October 04, 2006

草家

草家/写真 黄憲萬(ファンホンマン)/文 金鴻植、朴泰洵、林在海/翻訳 李仁貞/日本語版監修 金京希/ワールドフォトプレス/3600円/237ページ

 韓国の藁葺きの家とその集落に生きる人たちを撮った写真集を日本語訳したものだ。巻末の解説には、建物としての側面、集落の生活の側面、そして宗教的な側面が書かれている。
 茅の収穫は農繁期と重なるのだが、藁は米の収穫のあとにできるから藁葺き屋根は農閑期に集落の共同作業で行われた。藁葺きは2年ほどしかもたないが、そのあとで家畜の飼料や敷き藁に使い、最後は田畑に鋤き込んで肥料になったと書かれている。
環境との共生という現在の側面から見ればこのうえなく理にかなった住居と農業の関係だ。しかし、2年ごとに葺き替えるのだとすれば、とても大変な作業だ。30年くらいもつという茅葺きの方が合理的だろうにと思うのだが、他にも何かわけがあるんだろう。
 草家の写真は美しい、けれども、家が集まり集落となって人が住む写真は悲しげだ。人が少ない。笑顔がすくない。若ものがほとんどいない。若者のわずかな写真は、まわりに不似合いなスリーピースのスーツが、たまに帰省したときに撮った写真だともの語っている。

 ファン氏の短いあとがきによれば、1970年代はじめから1980年代なかばまでコツコツと撮り続けたもので、原著「チョガ」の出版は1990年12月25日。ソウルオリンピックはいつだったっけと調べてみたら1988年とある。その直後なのだ。このときにすでに、草家はなくなろうとしていたと書かれている。
 江戸時代の日本では瓦屋根は富や権力をもつものにだけ許されたように、韓国でも、もともと藁葺きはそれらから無縁のひとびとのものだったらしい。だから、経済的な成長をめざす時代の草屋は貧しさの象徴でもあったようだが、写真家は草家と集落の生活の中につらぬく力強さを見抜いている。すこし距離を拡げて上空から集落を撮った写真を見れば、生命と意思を持ったような家とその集落は、一転してふてぶてしいほどの力強さをもつ原生動物のようだ。根源的ないえ根源的な生活は、ぼくたちの中心を構成するものを直かにゆすぶる。縄文土器がそうであるように力強く、民族をこえる普遍的な力をもっているのだろう。

 この本は、ワールドフォトプレスから送ってくださった。すべてモノクロの写真で、こんな地味で厚い、こんな高い本を売り出すなんて企画は、K社では絶対に通らないよと、K社にいた友人は言った。monoマガジンのように新しいモノ大好きという雑誌などをつくる一方で、こんな本やアメリカインディアンの本などをつくってしまうなんて、感心してしまうが、ぼく自身どっちも好きだ。社長の今井さんが気に入ると、先頭に立って大胆な企画を一気にやってしまう。彼自身がカメラマンで、サイゴン陥落のときには現地に残ったそうだが、いまも自分の写真を雑誌に使う。レイアウトまでやっちゃうことも少なくないんだと、数年前にきいたことがあるが、いまはどうなんだろう。

目 次
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 写真/黄憲萬
   原型
   生
   神様

 the Culture of Choga(英語によるsummery)

 草家の仕組み/金鴻植

 民族の生活様式と「悲しい近代化」 
   消えてゆく草家に送る言葉/朴泰洵

 草家の儀式、その信仰と奉祀の世界/林在海

 写真作家の文/黄憲萬

この本は、なぜかamazonには出ていない。・・・なんて書いちゃったけれど、そういえば「ちょが」っていうんだから、「草屋」じゃなくて「草家」じゃないか、と思って本を見たら草家だ。amazonで検索したら、ちゃんと出ていました。

投稿者 玉井一匡 : October 4, 2006 12:45 AM
コメント

今日、夕方お電話した面接希望の井上です。

Posted by: 井上としみ : March 16, 2009 09:03 PM

わきたさん いまでは、もうやっていないことでしょうが、なきがらを焼いて骨にするのと腐らせてから骨だけを取り出して葬るというのでは、先祖にたいする思いのあり方に、あきらかに差があるでしょう。「歴史認識」の違いは方向だけでなくて深さもずいぶんちがうわけですね。

