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昨夜、かきのきのくらさんから、こんなメールをいただいた。ぼくがお願いしたので、お雑煮の写真が添付してある。
「お雑煮の写真ですが、いざ撮ろうかなと思ったら、母が『ネギだけじゃ恥ずかしいから、菊と三つ葉を入れちゃおう』ということで、若干見栄はり石川雑煮です。
少しピンボケで、すいません。」
さらに時をさかのぼる昨日1月4日の昼過ぎ、「わがやのお雑煮大会:三日目に」のエントリーにこんなコメントが書き込まれていた。
「遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
さて、わが実家(石川県加賀)のお雑煮ですが、
これが実にシンプルというかわびしいというか…。
まず、昆布で出汁をとった鍋で餅(丸)を煮ます。
それとは別の鍋でスルメと昆布と醤油で汁を作ります。
あとはそれらをお椀に入れて、
刻みネギを散らすだけ。ただそれだけ。
すうどんならぬ、す雑煮。
なぜ、このような質素な具材なのかは、
いろいろとリサーチしましたが、不明。
飽食の時代に流されるな、というメッセージを噛みしめろ!
という勝手な解釈をしながら美味しくいただきました。
まさに、わが実家に欠かせない、お正月清貧です。」
そもそも、かきのきのくらさんは「おにぎりとおむすび」のエントリーに、石川県のご実家のお雑煮についてのコメントで、「我が家の雑煮バトル大会」に石川県代表として参戦します」と、こんなぐあいに予告された。
「『わが家のお雑煮話し』をすると、
口の悪い友人は『ひょっとして、小さい頃、ビンボーだった?』
と言われるくらい、シンプルというか、とても質素です。」
ということだったから、ぼくは興味津々でレポートを待った。くらさんはブログをつくっていらっしゃらないから、メールが届いたら、このブログにエントリーしようと思っていたのだ。母上のご努力の結果から、三つ葉と菊の花びらをとり、お椀の下に敷かれた南天と松の葉を取り去った状態は容易に想像がつく。焼き物も塗り物も、日本で屈指の産地であり、海産物は豊かであるはずの地なのに何たる質素。どういうわけなのだろう。
母上の「見栄」も微笑ましいが、なにもない雑煮の潔さが、僕にはここちよい。
追記:1月8日成人の日に、初めて加賀雑煮をつくった。ダシと餅だけで勝負するだけに、加賀雑煮はむずかしい。前日から昆布とスルメを水に冷やかしておいたダシには鰹もアゴもつかわない。ただ、酒は少し入れてわずかに醤油を落とし、最後に青い葱を散らした。
いささかも貧しくはない、ストイックでむしろ気高い雑煮かもしれない。朝早く起きたので、家族が起きるのを待たずにぼくはひとりでつくりひとりで食べた。この雑煮には、その方が相応しい気がしたのだ。
これからも、ときどき挑戦してみたいと思う。
そのあとしばらくしてから、スーパーが開店してすぐに新潟雑煮の材料を買いに行った。東京ではまだつくっていないのだ。それに新潟でも自分ではつくってはいない。小松菜の一把、蒲鉾の一本、鮭の切り身一切れが百円均一になっていた。イクラの小さなパックだけは300円を超えたが、大根はうちにまだあるし、松もあけたあとの雑煮もいいもんだ。餅の上につゆをかけるスタイルにした。すこし、わがやの伝統から逸脱したが、新潟のご近所でもそうやっているところもあるそうだ。
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iGaさん 「そうかね」って、その典型のようですが、相づちというものはネイティブ同士であればお互いさまだから、どんなに荒っぽいことばであろうと横柄にはならないのだが、いったんその外の世界のひとが相手になると、むこうはそんな言い方をしないから、一方的に横柄に聞こえたりけんか腰に聞こえたりしますね。中華思想に浸っていると、そとの世界の人の気持ちなんて斟酌しないから、内輪の話しぶりをそのままやっちゃうんだ。
