April 13, 2006

刑部人アトリエ 消失

   

月曜日、洋館は足場につつまれながら建っていた。カメラを構えたら電池がない。火曜、水曜は雨だったので電車で来たから前を通らない。今朝、曇りがちだけれど、ひさびさにあたたかい。自転車を走らせるとやがて汗ばんだ。刑部アトリエの前にくると足場の上に顔を出していた家はもうない。工事用のシートの隙間、かつて「いえ」だったものが物体と化して堆く積まれている。割れたスタッコの壁、崩れたスペイン瓦。最後の瞬間を見届けたいともつらいとも思いながら雨にゆだねた。建物が消えると、かつてそこにあったものが何だったかがわかる。ここに生きたひとびと、通り過ぎた人たち、降り積もった時。そして、切り取られたまち。

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投稿者 玉井一匡 : April 13, 2006 11:15 AM | トラックバック
コメント

匿名希望さん ごめんなさい、すっかりコメント遅くなってしまいました。槙さん審査委員長で長谷川逸子設計なら、刑部人アトリエがあったのを取り壊したことやとなりに林芙美子邸のあることをどのように設計に織り込むのか、興味深いところです。
刑部さんはご自分の先祖を、きっと首切り役人の帰化人でしょうなんておっしゃってましたが、槙さんが刑部邸の首切役人ではなく、厚く弔う高僧であってほしいものです。

Posted by: 玉井一匡 : August 17, 2006 12:34 AM

刑部人アトリエ跡地の集合住宅計画は(株)キーワードという会社が主催したコンペティションの最優秀作品に決定しました。
出展作の模型等は、去る5月18日から30日まで、渋谷の電力館で公開されていました。
私はその時のパンフレットを持っていますが、設計は長谷川逸子(!)、審査員長は槙文彦(!!)という作品です。
敷地内に一見ばらばらな向きに建てられた地上2階建ての28〜9戸を、ガラスのボックスで繋ぎ合わせたようなユニークな形状になるみたいです。
会場内にあった説明ボードによると、敷地内の樹木は残しさらに植樹もするとのことでした。

Posted by: 匿名希望 : July 31, 2006 11:38 AM

rayさん  コメントありがとうございます。この住宅がこの場所にあることは、さまざまな意味で重要だと思います。となりの林芙美子ともかかわりが深く、建築としても質が高く、樹木や大谷石の擁壁がまわりの環境に及ぼす力も大きい。このいえの保存を新宿区に要望したのに対して、「となりに林芙美子記念館がありますから難しい」と答えたそうです。一カ所に集中しては不公平になるという意味なのでしょう。まとまっていれば、単独の家としての価値に加えて、まちとしての意味が生じて来るということを知らない、あるいはすでに門前払いを決めていて、そのための言い訳をしているのです。
 「くにを愛する」には、こういうことをただ黙視せずに、せめてグチのひとつ、大きな声でいいましょうか。

Posted by: 玉井一匡 : April 15, 2006 05:04 PM

はじめまして。近代建築好きのものです。
こちらで、刑部邸取り壊しを知りました。4年前に見に行ったことがあるのですが
道を歩いててぱっと出てくるこの建物がとても印象的でした。
日本の洋館の表紙にもなっているのにとても悲しいです。
取り壊される前に見に行きたかったのですが当時より遠くに引っ越してしまったので機会がありませんでした。取り壊しの写真は胸が痛みますが、このようなレポートが見れて大変うれしく思っています。ほんとにひっそりと、また一つ素敵な建物がなくなってしまったこと..無念です。

Posted by: ray : April 15, 2006 12:35 PM

GG-1さん  できるだけ緑を残すという話ですが、この柱、庭の花たちなどはどうなるのか、大谷石の擁壁はなくなるのか、そしてどんな低層高級マンションがつくられるのか、これから工事中もときどきレポートします。

Posted by: 玉井一匡 : April 14, 2006 12:11 PM

ついに、そうなりましたか
足場が組まれていたとはいえ、未だ建て物が在った時に間に合ったのは幸運でした
「切り取られたまち」、其処に在る建物・住んでいる人々が集まってその街を形作るという事を考えるとまさに「切り取られる」との想いが致します

Posted by: GG-1 : April 14, 2006 02:15 AM

いのうえさん  メールありがとうございました。もしかすると、いのうえさんは、この家の最後の訪問者だったかもしれませんね。
こういうことにお金は出せなくても、不必要な道路には金が出る。なんとかしてこういう流れを変えてゆかなくてはならないと思います。公共工事で。古いものを壊し新しいものをつくる、ということが経済波及効果を持つことはわかります。それが正しいとしても、ほかに公金のつかいかたはいくらでもあるはずです。にもかかわらず、相も変わらずに土木事業に金が使われるのは、どこか見えないところに理由があるのでしょう。

Posted by: 玉井一匡 : April 13, 2006 10:50 PM

neonさん  ありがとうございます。大丈夫、とどいていますよ。でも、ほかからはわからないのかもしれないので、はじめのを消しておきます。
曙ハウスのときもそうでしたが、どうもぼくは、こわされる時を見たくない。もにも見たら、その人には責任があるわけでもないのに、解体している人になんか言い出しそうで、知らないうちに壊されて内心ではちょっとほっとしているところがあります。
この後に作られるものに、期待しましょう。と、書くそばから、でもね・・・という気がして、Chinchiko Papalogに書かれている文京区の公園のことを思いうかべてしまいます。

Posted by: 玉井一匡 : April 13, 2006 10:18 PM

「建物が消えると・・・・・・切り取られたまち。」は、本当に実感するところです。曙ハウスの跡地も依然更地のままですが、この文章通りのことが、深く感じられるのです。

Posted by: neon : April 13, 2006 10:00 PM

玉井さん、現場のリポートありがとうございました。 ついに ・ ・ ・ 取り壊されてしまったのは 残念無念ではありますが、 その直前に ブログを介して この建物の一大事を知った方々に 見に行っていただけたのは 収穫かもしれませんね。 建物は消失しても 人々の心の中にはずっと存在する事でしょう。

Posted by: いのうえ : April 13, 2006 09:58 PM
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