Posted by: 玉井一匡 : October 8, 2006 11:29 AM

玉井さん、こんにちは。草墳については、僕の知るかぎりでは、豊かな地域というよりも、離島のような地域に多かったように思います。実際に拝見したことは、残念ながらありません。やはり、実際に読んでみないとだめですね~。

Posted by: わきた・けんいち : October 8, 2006 09:34 AM

秋山さんにならって、エントリーの本文に目次を付け加えました。
上空からの写真は、「草家の仕組み」の章の最後にあるものですが、これだけはクレジットに Photographed by Song Yeong-hakとありますので、黄憲萬氏の写真ではないようです。

Posted by: 玉井一匡 : October 8, 2006 08:52 AM

わきたさん ぼくがキムチのカメの並ぶ写真と思っていたのは、水のカメのようです。おっしゃるように、完全に囲み込まれた中庭と、一部が開いている中庭とでは、MyPlaceのグラデーションにおける位置が全く違いますね。開いていれば、家族以外の人の場所でもあるけれど、ロの字型に完全に閉じられていれば、そこは家族だけの場所になってしまいます。説明によれば、中庭が完全に閉じている家はむしろ例外的のようです。19世紀に盗賊が横行した時代、防犯のために閉じたようだと書いてありますから、同じコミュニティの中の人に対して閉じているわけではないわけです。屋根葺き作業は、ほかの家族もいっしょにおこなう共同作業だったそうですから、コミュニティに対して閉じるということはなかったのでしょう。
沖縄や日本列島の農家と同じように、庭は収穫した農作物の加工やニワトリなどを育てるために使われる労働と生産の場所のようです。部屋の中に閉じこもって過ごす人は「オンドル直長」などと呼ばれて軽蔑されたという説明もあるくらいです。
この本の写真は、1970~1980代中頃で、写真集は1990年に韓国で出版されたことが明記されていますが、文末の解説は、内容からすると、今回の出版にあたって書かれたように思われます。屋根の改良運動に対する正面切っての批判などがあって、独裁時代に書かれたものとはおもわれないのです。(出版社に確認してみますが)写真集の撮影場所は、それぞれにクレジットがありますが、さまざまです。それぞれがどんな地域なのかという土地勘が、行ったことのないぼくにはないのきっと、意味を拾いきれないところがありそうです。
写真集の最後は、「草墳」というものの写真でしめくくってあります。家の屋根のミニチュアが小高い丘の地面に置かれているように見えますが、その名のとおり墓ですが、屍が腐るまでそこに安置して、骨だけをとりだして改めて葬式をするのだそうです。滅び行く草家の写真集の最後に、この写真をあえて選んだことは想像に難くありません。
この本は、多くのレイアの重なったもののようです。その伝えるものを理解するには、わきたさんやmasaさんの視点が知りたいところです。

Posted by: 玉井一匡 : October 8, 2006 08:38 AM

玉井さん、中庭の件ですが、あえて中庭をつくることが民家のデザインとして定着しているというところに興味があります。日本のばあい、土間などでおこなう作業を、この中庭で行うのではないかと思うのですが。伊礼さんの『オキナワの家』で紹介されているような、内と外とのグラデーションのような役割を果たしているのでしょうか。もしそうならば、それは、韓国の社会関係や近隣関係と対応しているのではないかと推測するのですが、はたしてどうでしょうか。注文できる体制にはなっているのですが、まだ未発注です。ところで、僕が一番最近韓国にいったのは2002年なのですが、そのときの様子を半分だけまとめています。もし、よろしければご覧ください。最近の韓国の農村の雰囲気が伝わればと思います。まだ、未完なのではやく仕上げなくちゃと思っているのですが、なかなかです。どんどん記憶が遠のいていきます・・・。
http://www.soc.ryukoku.ac.jp/~wakita/kankoku.htm

