May 08, 2006

「ウェブ進化論」


「ウェブ進化論」/梅田望夫/ちくま新書
町田の馬肉料理屋「柿島」でAkiさんにこの本を勧められ、吉松さんには文春新書「グーグル」をすすめられた。後日、aki's STOCKTAKINGのエントリーを読んでなおさら、この本が読みたくなった。
文句なく面白い。もともとGoogleは贔屓だったが、認識がすっかり改められた。これまでにも、ぼくにとってのGoogleは、検索エンジン→GoogleマップGoogleEarth というぐあいに、どんどん新しいサービスを提供し別の存在に変わってきた。実際に何かを買ったことはないがGoogle Catalogsにもおどろいた。これらがすべて無料で使えるようになっている。ぼくはすっかりGoogleの世界の住人になった。にもかかわらず、しかし、・・・という気持ちが疑問と不安があった。
疑問:どうやって利益があがるんだろうか?
不安:世界についてこれほどの情報をたったひとつの組織が握って大丈夫なのか?
この本は、その疑問にこたえ、ウェブ社会の可能性について言及する。

 疑問に対する答えはこうだ。googleの利益の大部分は広告による。Googleが、膨大な情報の流れを握っていること(この本では、この状態を情報発電所という)に不安はやはりあるとぼくは思う。
 Googleは、インターネットの両極の力を備えている。一方には「ロングテール」「オープンソース」「ブログ」というキーワードに示される、小さなものを集積させることによる効果を引き出すというインターネットの側面である。これは、小さなもの弱いものの味方としてふるまう。
 「ロングテール」ということばも概念も、ぼくは初めて知った。ものごとの分布の状態をグラフにすると、密度の高い「恐竜の首」のように突出する部分と、少なくひろく広がっている恐竜の尻尾(ロングテール)の部分がある。これまでのものごとは、恐竜の首を対象にしていたけれど、ロングテールの部分のひとびとが発言し、ロングテールを対象にしてものや情報を提供できるようになってきた。Googleの広告収入にとっても、ロングテールの存在が欠かせない。途上国ならア、ひとりの人間がマゾンンからの収入で生活費にあてることができる。それを可能にするのも、インターネットによって膨大な情報が無料あるいはきわめて安いコストで提供されることになったからだ。
 ウェブサイト検索エンジンは、あらゆるウェブサイトについての情報を提供する。Googleだけは、地図情報を自前でつくり無料で提供した。Google Earthは、それだけでぼくたちを興奮させるに十分だったが、おそらくGoogleは、これによって情報検索を空間化しようとしているのだろう。そういうことを、googleが可能にしたのは、自らの手でGoogleだけのためのコンピューターをつくることのできる、コンピューターメーカーでもあるからなのだという。しかも、サービスを向上させるために、きわめてすぐれたひとたちが張り付いて管理している。だから、ソフトウェアもハードウェアも、随時改良することができる。提供する情報はあくまでもオープンソースだが、それを整理し送り出すシステムをつくり管理するひとたちは、極めて優秀な少数のチームなのだ。yahooやマイクロソフトはGoogleに追随しようとしているが、この点では、追いつけないだろうと著者はいう。これが、インターネットのもうひとつの力の極だとぼくは思う。

 これらは、Google自身が莫大な情報をたくわえ世界中の情報を整理して放出する、著者のいう「情報発電所」となっているからだ。すべてが、ここで加工されて配給されることに問題はないのか。Googleが上場する際にSECに提出した書類の中に、創業者から将来の株主にあての手紙があって、そこにはMAKING A WORLD A BETTER PLACEという志が書かれていたという。これは、すこぶる異例のことなのだそうだ。Googleはこのことばの通りに「すてきな世界をつくること」を目指しているのだろう。これは、ぼくの思うすてきな世界ととても近い。MyPlaceは、世界中の場所のオープンソースでもあるのだ。いずれにせよ情報を整理配給するシステムが必要であるとすれば、それが、金銭的な利益を目的とする企業でもなく、外国や世界の支配を目指す国家でもなく、このような志にもとづいたGoogleというチームだったことをぼくはさいわいなことだと思う。そういう結果に導いたこの世界のシステムは、捨てたもんじゃない。かつてCIAやKGBが集めて隠していた情報を、コンピューターとインターネットの環境さえあればという限定がつくが、世界中のだれもが、ほぼ無料で利用できるのだ。
 彼らが「持続する志」を持つことを期待するが、この発電所がハイジャックされることがあるかもしれない。あるいは、それと気づかれないように情報に毒やよけいな栄養剤を添加して送られるかもしれない。志を保つために、われわれサポーターは、ロングテールの一員として、情報の点検と味見と、そして批判を怠らないようにしよう。

