November 12, 2006

吉原御免状


吉原御免状/隆慶一郎/新潮文庫/700円
 時代小説の話をしていたら隆慶一郎を読んだことがあるかときかれた。読んだことはないというと、まずはこれを読んでみてとすすめられた。題のとおり吉原を舞台にした小説だから、まさかその人から吉原の小説をおもしろいと言われようとは思わなかったので、そのことにまず興味を抱いた。なにしろ彼女は、DV(ドメスティックバイオレンス)被害者を救済するシェルターの全国組織で事務局長として活動しているひとなのだ。かつて、救世軍がシェルターとしての活動もしていたことがあったそうだが、それは遊郭から足抜けした女たちを守るためだったはずだ。
 かつて人形町のあたりにあった吉原を、明暦の大火のあとに日本堤の近くに移して新吉原がつくられた。その成り立ちを経にした波瀾万丈の小説で、吉原のまちの構成についても、むろんそこでのしきたりや暮らしについても、池波正太郎の小説がそうであるように、すこぶる丁寧に書かれている。・・・・・面白い。

 新潮文庫には紐のしおりがついているのが、ぼくは好きなんだが、この本はそれだけでは足りない。吉原の地図が書かれたページがふたつあるので、それぞれに付箋を貼り、先を読み進みたい気持ちをかかえながら、なんどもそれを開く。吉原と、その近辺の江戸のまち歩き、とはいえ登場人物はいのちがけのまち歩きをする。ぼくの方は、そのうえにときどきgoogleマップを開いては、吉原の現在とつきあわせて街路がそのまま残されていることを確認してみる。
Kagemusha.jpg作者の隆慶一郎は、黒澤明の「影武者」の原作である「影武者徳川家康」や、今村昌平の映画「にあんちゃん」の脚本など(本名・池田一朗で)を書いた人だ。吉原というところは、売りとばされ、あるいはかどわかされた女たちにとっては地獄のような場所で、そこからの脱出を企てた女が捕まれば死ぬほどのリンチを加えられるのだとぼくは思っていたし、おおかたはそう考えいているだろう。ところが、吉原はそうじゃないんだというところから、この本は出発している。じつは、吉原は女たちのためにつくられたと。
家康にはもうひとり影武者がいたんだという、おおいにあり得る設定をして、この作者は影武者の物語と日本の歴史を構築したように、吉原の成り立ちのわけをすっかりひっくり返した設定でこの小説をはじめる。
だとすれば、かつて博打うちや白拍子などの移動民も一種の技術者あるいは芸能とされていたのだという網野史観と通じている。吉原は地獄どころか、むしろ女たちにとってアジールだったという、まったく正反対の価値観から出発しているのだ。これをはじめとする意表をつくさまざまな設定を歴史的な事実とつきあわせて、それらがみな符合する世界を構築する。その力業と緻密には、文句のつけようがない。あくまでこれはフィクションであることは言うまでもないが、この小説の世界では花魁たちがたとえ悲劇的であれ、だれもが主体的に生きている。
「影武者徳川家康」も読まずにはいられなくなった。

投稿者 玉井一匡 : November 12, 2006 12:52 AM
コメント

 おがわわらさん コメントをありがとうございました。いまさらなんてとんでもない。時間が経ってから発掘していただけると、立体的なデータベースとしてのブログの価値を再認識します。秘伝の声をお書きになった方ですね。
 池波正太郎といい隆慶一郎といい、コンピューターでいえばサードパーティー、読者にああいうものをつくらせてしまう魅力があるのですね。彼らは、できごとや空間の背景をしっかりと描いているから、現代に投影して考えられるのですね。
一夢庵風流記も読みました。痛快でした。

Posted by: 玉井一匡 : March 23, 2007 11:21 AM

どうもこんにちわ。
Google で昔ワタクシ達が書いた本を検索したら引っかかったので、お邪魔させていただきました。
いまさらですみません。

「吉原御免状」「かくれさと苦界行」面白いですよねー。
隆慶一郎は小説家への転身が遅かったので、完結している作品が少ないのが残念なところです。
「かぶいて候」なんて面白くなるところで終わっちゃうんだもん。

隆慶一郎がお好きなら、安部龍太郎なんてどうでしょう。
「血の日本史」「彷徨える帝」「関ヶ原連判状」あたりはきっと面白くお読みいただけるかと思います。
既読でしたらすみません。

それでは!

