April 01, 2007

第五回アースダイビング・阿佐ケ谷住宅へ


またまた遅ればせのアースダイビングのエントリーになってしまった。
 縄文時代には、現在よりも海水の水位が高かったから、今では高台とよばれているところが当時は岬であり、現在は低地というまちは海水の下にひそんでいたのだと、ぼくには新鮮な視点を「アースダイバー」が提供してくれた。ちょうどそのころMacでも使えるようになったgoogle Earthで、地球の立体的な表情を遠くからも近くからも自在に実感できるようになった。
 かつて、"POWERS OF 10"という映像をチャールズ・イームズがつくってみせた。日光浴をする男女を見下ろすところからはじまってカメラをどんどん移動させ銀河系の全体を見るところまで離れてから一転して、どんどんと近づいていき分子の大きさまでクローズアップするのだ。Google Earthのおかげで、そのすてきな映像がいつでもぼくたちの手に入るようになったのだ。
 道を歩きながら地形の成り立ちを思い浮かべ、数千年前の岬を想像し、数百年後にはもう人間のいなくなっているかもしれない地球を思う。空間も時間も、ぼくたちは自在にとびまわることができるので、小さな断片から地球や歴史を考えることができる。
 それを実感すべく始められた「アースダイビング」は、縄文の波打ちぎわをたどることを手はじめに少しずつ川をさかのぼり、3月31日は神田川上流の善福寺川の水源に遠からぬところまでやってきた。このあたり、川の護岸は道路より高く積まれているところがあるけれどコンクリートでなく自然石が積まれているから、さながら愛媛県外泊の集落のように、石垣のかげに身を潜めているような家もある。


川のほとりの見事な桜の下にはホームレスとお揃いのブルーシートに思う存分の混乱がくりひろげられていたが、そこから一歩はずれて足を踏み入れると、空気も光も一変する別世界があった。
 はずかしいことに、iGaさんのエントリー「阿佐ヶ谷テラスハウス」と、それにつづくmasaさんのエントリー「阿佐ヶ谷テラスハウス(1)」まで、阿佐ヶ谷住宅のことをぼくは知らなかった。ここが別世界をつくるのは、ひとつには、いうまでもなくそこがすてきな場所だからだが、さらに、やがてなくなってしまう場所だからでもある。前川國男事務所の設計で1958年につくられたテラスハウスは、コンクリートブロック造二階建ての切妻、4戸ほどを単位として連続させてたほぼ同じ構成の棟を配置したにすぎない。今でいえばむしろ素朴な集合住宅と見える。しかし、高さを低くおさえているうえに隣りの棟との間に広く距離をあけているから公園と道が連続している、あるいは全体がひとつのひろい公園で、その中にテラスハウスを散らしているようだ。公園が庭の一部になっている。

 それぞれの住戸は高さを低くおさえることによって、まわりには広々と明るい空間ができる。家の中が小さければ、その分だけ外は広く豊かになる。家は、壁や屋根に囲われた中だけではなく、ウチとソトの両方を合わせたものが住まいなのだから、たがいに自分のすまいを低くすることによって、めぐりめぐって自分も日当りのいい庭とイエをつくることができるのだから、結局は気持ちよい生活を送ることができるのだ。集合住宅はそのことが実感しやすい。
 しかし、土地や住まいを金額に変えることをなりわいにしているディベロッパーにすれば、これは非効率あるいはビジネスチャンスにほかならない。容積に余裕があるから、分譲されたそれぞれの住戸の持ち主も経済的な負担なしに新しい家に移ることができるだろう。建て替えという消費に誘導する制度ができてしまっている環境では、住人がそう考えるのはしかたないことではある。しかし、ぼくたちの島ではすでに人口の減少が始まっている。大都市に高層の集合住宅をつくって人間を集中させるよりも、こういう住まい方によって人口の減少をむしろ豊かさに転換するという選択肢もあるはずだ。

