June 03, 2006

もんしぇんの試写会


もんしぇんの試写会が、渋谷の「シネカノン試写室」で行われた。平日の午後3:30からという時間帯だったのは、きっと費用のせいなんだろうが、40人ほどの小さな試写室はとても見やすい。シネカノンの社長、在日三世の李鳳宇(イ ボンウ)氏がソウルに5スクリーンのシネコンCQNをつくり、その中の一館を韓国ではじめての日本映画専門館にして話題になった。こけら落としが「パッチギ」だったのも、そうした事情にふさわしいが、パッチギがあったからそういう企画を実現できたのかもしれない。かならずしも商業的に成功しそうにない、ロングテールに属する作品を配給上映しながら、なおかつこれだけのことを持続できることはたいしたものだ。
 ぼくは、ふつうは映画は一人で見る方がすきで、誰かと一緒にいっても離れた席に座ることが多いのだが、このときはAKi、iGa、masaのおじさん三氏に同行していただいたとあって、横一列にならんだ。この映画の場合はいつにもましてとなりの三人の反応が気になって仕方ない。
 

ぼくは首を向けはしなかったが、どうも映画を見ているおじさんたちは、寝苦しい夜のベッドの上で寝返りをくりかえしているような気配だった。 映画を見終わったあと、一同は下階のカフェでのどを潤した。どうもこのとき、おじさんたちはポケットの中にたくさんの「?」を詰め込んだままのようで、関係者の一部に足を踏み入れたぼくに、やや遠慮もあったのだろうか、この映画のことを正面から話題にしようとしないような気がした。
 それでも外に出るころには暗くなっているほどの時間をここで過ごし、kai-wai散策の写真の場所を経由して焼き鳥屋に河岸を変えると、蓄積されたアルコールとなかなかいける焼き鳥のおかげなんだろうか、もんしぇんそのものの話題になってきた。
今では、みなさんの発言がまじりあっているけれど、こんなぐあいだった。
「ほとんどが写真だったけれど、一カ所だけムービーになったシーンがあった」
「入れ子になった世界でできているってことを知らせておいた方がわかりやすいんじゃないか」
「トリュフォーやヒッチコックは、自分のつくったものをあそこはこうやったんだ、あれはあの映画のあそこが素敵なんで真似したんだ、なんてことを言うけど、もっとそういうことを言った方がいいよ」
「近藤正臣が、どちら側の人なのか、分からないな」・・・・・・等々
焼き鳥のおかげか、場所がおちついたせいか、つぎつぎともんしぇんについてのことばがでてきた。なにしろ長い時間をかけてできた映画だから、ちょっと手にあまるくらいの沢山のことを盛り込んでいる。いくつかのしかけについて説明すると、それは聞かなきゃあわからない、ある程度説明が必要だと言われた。映画を見る人にそれらをできるだけたくさん掘り出していただくには、いくつかの糸口をあらかじめ観客に渡しておく必要がありそうだ。上映中のあの寝苦しさのような気配、カフェで「もんしぇん」をちょっと遠巻きにしている感じは、説明不足に理由があったのだ。
 カフェにぼくたちの入ったすぐあと、スタッフと夕海と応援団の若者たちがカフェに入って来たが、かれらは、この映画にかかわるさまざまなできごとを谷根千界隈でくわだてるための作戦会議をしていたのだった。それらは、ほかでもない、もんしぇんを掘り出すための糸口だ。。
AKiさんiGaさんmasaさんありがとうございました。

追記
MF247Newsで、「もんしぇん」の公開について掲載されています。

投稿者 玉井一匡 : June 3, 2006 08:28 AM | トラックバック
コメント

yukiりんさん ありがとうございます。よろしく応援してやってください。

Posted by: 玉井一匡 : July 22, 2006 08:29 PM

遅ればせながら昨日、試写を拝見させて頂きました。おハガキを私のような者にまで送って頂きありがとうございました!
本当に夕海さんは凛としていて美しかった。一本スジの通った強さがありながら声は優しく穏やかで…同性からみても本当に素敵な女性だなぁと思いました。益々今後が楽しみですね。
以前にコメントさせて頂いた近藤さんが「どちらの側の人」なのか…の疑問、そうか…と納得できた気がします…masaさんが書かれていたように私も、「理解する映画ではなく、感じる映画だ」なぁという印象でした。今後も応援していきます。ありがとうございました。

