

山手線のトンネルをくぐると、道路際の細長い一画を別にすれば学習院のキャンパスがはじまる。その一画の景色が、すっかり変わってしまった。中層の高級マンションが、まもなく完成する。地上11階地下1階、396戸という、都心では大規模な高級マンションがフェンスのように立ち上がる。「目白ガーデンヒルズ」といいながら、丘の上ではなく丘の足元にたっているから地形を壊しているわけではない。なにしろ斜面は学習院の土地なのだから当たり前のことだが、その豊かなみどりをしっかり借景として取り込んでいる。その分だけ街には崖を構築した。道路際に1mほどの窮屈な歩道を提供しているが、背後の斜面を感じられる隙間は作られていないようだ。
まだ、完成したわけではないから、これからゆっくり観察してゆこうと思うが、せめて馬がクサいなどという文句を言うような住民は住まないようにしておいてほしいものだ。ここは都心にありながら先住民の馬やタヌキが共存しているという、えがたい環境なのだから。

投稿者 玉井一匡 : April 4, 2006 07:39 AM | トラックバック
コメント

iGaさん  そういうことで以後は環境がまもられるのなら、歓迎しましょうか。

Posted by: 玉井一匡 : April 6, 2006 07:59 AM

その昔、逓信省・管船局舶用品検査所が学習院から敷地の一部を譲り受けた土地だそうですから、そうした巡り合わせも因縁めいてますね。しかし向かいの高田三丁目は印刷・製本関係の中小零細家内工業が多い下町だった筈だけど、どうなるのかしら。

Posted by: iGa : April 6, 2006 01:37 AM

Chinchiko Papa  たぶん、そういうことになるのではないかと思っていました。防犯の備えが、ばかに堅固のようだし、義姉上のご実家もこの近くでしたね。タヌキの写真を撮ろうなんて、フェンスのなかにカメラを入れたりしたら、お縄を頂戴するはめになりかねませんね。

Posted by: 玉井一匡 : April 5, 2006 09:14 PM

このマンションに、近々さるやんごとなき新婚夫婦が引っ越してくるそうで、
周囲では景観がいやだ、いえもとへ、警官が増えて煩わしくなるのがイヤ
だ・・・という住民が多くいるようですね。
「目白ー学習院ー皇室」の、文字通り直結のマンションです。この防波堤
のようなマンションが、学習院の森の南側をすっぽりふさいで日陰にしてし
まうことになりますので、そこの生態系(タヌキ含む/笑)が狂ってしまうと、
心配されてる方々もいますね。

Posted by: Chichiko Papa : April 5, 2006 04:10 PM

わきたさん  ぼくも、そういう話をききました。ある知人の甥御さんが大きな牧場を経営していらしたのですが、住宅開発が進み、いつのまにかまわりを住宅に囲まれてしまいクレームが多くなったので、やむなくさらに郊外に移転することになったそうです。そのために、手続きやらなにやらの連日の心労でクルマのエンジンをつけたまま寝込んでしまい、ガレージで排気ガス中毒で亡くなってしまったそうです。
我が身を振り返ればどうなんだ、ということは承知の上ですが、悪いところを洗い落としていいところだけを手に入れようとするのは、人間の、とりわけ現代の社会の大きな問題ですね。プラスもマイナス面もひっくるめてひとつの真実、あるいは一人の人間なんだということを受け容れなければならない・・・・それが「共生」の第一歩だと、それは、分かっているはずですが。

Posted by: 玉井一匡 : April 4, 2006 04:59 PM

玉井さん、馬糞で思い出しました。以前、岩手に住んでいたときのことです。もともと、酪農をしていた農家のまわりが、しだいに住宅地になってきて、新しく移り住んできた新住民の皆さんから、「公害」扱いされて困ってしまったという話し。それから、川に蛍(だけ)を復活させようというときに、「蛍が欲しいけど、蚊はいらないよ」という話し。どちらも、このマンションの日当たり・みどり・防犯・ブランドを求めながらも、「まわりにはうっとうしいけどね・・・」というのと、どこか根本のところで通低しているように思いました。

Posted by: わきた・けんいち : April 4, 2006 03:30 PM

わきたさん  ついつい、ながくなってしまったんで、べつのエントリーにしようかと思いましたが、あいては長いのが大好きなわきたさんだし、ここは自分のBlogだな、などと思ってコメントにしてしまいました。
簡単にいっちゃえば・・・日当りもいいみどりも豊富、防犯も完璧な、快適なマンション。ちょっと高いのとまわりにはうっとうしいけどね・・・という快適なマンションでしょう。
お騒がせしました。

Posted by: 玉井一匡 : April 4, 2006 03:22 PM

AKiさん  ジャパネットタガダの「カッパの川流れ」のコマーシャルを思い出しつつ、川に流されるうちにバラバラになってゆく馬糞を思い浮かべました。相手を馬糞にたとえる悪口なんでしょうが、なんとなく侘びしくて、野卑で、わるくない雰囲気ですね。あれは、川に浮かぶんでしょうか沈むんでしょうか。そういえば、馬糞紙なんてことばもありますが、やはりのんびりした気分のある言葉ですね。

