June 13, 2006

STEREO VIEWER


週末に新潟に行っていたので、AKiさんが送ってくださった3D VIEWERを手にしたのは。やっと昨日の夜だった。今朝は、ワールドカップのことを思い出したくないので、おのずと別世界に目も心も転じてしまう。僕の希望したのはホッパーの「ナイトホークス」だったのだが、スキャンして上質の用紙にプリントされたブリューゲル「バベルの塔」フェルメール「牛乳を汲む女」も添えられていた。
このふたつが添えられていることが、とても効果的だった。(ワールドカップに加えて、ぼくを悔恨と腹立たしさに沈めることがもうひとつある。デジカメに大けがをさせてしまったのだ。だから、こころならずも携帯電話の写真に、依存することになった。ぼやけた写真はそのためであって、老眼鏡なしの視覚世界を再現したわけではありません)

 三つを見比べると、立体を平面の上に表現するという、絵画の宿命について考えずにはいられない。とかく立体視は、切り抜いた平面を前後に重ねたようにみえるものだが、バベルの塔の表面をつくる曲面、空に浮かぶ雲、広がる大地、フェルメールの人物の顔や胸のふくらみ、テーブルの上の食べ物の立体感、みな生き生きとした奥行きが見える。また、ナイトホークスでは、そこに描かれているもの、あるいは描かれていないもの・・・「そこに何かがない」ということが、いっそうわかりやすい。
 どうやってこれをつくったのか知りたくて、ぼくは右と左の目を交互に開閉して見比べてみた。大きなボリュームは左右の絵をずらし変形してあるようだ。しかし、小さなボリューム、たとえば顔の中の鼻の見えかたまでは変えていないように思える。このような部分的な立体感は、おそらくもともと画家がキャンバスの平面の上で表現した立体表現の力によるものだろう。ビュアーをのぞいてみえるのは、いわばハイブリッドの立体表現なのだ。
 似たようなものがあったなと考えてみると、Google Earthでみる3Dの地形がこれに似たハイブリッドの立体表現ではないか。地形の3D画像の表面に人工衛星からの写真を張り付けただけなのに地形の立体感は胸躍らせるものがある。そういえば、飛行機の中で見た映画「キングゴング」の世界は液晶の小さな画面の中なのに、ときおり飛行機がストンと高度を下げるとエンパイアステートビルをよじ上っていたりしたので、すこぶる緊張感があった。あの空間表現もハイブリッドだなと思い出した。

 コンピューターの手をいっさい借りることなく、画家たちが平面の上に絵具のさまざまな組み合わせをのせるだけで空間と光と影と質感を表現したことに、あらためて驚かずにいられない。同時に、三次元に見事な変換を加えて二次元の世界に取り込んでしまった北斎らの到達した独自の地点をも思わずにいられない。

 五十嵐さんがaki's STOCKTAKINGにコメントとして書いているように、六角柱を変形させることでレンズと絵との距離を変えるという単純きわまりない仕掛けがすてきだ。しかも、六角柱をつぶすと葉書の大きさの平面になってしまうのが3Dビュアーだというのも、ひねりが効いていていて、ぼくはすきだ。

投稿者 玉井一匡 : June 13, 2006 08:22 AM | トラックバック
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