Posted by: yukiりん : July 21, 2006 07:42 PM

neonさん ありがとうございました。まずは、かれらの世代の多くの人たちがそうであるように、子供の頃から宮崎さんの世界は生活の一部になっていたようなものです。おっしゃるように、その影響は素直に受け入れたうえで、世界を広げられるといいなと、ぼくもおもうのです。

Posted by: 玉井一匡 : July 7, 2006 11:10 AM

いのうえさん ありがとうございました。たまた夕海とぼくはすれ違いで、まだ会っていないんです。長い時間をかけていたり、だからひとりで色々のことをやっていると、それが重なって見えるので、ちょっと違ったのでしょうね。

Posted by: 玉井一匡 : July 7, 2006 10:53 AM

玉井さん 私も実は昨日拝見させて頂きました。(いのうえさんとばったりお会いし、隣の席で・・・)。
「わかりにくい」のか?と思っていましたけれど、まったくそれはありませんでした。とても素直な、みずみずしい印象でした。やはり宮崎駿的要素も感じられますが、それはこれからだんだんにそこから抜け出て行ければいいように思います。また改めてお手紙でも書きたく思っております。

Posted by: neon : July 6, 2006 09:13 AM

玉井さん こんにちは! 本日 やっと試写会にいってまいりました。 後でわかったのですがkawaさんも本日いかれたとのこと。会場は補助椅子も出るほど盛況でした。 夕海さんとは 玉井さんのオフィスでお会いして以来なのですが、受付・舞台挨拶の印象が随分とその時と違っていました。 家に帰ってから 夕海さんのブログを拝見して なるほど!と思いました。 挨拶されたのは 「はる」の夕海さんだったんだなと。 

Posted by: いのうえ : July 6, 2006 01:04 AM

河さん 先日は沼田さんのお通夜という残念な機会でしたが、久しぶりでした。そのあとの焼き鳥屋で隣同士にすわったのでゆっくりお話しすることができ、そのときに言われたことは、きちんと記憶されています。それがコメントとして書かれたのを読んで改めて考えました。
若い頃から辛辣にして的確な視点と批評眼の持ち主である河さんに、こんな風に丁寧に書いていただくと、なんと言っていいか言葉に詰まるほどだったので、コメントを読んでから一夜明けた今朝になって返信コメントを書いています。
 映画監督になりたいとか女優になりたいとか建築家になりたいとかあるいは歌手になりたいとかいうふうにでなく、十数年前に行った天草の海から受け取ったものをとにかく映画にしたいという思いを育て広げつづけ、多くの仲間をつくり引き込んで、それらがもたらした様々なものを、とにかくひとつにまとめて、まずは一本のフィルムができました。編集されたフィルムの完成をもってではなくて、さまざまなかたちでこれまで参加してくださった人々、さまざまな場所、これまでの過程やこれから生じること、そうしたありとあらゆる事象をすべて含めてやっと映画なのだと考えているところは、当たり前のことですが、なかなかいいと実は思っています。
きびしい河さんの眼が実際に映画を観られたときに、これをどのように評価されるのか。期待とちょっとした心配が立体的なモザイクになります。

Posted by: 玉井一匡 : June 20, 2006 08:38 AM

夕海ちゃんに会ったのは、全部で10回にも足らないと思いますが、毎回強烈な印象が残っています。
先日、その印象が初めてお会いしたみっつかよっつの時と少しも変わらないと申し上げたと思います。
酔っぱらった時で上手く伝えられなかったという思いが残っていました。
近所のブログ界隈で彼女について才媛だとか美しいとか色々な書き込みを拝見しました。
けれど、そんなことは玉井さんと奥様のお嬢さんであればちっとも不思議のないことです。

人一人ときちんと向き合うことがどんなに大変なことかは、子供のなぜなぜ攻撃を考えれば良く分かると思います。
最後まで誠心誠意付き合える大人はまずいないと思います。
子供に限らず大人同士でもそれが大変だから例の件だの宜しくだのと訳の分からぬ符丁をやりとりしているのだと思います。
彼女の凄い所は、そうしたことをはぐらかす事なく最後まで真摯に向かい合ってくれる両親のもとで育ったことだと思います。
彼女は本気です。私が彼女は特別製だと思うのはまさにここです。
おつむの良さや容姿に優れた人は他にもいるかもしれないけれど、こんな人は玉井家でしか作れない、まさに特別製だと思います。

