December 12, 2006

江戸の誘惑


先日のシトロアンネットの集まりで「ぼくは都合が悪くなって行けなくなったから、明後日までだがこれに行かないか」と五十嵐さんが封筒を取り出した。江戸東京博物館の「江戸の誘惑」である。2枚あったチケットをとなりの関根さんと山分けした。ぼくがありがたく誘惑されたのも、それが吉原の誘惑だったからだ。博物館にしては気の利いた外題だが、ボストン美術館の肉筆浮世絵でビゲローコレクションといわれるもので、明治初期にモースの日本に惹かれてアメリカからやってきたウイリアム・スタージス・ビゲローなるひとが寄贈したのだ。ビゲローは、フェノロサのもとで日本の美術品の保存修復につとめ、フェノロサがあまり重視しなかった浮世絵を蒐集し、それを後年ボストン美術館Museum of Fine Arts, Botonに寄贈したという。あまりに数が多く、大部分が手つかずだったものを1997年から日本の研究者の調査も行われて700点ものコレクションであることがわかったのだそうだ。

ビゲローがいなかったら、フェノロサにさえ顧みられなかった浮世絵たちは、とうに焚きつけになっていたかもしれない。伊藤若冲も、やはりアメリカのプライスコレクションがなければ、ぼくたちは見ることができなかったかもしれない。東アジアへ「進出」したアメリカの恫喝で開国した国の廃仏毀釈や西欧化のおかげで吐き出されたものが個人の眼と奮闘のおかげで残されたのだから、思いは複雑だ。
 それは吉原という世界そのものにも通じるところがある。美しくはなやかで教養もある女たちでつくられた別世界である吉原、男ばかりのきらびやかな芝居でもうひとつの別世界をつくった歌舞伎、江戸の洗練された文化をこの「江戸の誘惑」が見せてくれるのだが、一方には、女たちの悲惨な生活や農村での苛斂誅求、河原乞食とさげすまれた芸人や賤民の世界が背景にある。しかし、因果なことにそういう暗さがあってこそ、この華やかな世界は魅力と凄みを増すのだ。
 「吉原御免状」を読んでいるうちに描くようになった町の空間と生活のイメージを、浮世絵で具体的に肉付けできたことがすこぶる楽しかったし、北斎の娘・葛飾応為の一枚だけあって「三曲合奏図」という絵は、alpsimaにエントリーされたのを見て初めて知った「吉原格子先の図」でもそうだったように、あきらかにほかの絵とは異なる独自のものがあって、彼女が特別の才能の持ち主であることを再認識させる。
同じチケットで、アラーキーの写真展「東京人生」も見られるのに、時間の余裕がなくて出直さねばならず後ろ髪を引かれた。見返したところで柳があるわけじゃあないが、アラーキーには毒と華やかさが雑居している。その雑居のかねあいのほどは吉原というよりは岡場所のようなものかもしれない。

追記
iGaさんのコメントで、若冲のコレクターであるプライスは、フランク・ロイド・ライトの設計したプライスタワーという小規模な塔状のビルのオーナーの子息だったことを、ぼくは知りました。現在はプライスタワー・アーツセンターとして使われているようです。これが、そのホームページです。ここにはレストランや宿泊設備もあるようですから、ぼくたちも泊まることができるわけです。このサイトには、実現した唯一の、ライトによるSkyScraperだと書かれています。今の基準で言えば、「空を削る」というほどの高いビルではありませんが、数値としての高さではなくプロポーションや低層部との構成のしかたはいかにも空をめざしているようであるし、このビルの立ち姿はライトの好んだタチアオイを思わせるところもあって、いかにもライトらしいデザインだと思います。

投稿者 玉井一匡 : December 12, 2006 08:58 AM
コメント

iGaさん ふーん、アメリカの金持ちってやつは、どうも今の日本の金持ちより程度がいいのがしゃくですね。もっとも、モーターサイクルダイアリーズを主演した俳優のインタビューで、チリの鉱山でインディオをこき使って搾り取っていたのは、グゲンハイムの会社なんだと言っていました。ここにも、オモテとウラの背中合わせがあります。

Posted by: 玉井一匡 : December 13, 2006 11:52 AM

息子・プライスはライトに連れられて行ったN.Y.の画廊で若冲の絵に出会ったらしく、一晩か二晩悩んだ揚げ句、卒業祝いの自動車の代わりに若冲を買ったと云うエピソードがあるみたいです。

Posted by: iGa : December 13, 2006 11:04 AM

iGaさん ありがとうございました。やはりそうでしたか。プライスは、きっとプライスタワーのオーナーに違いないと思って、以前にもインタ−ネットで調べてみたのですが、ぼくには証拠がみつけられませんでした。サイトをちゃんと読めば書いてあるんでしょうね。奥さんは日本人ですね。ライト自身が日本の美術のなかなかのコレクターで、仕事のない時期にはそれを売って喰いつないで乗り切ったという話がありますね。杉本博司も売れない時期は日本美術を売って稼いだそうだし、売らずにコレクションを残してくれるひとのところにあったのはありがたいことだったわけですね。

Posted by: 玉井一匡 : December 13, 2006 08:35 AM

「吉原御免状」で関心が高まっていた時だけにチケットが無駄にならずに良かったです。そういえばビゲローの写真を見て、名古屋で「江戸の誘惑」を開催したときにNHKの日曜美術館で特集していたのを思いだしました。
プライスコレクションのオーナーはライトが設計したプライスタワーのオーナーの子息で、ライトの影響で日本美術に開眼したと云う事です。

Posted by: iGa : December 13, 2006 01:47 AM
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