Posted by: おがさわらなるひこ : March 22, 2007 11:52 PM

すーさん コメントおそくなってごめんなさい。ぼくは、その後「かくれさと苦界行」と「一風庵風流記」を読みました。権力や組織に納まることのできない痛快な人物がいいですね。まだまだたくさんあって楽しみです。

Posted by: 玉井一匡 : January 8, 2007 07:33 PM

通りすがりに失礼致します。
僕も「吉原御免状」から隆慶一郎にはまりました。
その後、手に入る全ての作品を読破するまで、半年もかからなかったような気がします。短い話も好きですが、長編になればなるほど読み応えがありました。
早くに亡くなったので、未完の作品が多いのが残念です。
「影武者徳川家康」は黒澤明の映画「影武者」とは違う話ですが、こちらも映画で見たかったと強く思います。

Posted by: すー : January 6, 2007 08:06 PM

fuRuさん 現世に、ようこそおかえりなさい。

Posted by: 玉井一匡 : December 16, 2006 10:55 PM

先ほど、読了いたしました。
吉原が生き生きと描かれているのが良かったです。
取り急ぎご報告まで。

Posted by: fuRu : December 16, 2006 08:46 PM

iGaさん RPGってロールプレイゲームですよね。ざっと目を通してみるとなかなか充実した資料で、表紙はシナリオのようだが誰が何のためにつくったんだろうと思いました。「プレイ」するなんて言われると場所が場所だけにアブナい世界なのかとも考えられなくもないなんて、思ってちょっと調べたら、分かってきました。RPG「秘伝の声」を好きな人たちが当時の背景を調べたということなんだ。そう分かってもういちどiGaさんのコメントを読んだら、ちゃーんとそう書いてあるのだが、「秘伝の声」ってどんな声なんだと思ってしまったことに間違いがありました。もともとは同名の池波正太郎の小説なのですね。
と、わかったところで、ゲームの説明のところをのぞいてプリントしてから安心して読んでみます。

Posted by: 玉井一匡 : December 6, 2006 02:26 PM

こんなもの見つけました。 「吉原御免状」を時代劇RPGで愉しむ為の解説書らしいです。PDFで100頁以上、828kbありますが、必要な箇所だけプリントすれば御免状ミニダイブの資料に最適です。
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◆ 「吉原御免状」

世界に類を見ない格調と伝統を誇った幕府公認の遊郭吉原。
その吉原を舞台に松永誠一郎と柳生による「吉原御免状」をめぐる抗争。

本書は隆慶一郎氏の著書「吉原御免状」の世界を「秘伝の声」の世界でプレイするための増補版です。

内容は三部構成で、(1)新吉原を中心とした吉原の詳細の説明、(2)隆慶一郎氏の独自の世界の解説、(3)吉原御免状の世界を「秘伝の声」でプレイするためのルールの補足に分かれています。

未完に終わった「吉原御免状」。
あなたの手で完結させてください。
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http://home.att.ne.jp/sigma/naruhiko/Hiden/PDF/yosiwara.pdf

Posted by: iGa : December 6, 2006 11:45 AM

隆慶一郎わーるどというサイトを、tacがみつけました。
http://www.ikedakai.com/
デザインを見るとちょっと安っぽいが、それには目をつぶって「用語の解説」などを読むと、引用の原典もきちんと書いてあるし、おもしろい。
「小説家隆慶一郎(脚本家池田一朗)ファンのためのホームページ 」とされていますが、池田一朗(本名)のシナリオ教室の生徒(というには、みなさん熟成しておられるようだが)だったひとたちによって作られているそうです。