あまりに沢山の材料と思いが狭い映画の中で初めての人には説明がいるなんて話を聞くと彼女の有り余る思いの深さが分かるような気がします。

Posted by: kawa : June 19, 2006 08:03 PM

some oriさん ありがとうございました。熊本出身のsome oriさんには、ぜひ見ていただきたいと思っていました。お年寄りの出演者が多くて健康の心配もあるし撮影費用もかさむと、製作の会社には御所浦での撮影に難色を示されましたが、あそこでなければ映画を作る意味がないと言って頑張ったようです。
ご存知のように、御所浦は水俣の対岸です。水のない御所浦は水俣から水道の水を送ってもらっています。あの海は、うつくしさやおだやかさだけが満ちているのではないことも、きっとどこかに表れているでしょう。普通の二倍も仕事がはかどると島の人びとの協力ぶりには、撮影スタッフも驚いていたそうです。・・・ここにしかない場所とひとの力。

Posted by: 玉井一匡 : June 7, 2006 10:48 PM

こんばんは!
fuRuさんにくっついて行って、みせていただきました。ありがとうございました。
主演女優の美しさに惚れ惚れでした。
天草の田舎にあの美人はなじまないんじゃないかってはじめは思いましたけど、その違和感があっちとこっちを繋ぐって感じがしました。

Posted by: some ori : June 7, 2006 02:06 AM

fuRuさん ありがとうございました。まずは、無事に見ていただけたことにほっとして、分かりにくくはないということで、もうひとつ安心しました。(大きな声では言えませんが)若い人には、分かりにくいということはないようです。ぼくはもちろん、年齢は分かりにくいほうのオジさん世代に属しますが、ずっとそばにいたから分からないということはありません。ぼくは映画を見る前には予備情報は極力うけとらないようにしているのですが、もしも、この映画をそうやって見たらどう受け取ったのかなと、ときどき思います。

Posted by: 玉井一匡 : June 6, 2006 10:05 PM

今、見終わって事務所に戻ってきたところです。
ありがとうございます。
僕が見た感じでは、まったく説明不足ということはありませんでした。
逆に、可能な限り丁寧に「あっち」と「こっち」が描き分けられていたと思いました。
内海が持つ独特の湿度の高さを感じることが出来た映画でした。

Posted by: fuRu : June 6, 2006 07:26 PM

yukiりんさん 「近藤正臣が、どちらの人なのか、分からないな」って書いたところは、「どちらの側の人」と書こうとしたのに「側の」を落としてしまったのです。
似たような人が二人いて、どっちだか区別がつかないよってわけではありません。入れ子になった世界のどっち側の住人なんだろうっていう意味です。エントリーの文は修正しておきました。
言うまでもないかもしれませんが、「おれのことが分からねえのかな」なんて近藤さんが心配しないように。

Posted by: 玉井一匡 : June 4, 2006 06:31 PM

AKiさん おはずかしながら、そーなんです。たしかに、建築的側面云々はわたしもちょっとわかりませんでした。無理にそんなこと言うなよって感じだしないでもありませんでした。

Posted by: 玉井一匡 : June 4, 2006 05:53 PM

こんにちわ。
寝返りを繰り返してるご様子のおじ様方々の感想を読ませて頂くと、今すぐ「もんしぇん」を観たくなりました。よくある映画の広告でタレントさんが大げさなコメントを書かれているのを見ますが、それよりもこの様な感想の方が興味をそそります。
「一ヶ所だけムービーになったシーン」や「正臣さんがどちらの人なのか」など自分の目で確かめますね。
谷中から根津に抜ける散歩の企画もおもしろそうです。 公開楽しみにしてます。
あっ、メールでの名前ですが、いつオファがあってもいいように芸名です…
ウソ…変換間違えました。ハハハ(^^;

Posted by: yukiりん : June 4, 2006 11:33 AM

やぁ、玉井さんがそんなに気にかけていたなんて知らなかったなぁ、やっぱりそうだったのか、お父さん...。
僕は早めに酔っぱらっちゃっているから、何を言ったのか忘れているが、「もんしぇん」を理解するのに時間がかかったような気がする。皆さんが長い時間をかけ、たくさんの思考が絡まって作り上げたものなのだから、それは当たり前のように思う。
夕海さんが私のエントリーにコメントしてくださったが、建築的側面.....と語っておられたことに、やや違和感を覚えた。どんな作り方、作られ方をしたとしても結果としての映画「もんしぇん」が一人歩きし、自分自身を語っていくように思う。

Posted by: AKi : June 4, 2006 03:24 AM
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