April 18, 2007

動く芥子の花


 銀鈴会館の管理事務所のSさんから芥子の花をいただいた。黒いスフレの器にプラスティックの剣山を入れて挿した。プラスティックの剣山は透明だからガラスの器に入れても目立たないのだが、軽いのでそのままでは花の重みで倒れてしまう。だから下側に吸盤が着いていて上から押し付けて器の底に貼付けるしかけだ。
 芥子という花は変わったやつで、なんだか動物や昆虫のようだ。つぼみと茎には、産毛というにはたくましい剛毛がびっしりと生えていて、茎の先端を下向きに曲げている。地面を凝視して獲物をさがしている原生動物のようだ。つぼみの殻が少し開いたようすは、ニッと薄笑いをうかべているような表情。あたたかい部屋においておくと、見る見るうちに一輪一輪と動きながら変わってゆく。浅い器に剣山で挿したから茎と茎がはなれているおかげで茎の表情がわかりやすいのだ。しかも、種類によるのだろうが麻薬になるのだから、底の知れないやつだ。花の落ちたあとの雌蕊のところがふくらんで実になり、その中にある小さなタネは「芥子粒のような」というたとえになるくらい小さい。いつだったか売っていたポピーのタネの袋には「タネを蒔いたあとに土をかける必要がない」と書いてあった。小さいから、土の隙間からなかにもぐりこんでゆくのだろう。

 
まずは、つぼみを包んでいる産毛のはえた殻をはらりと落とす。スフレの器のまわりには、蕾の抜け殻がちらばった。殻を脱いだつぼみは、うすい花びらをくしゃくしゃにして固めたようだ、と思う間にそれが少しずつ延びてゆく。蝶やセミの蛹が殻を割って出てくる時に、くしゃくしゃに押し込まれたようなシワシワの羽根をのばしてゆくときと、すこしも変わらない。
 しかも、蕾が開いてゆくにつれて、うなだれていた首が徐々に上を向き始める。花びらを開ききった時には、真上を見あげて、手のひらを上に向けて両手を一杯に開いて、外だったら太陽の光を一滴でもたくさん受け止めようとしているみたいになった。ここでは、かわいそうだが上には蛍光灯があるばかりだ。


 ところが、上を向いた芥子の茎は、まっすぐ伸びて直立するわけではない。うなだれていたときに曲げた首は水平からすこし上を向くくらいまでは角度を変えるのだが、その曲がった部分を少し残したままでそこより少し先でもう一度、上向きに曲がって向きを変える。茎は、二カ所で角度を変えてS字あるいはクランクをつくることで、下向きから上向きに方向を変えるのだ。
 そういえば、フラミンゴやツルの首も、S字型に二カ所で方向を変える。重力をやり過ごす線状の身体は、こんなふうにするわけが、どこかにあるのだろう。
 

投稿者 玉井一匡 : April 18, 2007 10:18 PM
コメント

Niijimaさん 先日はありがとうございました。コメントもありがとうございます。背骨のことをうかがって、なるほどと思いました。鳥の首は前方にのばすものだからそれがS型になるのも当然ですが、直立すればいいのに、人体も姿勢のいい人だってまっすぐでなくて、ゆるやかなS字を描いているんですね。背筋と腹筋がバランスをとるのには、すこし曲がっていた方が余裕があっていいというような力学的な理由がありそうですね。
 そういえば、今思い出しました。ぼくたちの学生時代のアイドルだった藤圭子の「夢は夜ひらく」の一番は「赤く咲くのはけしの花 白く咲くのは百合の花 どう咲きゃいいのさこのわたし 夢は夜ひらく」。
  冒頭にけしの花が出てきました。おっしゃるように儚いけれど、それだけではなくて、どこかふてぶてしいところがあって、藤圭子と通じるかもしれないですね。

Posted by: 玉井一匡 : April 20, 2007 02:30 PM

こんにちは。こちらへ初コメントさせていただきます。
およそ長くない日にちでの芥子の姿に儚い美しさを感じます。
でもその内側には種を存続させる力強い生命があるのですね。
首の長い鳥類の例えから、人の背骨を想起いたしました。

Posted by: M.Niijima : April 20, 2007 10:24 AM
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