給水塔の足下に切り妻屋根のテラスハウスのならぶ風景からは、なんだか宮沢賢治の世界が思い出された。ぼくたちのかつて住んでいた世界のどこかにあった懐かしいもののようでもあり、遠い異国の風景のようにも感じられる、人間にとって普遍的な風景ということなのかもしれない。

投稿者 玉井一匡 : April 1, 2007 11:32 AM
コメント

kawaさん 今回の阿佐ケ谷アースダイビングでは、ネイティブであるkawaさんとiwakiさんの存在がとても大きかったのですが、このコメントは、かつてのこどもたちの目を通して想像力をますます増幅してくれました。そうか当たり前だよな、こどもたちには普通の家がたくさんならんだ都営住宅との区別はつかなかったろうし、あたりには、あの写真のような川や畑が当たり前だったのですからね。しかし、数十年を経た現在、手の中に握られたすてきな飴がこれだったのかとkawaさんに気づかせるほどの場所の力があそこにあるのだとすれば、桜はおわってしまったけれど若葉を透かした光が地表の草たちにとどくこの季節、もういちど行ってしっかりと刻み付けておきたいものです。
 アメを握って手が抜けなくなる話で思いましたが、ものごとを必死でやっているうちになんのためにやっているのかを忘れてしまうことが、世の中もぼく自身もよくあります。あの日、桜が満開の川縁でみた情景も思い出しました。大きなブルーシートを桜の木の根元に敷いた上にやはりブルーシートを水平のテントのように張っている人たちがいましたね。雨に備えているつもりなのでしょうが、何のために桜の下で宴会をするのだろうか、このひとたちはと、思わずにいられませんでした。それに似たようなことを自分もやっているのかもしれないとも思ってしまいましたが。

Posted by: 玉井一匡 : April 17, 2007 07:51 AM

阿佐ヶ谷住宅について
昔から知っていて、今も西側の杉並高校との間の道は良く通ります。みんなでもぐり込んだ、床の上がったギャラリーの隣は、何か食品工場の様ですが、子供の頃の記憶ではアニメーションを作っていて、時々透明なシートの上に絵の描いてある、セルシートをもらいに来ました。
実際に住宅の中に入ってみて、やはりその時代なりの物でしかない。感心する所もあるけれど、悲しい所もあるなんて思っていました。
昨今の阿佐ヶ谷住宅に関する、ブルータス誌等の持ち上げ方に少し違和感がありました。
建物には舞い上がらなかったのですが、道の向こうの庭に誘われて、建物の間を入って行くと、次々とフスマが開いて行くように、どんどん繋がって行く庭にはこの私でさえオセンチになりました。

舗装された道は何度も通ったことがありますが、低くて塀のない建物に囲まれた不思議な場所には、気がつきませんでした。
いや子供の頃には何度も見ているはずですが、感心をしたなんて覚えがありません。

まさに無くなって往くものに対する感傷の他に、相対的に小さな個人のテリトリーと、その結果得られる桁違いに素敵な共用部分が実現している事の嬉しさがありました。
土地を不動産や資産、塀で囲って占有すべきものにしてしまった今の世の中は、瓶の中の飴を取ろうとして欲張りすぎて瓶の口から飴をつかんだげんこつの抜けない状況に良く似ていると前から思っていました。