Posted by: 玉井一匡 : January 8, 2007 06:10 PMm-louisさん
うちのおやじは、まわりのひとが「すごい!」なんて感心するとますます勢いづいてしまうところがありましたから、どこかから先は、うまいと思って食べたわけではなかっただろうと、ぼくは想像しています。いわゆる「そば通」のように、「あまり具をたべずに、柔らかくにた餅をちょっとだけ汁につけてつるりと呑み込むんだ」なんて言っていました。
餅と出汁と器で勝負する素雑煮は、おっしゃるように魅力的です。
古山さん 乱入ありがとうございます。構成を明らかにするためでしょうか、主役たちがお椀を背にして手をつないでいるようなレイアウトに少なめのおつゆですね。
さらに、桃色の餅というのもちょいと風変わりだし、鰹節を上に散らすというのも特異なありようであるところをみると、これは地方を反映するよりは古山さんから生えてきた雑煮というべきなのでしょうね。
で、この記述は、外国人に日本の正月になにを食べるかをつたえるためのもののようですが、正月におでんというのも珍しいと思ったがこれは暮れの名残。うわさの黒はんぺん、数年前に話をききましたが初めて見ました。
>古山くん
>駿府の人はおでんを良く食べます。
そうかね、高木さんも「おでん」には子供のような反応してましたね。
駄菓子屋で買い食いする感覚で、「おでん」で小腹を満たすのが駿府の人。
註:そうかね
駿府の人の口癖、ネイティブは意識せずに話しの相槌に使うが、他県の者からは「横柄」に見られる。頭から二つ目の音節にアクセントを置くのが駿府の言葉の特徴。(後ろから二つ目の音節にアクセントを置くのがイタリア語、偉い違いだ。)将軍様の隠居所故の気位の高さから派生していると思われる。
またしても、脱線してしまいました。m(__)m
明けましておめでとうございます。
正月明けから妻の実家に帰省していて、ご挨拶がすっかり遅くなりました。
さすがにもう正月雑煮を食べてる方も少なくなってる頃でしょうか(ちなみにうちの今日の昼飯はパンと焼いた豆餅でした)。
玉井さんのエントリーはさすがは米どころの企画主催者だと思いたくなるものばかりでしたが(特にお父様の食べた餅の数にはビックリ)、そうした中でのこのエントリーはさらなる驚きを禁じ得ませんでした。まさに武士道そのもの。
ところで「すうどんならぬ、す雑煮」を読んでて、よく讃岐系うどん屋で105円すうどんを食べる自分としては、105円す雑煮ってのがあったらこれまた嬉しいのにな〜とつい思ってしまいました。
神々しい話に正月からちょっとバチ当たりですね(笑)
お正月に食べたもの
お雑煮
http://ja.trekearth.com/gallery/photo547308.htm
数の子
http://ja.trekearth.com/gallery/photo548048.htm
おでん
http://ja.trekearth.com/gallery/photo548767.htm
以下
飯鮓
猪肉
と続きます。
駿府の人はおでんを良く食べます。
私はこれ、江戸から来たものではないかと思います。
それも慶応4年、江戸がバクダッドだった時に駿府へ
避難して来た難民によってにもたらされたのではないかと、
iGaさん ありがとうございました。とても明快に正月のそなえものと料理を説明した文章ですね。疑問さえ抱かなかったことがよく分かるようになりました。
暖房がよくなってカビが生えるからか、いつのまにか鏡餅はパックされてしまい鏡を重ねたものとは言いがたい。かつては鏡開きのころには、鏡餅は勝手にひび割れていたから切らなくてもすみましたが、パック鏡餅は切ることができるくらいの柔らかさです。wikipediaによれば、鏡開きは武家の嫌う「切る」ということばを開くと言い換えたというのだから、包丁できってはいけないものだったとか。