Posted by: 玉井一匡 : December 5, 2006 02:43 PM

fuRuさん ようこそ。うふふ。吉原のはなしではあるけれど、遊び気分のやつはほとんど出てこない、じつはなかなか硬派のお話なのです。実に面白い、なんて言われて期待しすぎるといけないから、ほどほどに誉めておきます。この本と現地調査によって、想像力は空間へ時間へ妄想へと、限りなく広がってゆくのであります。

Posted by: 玉井一匡 : November 27, 2006 04:33 PM

私めも、遅ればせながら
注文しました。
いまから楽しみです。
でも、吉原御免状ごっこのお仲間に入れていただきたいだけだったりして。

Posted by: fuRu : November 27, 2006 11:41 AM

masaさん はい、仰せの通りですね反省しています。しかし、こいつはウチにきた時からのことで、そのうちに直るかと思っていたのだけれど、むしろ症状は進み、画面が黒くなってしまうことさえおきるようになったのでした。クイックガレージがこんなに時間をかけるのは初めてのことで、もう二回も電話をしてしまいました。
ところで「みせすががき」ありがとうございました。とてもはなやかなものですね。吉原のおもての世界が偲ばれます。三味線の師匠を母に持った友人が、小唄をCDに焼いては持ってきてくれるので、もう10枚ほどになりましたが、この一節で長唄への興味がわきました。
masaさま、当方にご来駕のおりには、小唄をお聴きくださいまし。

Posted by: 玉井一匡 : November 21, 2006 11:48 AM

玉井さん、また、お壊しになられましたね…とは申しませんが(^^;、玉井さんの身辺に置かれるモノは、どうも壊れる確率が高くなっているように思えてなりません(^^;(^^;
しかし、この物語は、23日のアースダイビングをより興味深いものにしてくれました。そういう意味でも、ご紹介くださり、ありがとうございました。

Posted by: masa : November 21, 2006 04:33 AM

AKiさん、masaさん ぼくは置いてけぼりになりそう。iGaさんも御免状を読み始めたそうです。「かくれさと苦界行」は、ぼくはまだ読んでいない。さっそく、あした買って来て読むぞ。masaさんは長唄にまで突入とは、恐れ入りました。・・・・・・23日に聞かせてください。
関係ない話ですが、ぼくのMacbookは入院して、もう10日になってしまいました。ディスプレイのバックライトが、ときどき石原慎太郎のチックのように神経質に明るさが変わるんです。いまだ原因の特定がされないようなんです。

Posted by: 玉井一匡 : November 21, 2006 12:55 AM

あれ、cenさんもaiさんも!と驚いていましたら、なんとAKi隊長まで…。首代(^^;である僕は、すでに「かくれさと苦界行」を通過し、長唄全集「吉原雀」で「みせすががき」を聴いております(^^; iPodに入れて、アダイ時に持参いたします。

Posted by: masa : November 20, 2006 11:25 PM

玉井さん、推奨となれば、これは読まずにいられません。
というわけで、Amazon に注文し、手に入った途端に読み出してしまいました。クロスワードパズルの齣が一つ一つはまって、その全貌が明らかに.......やぁ、大変面白く読みましたです。
早速、続編と言われる「かくれさと苦界行」を注文しました。

Posted by: AKi : November 20, 2006 11:11 PM

aiさん ほんとに面白かったですね。時代小説の醍醐味は、共通の知識として、だれもがすでに知っている出来事や時代背景を、それらの見方を変え関係を組み替えるだけで、すっかりあたらしい世界像をつくることができるのだと実感させられました。
ところで、私こそ誤字脱字が大の得意です。「峰」は、ぼくの間違いです。masaさんはそれにつられちゃったんでしょう。「隆」が正解です。masaさんにもごめんなさい。ぼくのエントリーもmasaさんのコメントも訂正しました。しばらくしたら、aiさんのおおせのとおり、aiさんの訂正コメントは消去します。

Posted by: 玉井一匡 : November 20, 2006 12:59 AM

誤字脱字は得意ですが、峰慶一郎という人とは別人ですよね?!
本文後半とmasaさんのコメントに書かれています。
このコメントは後で削除してください~。

Posted by: ai : November 19, 2006 05:44 PM

隆慶一郎という人、不覚にも気が付いておりませんでした。masaさんが読後感想を書き込まれておりしも私も読み始めておりました。cenさんも読みますyo・・・と。
一言面白い・・・しばらくぶりに歴史小説を堪能しました。家族に廻しましたので次の本を買って帰ろうと考えているところです。ご紹介ありがとうございました!!