Posted by: 玉井一匡 : April 4, 2006 02:57 PM

玉井さん、長文コメントでのお返事、ありがとうございます。私は、こういうのがだ~い好きなのでありま~す(隊長には怒られますが)。学習院ブランドという、ある種の歴史性・場所性さえも、その本来の土地の場所性から切り離して(馬糞や銀杏やキムチの匂いも場所性の一部だけど)、“排他的”に切り売りされるマンションという都市空間の付加価値を高めるために商品化してしまおうということなのでしょう。たしかに、“出っ張りデザイン”ではありますが、住み手の反乱や、「反抗を設計の中に取り込んだ」というのとは、正反対ですね。このマンションでは、住み手の意識が、外部の社会(地域社会の公共性)を志向するというよりも、外部と切り離された内側の私的空間の快適性と付加価値に向かう、そのような傾向がより一層強まることでしょう(バラバラの私的空間が蓄積した都市空間)。電線をはじめとしてセキュリティも完璧。セキュリティの論理を梃子に、都市空間は、ますますMyPlaceの思想から遠ざかっていってしまいます。

Posted by: わきた・けんいち : April 4, 2006 02:50 PM

わきたさん 住友不動産がここを「目白ガーデンヒルズ」と名付けたのは、「広尾ガーデンヒルズ」と同格の高級集合住宅と位置づけているからに違いありません。
軍艦アパートや九龍城塞は、全体を構成する中央集権的なシステムに、個々の住み手が反乱をおこして活気に満ちたしたたかな住居集合を作り上げてしまったものであるし、ラルフ・アースキンの建築はあらかじめ個々の反抗を設計の中に取り込んだものだとぼくは思います。そして、これらをぼくはとても好きです。
それに対して、このマンションは、目白ー学習院ー皇室というブランドに依存して作られ、買い手もそれを重要な価値だとして購入するに違いありません。だから、学習院馬術部のブランドは好きだけれど、馬糞や銀杏やキムチの匂いなんてだーいっきらいっていう人々が購入して住むことになるでしょう。
 背後の学習院の緑と道路側の南の光を取り入れるために、このマンションは厚い壁と梁のない厚い床スラブでつくられているうようです。(工事中の観察によれば)それは、南北両面の開口を床スラブから上の階の床スラブまで、壁から壁まで、たっぷりと取るためでしょう。つまり、あらゆるものを自分のものにしてしまおうという意図を構造に反映させています。その点で、目的を見事に達成しています。さらに、道路際の生け垣の上には、泥棒よけに金属線を張っていますが、そこにはきっと電流が流れることでしょう。
ブランド好きの排他的なお金持ちのための、快適な、けれども町を窮屈にするというマンションだと思います。

Posted by: 玉井一匡 : April 4, 2006 01:40 PM

格調高いコメントの数々に、ちょっと野卑で恐縮です。
馬場につきものの「馬糞」ですが、「馬糞の川流れ」なる言葉があることを知りました。まぁ、バラバラになることをいうようなのですが。

Posted by: AKi : April 4, 2006 12:42 PM

五十嵐さん なあんだ、そうだったんですか。googleローカルのサテライトもマップも、(本文にリンクさせましたが、まだ日本造船技術センターとなっています。ほぼ、この長さのまま11階建てになって、もっと道路に近づいたんだから、道路側からすれば随分と鬱陶しくなりました。この先の椿山荘は山県の屋敷だったわけだから山県某氏は、きっと山県有朋と関わりがあるんだろうと調べたら、造船工学で運輸通信省船舶局長などをへて東大教授、もともとここがホームグラウンドだったんでしょうね。文化勲章受章者、昭和48年船舶振興会の役員名簿によれば理事という肩書き。
ご指摘の通り、角の住宅は頑張っています。学習院の南西の角をこのマンションが占めて、その南西の角に住宅が頑張っているという、おジャマ虫の入れ籠になっているところがおかしい。

Posted by: 玉井一匡 : April 4, 2006 11:54 AM

こんにちは、玉井さん。この写真、どこかで見たな~と、お粗末になっている記憶力をしばらくふりしぼって思い出してみました。伊礼さんのサイトでした。http://irei.exblog.jp/4192012/  
伊礼さんは、まるで「まるで韓国か?と思いました。」と書かれていました。部屋からの“出っ張り”が、そんな雰囲気を醸し出しているのでしょうね。私には、個々人がどんどん勝手に工夫して改造をはじめた軍艦アパート(もうじき取り壊しになる)や、最近出張してきた中国の集合住宅を思い出したました(秋山さんに教えていただいた、ラルフ・アースキンの住宅も?)。

Posted by: わきた・けんいち : April 4, 2006 11:24 AM

あららら、この敷地は元運輸省・現国土交通省の外郭団体である(財)日本造船技術センターがあったところですね。角地にある木造建物はそのまま残っているところを見ると持ち主は札束攻撃にも負けない意志の強い方のようですね。造船技術センターをネット検索したら本部は飯田橋へ、試験センターは三鷹の元運輸省の元船舶技術研究所に移転していました。ん〜何か元国有財産のマネーロンダリング的な切り売りと云うか官僚OBの就職先確保の構図が垣間見えますね。実は、昔々ルーキーの頃、この造船技術センターの図面を描いてます。戦前からあった200m級の試験水槽をそのままにして、水槽の上屋と本部棟を建設するというもので、老朽化した試験水槽があるので、杭は打たずに深礎工法による手掘りで地業工事を行なってます。建設資金は博打の寺銭、つまり日本船舶振興会からの助成金を受けたもの。当時の造船技術センターの会長だか理事長の名前が山縣某と記憶しているけれど、山縣有朋との関係性は不明。工事を請け負った間組が山手線側に工事看板を掲げたら、直ぐに日本船舶振興会からのクレームが付き、工事看板は笹川良一の文字が一番目立つ船舶振興会の看板に差し替えられたと云うお粗末もありました。

Posted by: iGa : April 4, 2006 10:26 AM
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