October 01, 2006

としょかん と もんしぇん:おわりとはじまり

 9月は30日までしかないことに気づき、MyPlaceの更新が10日にしたきりになっていたことも思い出してあわてたのだが、結局10月になってしまった。
 この週末、9月29日には「もんしぇん」の一角座での上映が終わった。ブログ仲間のたくさんの方々が「もんしぇん」のことをいろいろと書いてくださり、そして映画やPsalmのライブを見てくださった。さらにまた、改めて映画のことをエントリーしてくださったりチケットの販売まで協力してくださった。応援団も結成された。ほんとうにありがとうございました。辛口をもって鳴る諸氏も、補助輪を外したばかりの自転車乗りには、まずは拍手を送って激励してくださった。ぼくも応援団の一員でもあるけれど感謝にたえません。
 ちょうど、「もんしぇん」の上映が終わった日に先立つこと一週間。9月22日には、基本設計をした小規模な図書館+ホールが自治労からヴィエンチャン市に引き渡された。建物の工事が終わったとは書きたくないのは、図書館が、さまざまな意味でままだまだ未完。ようやく動き始めたところで補助輪は外せないからだ。
写真は、図書館の入り口に張り渡された花たち。引渡式でビエンチャン市長がいらしてテープカットをするというから、ぼくは布のテープを想像していたのだが、行ってみると入り口には花のテープが張ってあり、花屋さんが飾り付けをしているところだった。

 この図書館には、まだ本が十分にはない。ラオ語で書かれた本は年間の出版点数が50から60といわれる国だから、多くの図書館員さえ、図書館とは何かをあまり体験していない。建物は必要最小限しかこしらえていない。いずれも、資金がたっぷりあれば、形の上でははじめから解決できる問題かもしれない。しかし、出版とは何か図書館とはなんだろうということから出発して、これから構築しようとしている。しかも、ラオスの子供たちは本を求めている。現在のメディアは、そうしたラオスの状況を、むしろアドバンテージにしてしまえるところにあるのかもしれないと、ぼくは思う。
 本が少ないから、本棚には、背表紙ではなく表紙を正面に向けてならべてある。おかげで本の顔がよく見える。建物と本が手渡されたが、開館はまだ3ヶ月先に予定されているので、隣にあるヴィエンチャン高校、中学の生徒たちは、昼休みには図書館に興味津々で窓の中をのぞきに来る。
「子供のいえ」へ放課後にやってくる子供たちは活気にあふれている。利用者も図書館員も、図書館とは何なのかさえ、まだわからない。情報というものならインターネットによって得ることができるし、本そのものもインターネットで読むことができるようになろうとするこの時代に、図書館の概念をつくることからはじめるのだから、固定観念から遠い彼らはむしろ自由に時代の変化に適応できるだろう。子供たちは、知的好奇心と適応力のかたまりなのだ。

もんしぇんは、作り手のひとりが天草の海をおとずれてその語りかけるものを映画というかたちに表したいと思いつづけ、さまざまな力を蓄え、少しずつ共犯者を増やし10年もの時間がかかったが、その間に世の中では映像を伝える技術がめまぐるしく変化した。時間も空間も遠まわりをしてつくられた小さな映画そのものは、デジタル技術からもっとも遠いところにあったのに、劇場公開と同じ日にウェブ上からダウンロードして映画を買える、日本で初めての映画に「もんしぇん」はなった。さまざまに宮崎駿から学んだろうが、「映画は、ひとこまごとの間に闇がはさまれていることが大切なんだ」といわれていたことも、その重要なひとつなのだと思う。その理由をどう説明されたのか、ぼくはよく知らない。だが、それはこういうことだろうと思う。映画のフィルムは1/24秒ごとに点滅して静止画像を映し、くりかえしくりかえし残像として人間の記憶の奥に刻み込み、ときにそれらが意識の表に浮かび上がってくるのではないか。アニメーションを作るひとは画像の一画面ごとを丁寧につくってゆかねばならないから、ことのほかそのことに意識的であるにちがいない。
 一冊の本とスクロールして画面で読まれる情報の違いを、ぼくたちはどうしても感じないではいられないのだが、それはぼくたちの育った時代のせいではなくて、映像の場合のように記憶の蓄えられ方がちがうからなのではないだろうか。

そんなことを考えると、本と映像というふたつのメディアの、誕生に近いところに接することができたのは、幸運なことだったと思う。

投稿者 玉井一匡 : October 1, 2006 11:59 PM
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