Posted by: ai : November 19, 2006 05:40 PM

cenさん 面白い、そして幾重にもレイアの重なった小説。読んでください。masaさんが「みせすががき」というのを聴きたくなったと書いていらっしゃいますが、Googleで「みせすががき」を検索したら5320も出てきました。「見世清掻」と書くんですね。
5320のうちのひとつ、松岡正剛の「千冊千夜」でもこの本を取り上げていて、べた褒めです。「いやー、参った。唸った。」で始まって「この作品を明日にでも読み始めることを「千夜千冊」の読者にもなんとしてでも強要しておくことにする。」で終わっています。
しかし、この本を読む前に松岡のBlogを読むのはやめた方がよさそうです。ストーリーを書き過ぎなのだ。いちおう、アドレスを書いておきますがね。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0169.html

Posted by: 玉井一匡 : November 18, 2006 06:11 PM

遅ればせながら、失礼いたします。
僕も読んでみようと思います、masaさんのようなスピーディさはありまcenが、近いうちに必ず…yo。

Posted by: cen : November 18, 2006 10:07 AM

masaさん 現実には、どちらの立場に立つかは、ひとりひとりの人間次第だったのかもしれません。しかし、制度やしきたりではどういうことになっていたのか、それが知りたいですね。

Posted by: 玉井一匡 : November 16, 2006 05:26 PM

はい、玉井さんにコメントいただいたこと、よく憶えています。「旧花街には軽々しく足を踏み入れてはいけない」と、漠然と感じていたのですが、玉井さんにいただいたコメントを読み、その思いがより強くなり、かつ、朦朧としていたイメージが像を結びはじめたのを憶えています。しかし、事実、例えば「震災時に、女たちが紐で結ばれていた」という事実ひとつとっても、それが、逃亡阻止のためなのか、避難誘導するためなのか…解釈ひとつで、意味が180度異なってきます。興味深いことですが、非常に難しいことですね。

Posted by: masa : November 16, 2006 03:02 PM

masaさん 奇想天外荒唐無稽な設定でありながら、その世界にすっかり没入させる説得力がすごいですよね。
この本を読みながら、僕は、あることを思い出していいました。以前に、kai-wai散策の「吉原の幻」というエントリーで、空襲で焼けた吉原を復興させたトビの頭の話がありましたが、逃げ出した女たちを捕まえるのにも協力したかもしれないなんて、ぼくは言ったことがありました。そのことを思い出したんですが、憶えてます? この本はそれとはまったく別の視点に立って書かれているのを、半信半疑で読み始めたのでしたが、いつのまにか引き込まれてしまいました。
kai-wai散策のエントリーはこれです。
http://mods.mods.jp/blog/archives/000730.html

Posted by: 玉井一匡 : November 16, 2006 09:11 AM

さっそく読んでみました。もう一気に読まされてしまう…という感じです。凄く面白いです。ストーリーは、奇想天外ですが、書かれた歴史から書かれなかった部分を読み取り、それを基に構築されていますので、実に説得力があり、それがまた、読む側を引き込みます。
それだけではなく、はじめて江戸を歩き、「山の生きものたちのほうが、ずっと、静隠で、気品がある」と感じる主人公が、最後には、「こんな素晴らしい獣たちのために、喜んで修羅に落ちよう」と決意するに至るまでの心情の変化が、なんともしっとりと、しみじみと描かれています。そもそも、これにもヤられました。
ところで、文中にでてくる「みせすががき」という三味線の曲、ぜひとも聴いてみたくなりました。
隆慶一郎という人の作品、つづけざまに読んでしまいそうです(^^; ご紹介ありがとうございました。

Posted by: masa : November 16, 2006 04:32 AM
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