October 22, 2006

ゴムのカボチャ

 先月行ったビエンチャンの最終日に「カイソン記念館」に行った。ラオスの独立は1975年、ベトナムのサイゴン陥落の数ヶ月あとのことだ。ベトナム戦争のときにホーチミンルートとよばれた補給路は、ラオスを経由してハノイと南ベトナムを結んでいたから、ベトナム以上の爆弾を落とされたという。いまでも国土の80%に不発弾があるので、土木工事をするときにはまず不発弾をさがしてから取りかからなければならないのだと、土木エンジニアのアポロ君が教えてくれた。ベトナムと同じように、フランス→日本→アメリカと、ひとつ撃退すればまたひとつ、次から次へとやってくる招かざる客をあいてに戦い続けたラオスの独立戦のリーダーで、独立後に大統領になったのがカイソンだ。この国はおだやかで、あまり国家権力が強くなさそうなところがいいなと思っていたが、巨大な銅像が建っていて、やはり社会主義の国だったのを思い出させる。けれどそれでもどこか金正日の像とくらべればユーモラスに感じるところがあるように思う。「面白いものがあるぞ」と若井が言うのでついていくと、前庭の端に、なにやら黒くて大きなカボチャのようなものがある。

フタを上にあけてみると、カボチャはゴミ箱なのだった。さらによくみれば古タイヤで作られている。本体は、タイヤを切ったものを裏返しにして後ろでつないであるようだ。四本の脚、フタ、取手、台座、どれもがすべて古タイヤで作られている。だれが考えついたものなのだろう。それまでは気づかなかったが、町をクルマや三輪車で移動していると、ところどころに、これと同じものが置いてあった。ビエンチャン市またはラオスの標準デザインのようだ。カボチャはカンボジアから日本にきたものだったとか、シンデレラの馬車になったのがカボチャだったのはカボチャと乗り物のあいだになにか関係があるんだろうか。
そういえば、木のスポークのついた荷車の車輪をふたつに切って背当てにしたベンチを見たことがあった。沖縄でも、米軍の飛行機の翼の先端についていた燃料タンクを縦に二つ割りにしてボートに改造してあるのを博物館で見たことがある。のりものというのは子供が好きなのは想像力を刺激するところがあるからなのかもしれない。
新しい町はたいくつだし、近代的な大きなホテルはちっとも面白くない。どこに行っても変わりばえがしない。それにひきかえ小さなホテルや古いものの再利用は、それを見るぼくたちの想像力も豊かにしてくれる。

投稿者 玉井一匡 : October 22, 2006 05:19 PM
コメント

masaさん トラックの部品の再生という点では同じですが、masaさんご愛用のFREITAGには、美しさでもちろん及びもつかないけれど、本当によくできていますよね。フタをとつけた写真や中の写真、町角に置いてある写真などをちゃんと残しておかなかったのはすこぶる残念です。記録写真として不十分でした。

Posted by: 玉井一匡 : October 29, 2006 11:57 AM

脚・台・把手と、どれをとってもうまくできていて感心します。もしや、廃物利用のバッグ「FREITAG」は、これを見て発想したのでは?と思いたくなるようなごみ箱ですね。

Posted by: masa : October 29, 2006 03:17 AM
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