Posted by: わきた・けんいち : October 7, 2006 10:51 PM

わきたさん そう、たしかに草葺きの屋根がアフリカの集落のようですね。アフリカのいえは円形などの、完結した形態が多いですが、ここでも同じように一戸がかぎの手に延びていって四角で完結しているところが似ているのでしょう。日本の集落よりもアフリカに近いというのは興味深いですね。日本の住まいよりも壁が多くて、その点でもアフリカに近いかもしれません。
この本には、たしかにキムチのカメの並ぶ写真はあります。いま、ぼくは自宅にいて手元にこの本がないのですが、あとで事務所にいってから追加アップします。しかし、わきたさんのお書きになったようなニュアンスでのオンドルの記述はなかったように思います。この本がつくられた頃は、韓国ではまだ自由にものを言えるような状況がなかったのではないでしょうか、そういう個人的な生活の心情をしみじみと語るようなところはすくないように感じました。べつの見方をすれば、この本がつくられた背景となった時代と草家というものの、韓国文化における位置が分かるということでもありますね。

Posted by: 玉井一匡 : October 7, 2006 11:12 AM

玉井さん、こんばんは。僕の頭のなかでは、この草家の中庭で、オムニたちが、キムチをつける準備をしていたりする姿が浮かんできます。クリックして拡大すると、おそらくキムチの甕だと思うのですが、ならんでいるのが見えますね。ところで、さきほどのコメントで書き忘れましたが、この空からの写真を見ているとアフリカのコミュニティを連想しました。「これは、アフリカだよ」といわれると信じてしまいそうです。このような草家でも、オンドルでけっこう暖かいのですかね。そのような記述はありますか?「寒い冬に、暖かいオンドルのきいた部屋で、冷麺を食べるのがいいんだよ~」という話しを韓国人の友人から聞きました。

Posted by: わきた・けんいち : October 7, 2006 01:31 AM

わきたさん ぼくは、まだ韓国には行ったことがありませんから、韓国の集落の雰囲気が実際にはわかりません。だからなおさらなのかもしれませんが、この家たちの力強さは驚かされます。藁葺きや茅葺きの屋根は、ちょうどほ乳類の動物の毛並みとそっくりで、自然の理にかなっているのだと感じることがあります。草家の屋根は、日本の茅葺きよりも動物の毛並みに近いものが感じられますね。猫が丸まって寒さをしのぐ様子を思わせます。で、その猫がお腹のところに抱きかかえるのが、おっしゃる通り中庭なんですね。周りから雨や雪が集まっちゃわないかな、なんてこともちょっと心配になりますが、いえそのものが、人間と一緒に暮らす仲間のようですね。

Posted by: 玉井一匡 : October 6, 2006 11:26 PM

玉井さん、こんばんは。masaさんもお書きになっていますが、空からの写真、迫力ありますね~。まんなかの部分、穴がみえますが、おそらくは中庭でしょうか。僕は、韓国は3回行っているのですが、このような草家の農家を見ることはありませんでした。一番最初に韓国にいったのは、16年前。ということは1990年ということになりますね!!そうか、出版された年だったのか。僕も、この本、購入するとにします。

Posted by: わきた・けんいち : October 6, 2006 11:01 PM

上空からのこの写真は、すごみがありますね。しかし残念なことに、これ一枚しかありません。特別な写真のようです。すでにこのころ、こういう写真が撮れるところはところは、ほとんどなくなっていたのではないでしょうか。
三匹の子豚のお話のように、わらの屋根のいえに住んでいるということを、恥ずかしいと思われるようなところがあって、ますます草屋が減っていったのでしょう。

Posted by: 玉井一匡 : October 5, 2006 08:36 AM

草家という言葉もあるんですね。この本、とても興味を感じます。下の俯瞰した写真ですが、とても力を感じます。先日、「日本の凸凹」という本が出版されましたが、そのなかで、赤色立体地図というものが紹介されています。その地図は、地表という皮膚を剥がしたような描写になるのですが、下の写真に、それと同種の異様・畏怖といったものを感じます。ちょっと高価ですが、入手しようか…と思います。

Posted by: masa : October 5, 2006 01:01 AM
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