今日の東京新聞・日曜版に食文化史研究家の永山久夫氏による「もちには神様が宿っている」と云う文章が掲載されてました。
『子どもたちにとって、お正月の楽しみはなんといってもお年玉でしょう。
もともとは「歳魂(としだま)」の行事からきたもので、昔は家族の数だけ小さな丸いもちを作り、それを神棚に供えてからちょうだいするのが習わしでた。
丸もちには、歳神様の強い力がこもっており、それを食べることによって生命力も強くなると考えられていたのです。もちのひとつひとつには歳神様が宿っていますから、より多くのよそのもちを食べれば、それだけ力がつくという信仰がもちを贈る習慣になりました。それが現代の「お年玉」として残っているのです。
お供えを鏡もちというのは、鏡は太陽を映して「照り輝くもの」、神の御姿がこもった分身であり、その形を模して作るからにほかなりません。
鏡もちを二枚重ねにするのは「年重ね」つまり「歳を重ねる」の意味があり、そのもちを食べることによって、一つ歳を重ね、新たな生命力を補充します。もちの霊力を体内に呼び込むことによって、一年間の無病息災と不老長寿を祈るわけです。
お正月に食べるお雑煮は雑煮もちの略であり、歳神様が宿るもちを中心に、野菜、魚などを混ぜ煮したもので、栄養バランスのよい健康食といってよいでしょう。』
餅にするめに昆布、これ全て神社の供え物の代表と言ってもよいもので、石川県加賀のシンプル雑煮にこそ古来よりの伝統的な雑煮を今に伝えるものですね。
iGaさん そうか神様のお下がりね。カトリックの聖体拝領は、キリストの血として赤ワインと肉の代わりの種無しパンを食べるわけだから、キリストが肉体を分け与えることを思うたびに、肉食文化の神であることを実感します。
新潟の雑煮は水から煮ますが、このお雑煮は餅を煮るのにも昆布出汁をつかうようだから手を抜いているわけじゃない。明日の朝にやってみようと思い始めました。
この雑煮は神饌の御下がりを戴く正月の儀式の一部なんでしょうね。
家は母方の祖母が石川県は羽咋の没落士族の家系の生まれなのでこの雑煮は興味深いです。因みに祖母の伯父や兄弟は新天地を求めて函館に移住した者もいますが、函館も北前船による日本海航路の一部だから、割合近い関係にあるのでしょうね。雑煮に用いられている食材も北前船によって流通しているモノだけと云うのも日本海沿岸の文化を表象しているみたいで、間違っても鰹節が用いられることは在り得ないでしょうね。
masaさん ぼくはくいしんぼうではありますが、目的は料理そのものではなくて、むしろ文化的考察だったんだっけ。またしても逆上してわすれちゃいました。
わきたさんが以前に触れていらしたwikipediaによれば、雑煮は武家の料理だったと書いてあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/雑煮
前田の城下である加賀は、きっと武家の料理の流れがいまもあるだろうからあえて質素を旨とする雑煮を食べるのは自然なことかもしれません。逆に、新潟の雑煮は一見すると豪華ですが、正月にはお節料理がありません。たくさんのお節料理の一部をなす雑煮と、主役を演じる雑煮ではおのずから立場が違うわけで、くらさんがおっしゃるように、今のような時代には、むしろ丁寧に作られた粗食こそ一年の節目の行事にはふさわしいかもしれません。
玉井さん、こんばんわ。なんだか、このサイト、いまや、料理人のブログと化していますね(^^; それはともかく、素雑煮って、ほんとに潔い感じがします。確かに材料の種類は少ないですが、材料それぞれを吟味し、「手をかけて」、この素雑煮をつくれば、究極の雑煮の味になるに違いない…と思えてしまいます。これは素敵ですね。今回の大会の、大賞の対象かも?ですね。
Posted by: masa : January 6, 2007 12:39 AM