投稿者 玉井一匡 : May 8, 2006 12:08 AM | トラックバック
コメント

玉井さん、こんばんは。拙ブログにTBしてくださったtksさんのブログ『ALL-A』のエントリー「Google Earth・マップで広島が不鮮明の謎」で、「ユーザーの疑問にきちんと答えないGoogleの姿勢が不信を増幅しています」とお書きになっています。そこにリンクされている記事を読むと、やはりなんだかな~・・・なんですね。次から次へと欲望を刺激するサービスを提供してくるわけですが、ユーザーの側のリテラシーと頻繁な情報交換や批判が必要だなと思っています。

http://blog.all-a.net/?eid=438763

Posted by: わきた・けんいち : May 15, 2006 08:21 PM

わきたさん この話は吉松さんにうかがいました。文春文庫「グーグル」223ページに記述があります。2006年1月、中国政府の要請に応じて、1000語ちかくの用語やホームページのアクセスを制限した検索エンジンを提供したと書かれています。
たしかに、GOOD WORLDといっても、GOODとはなにかというすこぶる哲学的な命題にぶつかります。ブッシュやその仲間たちだって石油の利権だけが目的で戦争を始めたわけではなく、彼らなりによりよい世界を作ろうという意思を持っているのでしょうからね。ただし、グーグルが検索するにあたって何を上位に位置づけるかの判断基準は人間が設定してやるわけだから、その基準を公表すべきですね。

Posted by: 玉井一匡 : May 15, 2006 08:08 PM

玉井さん、こんにちは。「googleが中国に進出するにあたって、天安門事件などが検索できないようにすることを条件にさせられて・・・」という話しを初めて聞きました。そうなんですか。国家がネットを監視していることは知っていましたが、そこまでやっていたのですね。でも、どう国家が監視しようとしても、この時代に情報をすべて制御することは無理でしょう。中国のマスコミも、特に若い世代のジャーナリストから変化(報道の自由等について)していっているように思います。その意味で、「じつはgoogleものぞんでいるのかもしれ」ないのでしょうね。ただし、そのあとにやってくる“MAKING A WORLD A BETTER PLACE”が誰にとってのなのかというところが、私には気がかりです。そのためにも「批判を怠らないようにしよう」と思うのです。

Posted by: わきた・けんいち : May 10, 2006 11:56 AM

わきたさん googleが中国に進出するにあたって、天安門事件などが検索できないようにすることを条件にさせられて、それを呑んだのだ。そういう話を吉松さんにうかがいましたが、それはたしかに危険な兆候ではありますね。しかし、googleの志を信じるとすれば、多少の後退を余儀なくされたとしても、それ以上に多くの情報がひとびとのところにこぼれてくることが重要ではないかと、ぼくは思いますす。ブログなどで、こういう事実をしっかりつたえることが、じつはgoogleものぞんでいるのかもしれませんね。

Posted by: 玉井一匡 : May 10, 2006 02:51 AM

Chichiko Papa ぼくよりだいぶ若いPapaが歳をとったといわれ、もっと若いビルゲイツさえ歳を取ったとは、シリコンの世界にいると、光速ロケットに乗っているように時間の進みかたが早いんでしょうね。
この本で、「こちら」と「あちら」という言い方をするのをぼくは、あまりいいとは思えませんでした。インターネットの重要な功績のひとつは、国籍の違いやら人種の違い、それに中心と周縁というような差異を超越して、どっちみち世界の一部分として考えるようになったことであると思いますが、それをまたあちらとこちらと二分してしまうのですからね。
いや、それとも、差異があるからこそそれを超越するものができるのだから、じつは差異というものは資源のようなものなのかもしれないですね。

Posted by: 玉井一匡 : May 10, 2006 02:18 AM

玉井さん、こんばんは。最後の一文、「情報の点検と味見と、そして批判を怠らないようにしよう」というのは、本当にそうですよね~。以前、Google Earthに関して考えて、「Google Earthと原爆ドーム」という文章を拙ブログに書きました。その文章を、また自分で読みなおしてみて、Akiさんがブログのなかでお書きになった「その革命、大きな潮流の中にも、その最後の拠り所は人間の中にある」という部分を信じたいし、そのことに自覚的でありたいと、ますます思うようになるわけです。技術の進化って、人間も自覚できないような欲望を人間の精神の奥底から引き出し、それを糧にさらに勝手に肥大していくっていうところがありますが、その罠のなかに取り込まれないためにも「乗りつつ批判をおこたらない」ようなフットワークが必要にりますね。一つ前のエントリー、「立花隆が探るサイボーグの衝撃」での問題ともつながってくるようにも思います。

『ウェブ進化論』、そのうちにきちんと読んでみたいです。

Posted by: わきた・けんいち : May 10, 2006 01:03 AM

最近、わたしの周囲のSEやWebデザイナーが、「あちら側の人」「こちら側の人」を多用して困っています。あっちでもこっちでもいいから、売り上げにつながる仕事をしてくれないと困るんです・・・というと、「仕事もそこそこに、ブログであちらへ行きすぎて、アタマもいっちゃってる人が言うのは説得力がゼロだ」などと、わけのわからないことを言われてしまいます。(笑)
それにしても、サーバ数30万台というGoogleには、めまいがしそうです。もちろん、ブレードサーバも1台と勘定しての数字でしょうけれど、つくづく(飛躍して)ビル・ゲイツは歳を取り、わたしもそうなのだなぁ・・・と感じるこのごろです。(汗)

Posted by: Chichiko Papa : May 9, 2006 02:34 PM
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