ただこの寓意は欲張らずに手に入れた飴が如何に美味しいかにあたる現実を今まで例として上げることが出来なかったのです。

Posted by: kawa : April 16, 2007 11:51 PM

 kadoorie-aveさん こちらこそコメントおそくなってしまいごめんなさい。あのテラスハウスをごらんになったあなたの想像力が、どんなふうに広がっていったのか、ONE DAYのイラストをみて、とてもよくわかりました。
 計画する人間がはじめに用意する建築やまちのハードウェアーは、「場所」をつくるための「タネ」であって、それをすてきなまちという場所に育ててゆくのは、そこに住む人と積み重ねられた時間の力によるものだと思います。
そこに生活するひとが「家を可愛がってきれいに」すれば、どんどんいい場所になってゆくのだから、ぼくたち、タネあるいは苗をつくる人間にすれば、住む人たちがかわいがって育てたくなるような苗をつくりそれを育ててもらうようにしなければならないわけですね。
「阿佐ケ谷住宅」が、これほどの時間を経過して増築もなされながら、現在にいたるまで、とてもきもちよく育ってきたのは、はじめにつくられたテラスハウス群がすぐれたものであったからでもあるでしょうが、そこに住んでいた人たちが、kadoorie-aveさんのように自分たちの住む場所を愛し、想像力をひろげて自分たちに馴染ませていったからなのでしょう。
 高層の集合住宅でもそういう場をつくれるようなものにしようというのは、現代の集合住宅の重要な課題のひとつでしたが、どうもそれは不可能だと考えていいと思います。ヨーロッパでは、高層の集合住宅が犯罪の発生などのために荒廃し、それらを解体して低層にするという動きが進んでいるようですから。

Posted by: 玉井一匡 : April 13, 2007 10:31 PM

(遅れに遅れたコメント、失礼致します...。)
阿佐ヶ谷住宅では地面にすぐに足がつく、開放感がいっぱい...!ということは近所の人ともすぐに会えるなぁ、井戸端会議もするでしょう...と、想像が膨らみました。
以前私が住んでいた、たった六畳二間で庭の広〜い一戸建ての暮らしを思い出しました。(ぼろぼろの家、私が可愛がってきれいにしました♪)知らない子どもや犬まで庭に遊びに来ましたっけ。
今のマンションに引っ越したとき、なんだかタッパーウエアーの中にいるように思えました。一戸建てで気にもならなかった風や木の音、通りにいる人の声がほとんど聞こえなくなりとても静か。でもささいな隣りや上の階の雑音がかえって気になるのだというのが発見でした。
今はマンション暮らしも、長屋にいるような人間関係で気に入っていますが、ちょこっと外に出るのは億劫になりがちです。どうってことない井戸端会議をしていると、カウンセリングや心療内科に行く率が下がると聞きましたが、わかります〜〜。そんなわけで、テラスハウスはちょっとあこがれているんです。

Posted by: kadoorie-ave : April 9, 2007 10:13 PM

AKiさん そういわれれば米軍のハウスという感じもしますね。ぼくは、かつての東欧の集合住宅のようだなと思ったり、前川さんのしごとだから、コルビュジェのペサック集合住宅が念頭にあって切妻屋根にしたのではないかと思ったりしました。鹿島出版会からペサックの本が出ていたことを思い出してamazonで調べたらえらく高いので、図書館で検索して予約しました。

Posted by: 玉井一匡 : April 6, 2007 10:44 PM

そうそう。僕も反省しておりますです。
iGa さんの阿佐ヶ谷住宅のエントリーを読んで、すぐさま駆けつけなかった己を.....でございますです。
今回、このテラスハウスを見て横田周辺の米兵用住宅、ハウスを思い出しました。たくさん見ているわけではありませんが、何か、共通するものがありますね。

Posted by: AKi : April 6, 2007 02:54 PM

そうですね、じつは幼い日のiwakiさんの視点を、ぼくは想像していませんでしたが、このブランコで遊んだのでしょうね。今回は、河さんやiwakiさんが霊媒のようになってくださったおかげで、むかしのことに対する想像力がふくらみました。
阿佐ヶ谷住宅は期待を大きく上回りましたから、iGaさんのエントリーを読んでもすぐに行ってみなかったことを反省しました。
 いつもながら、資料の作成ありがとうございました。皇居もようござんすね。

Posted by: 玉井一匡 : April 5, 2007 05:37 PM

この玉井さん撮った阿佐ケ谷テラスハウスの庭をiwakiさんが2階の窓から眺めていた訳ですね。何となく納得できるなぁ〜。

Posted by: iGa : April 5, 2007 11:57 AM
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?