June 10, 2007

路地と火事:神楽坂


この春、たまたまぼくが東京にいないときに神楽坂で火事があった。わざわざ知人が電話をくれて報らせてくれたけれど、けが人もいないというのでそうなんですかと返事するにすぎなかった。
 もどった翌日の昼休みに寄ってみると現場は思いのほか近く、歩いて2、3分。八十代のおばあちゃんの店が火元で、一間ほどのせまい路地に面するその店のほかに周囲の一帯が焼け落ちていた。焼けた椅子やカウンターを引き違いの格子戸ごしに見ると、漂う焦げ臭さで時間の動きを止められたようで、にわかに火事が身近になった。
 ここに立ってみると、そこからもう永久に消えてしまったもの、ぼくたちから失われてしまったものがはっきりと感じられた。ぼくはその店のことを知らなかったからインターネットでしらべて得たわずかな断片が、炭化した店の中でふくらんでひとつになった。かつて芸者だったという87歳のおかみさんの毒舌、飲んだ帰りに食えないほどの焼きおにぎり、客のもたらすざわめき。皮肉なことだが、それらが失くなって初めて、ここが少しだけぼくの場所になったのだ。

 
焼けた一画は2M足らずの石畳の路地に面しているから、日が落ちてからひとりふたりで歩くにはすてきなみちだ。神楽坂にはこういう路地が縦横にあって、かつて料亭だったところや住宅として使われていた建物が、誰でも入りやすいみせにかわったり、若い人たちが手作りで店に変えたりしている。おかげでここ何年か、神楽坂はいいまちとしてテレビや雑誌に取り上げられることが多くなっていた。そのうえに、倉本聰の脚本のテレビドラマ「拝啓父上様」が神楽坂の料亭を舞台に、板前修業の若者を主人公にしてつくられたおかげで、人通りが3倍ほどに増えたようだ。
 古くからの商店街が日本中でことごとくさびれてゆく中で、人通りがふえることは商業的には歓迎すべきことだが、まちを消費してしまおうとする力としてはらたらくこともまちがいない。日常的な人出と、それがもたらす土地の経済価値の上昇は、路地というみちの形式とあいいれない。土地の値上がり→地上げ→建物の高層化と進む。古い住宅を生かしておそらくは安い家賃で魅力的な店を開いているひとたちは、家賃の上昇に耐えきれず、かわりにチェーンの店がはびこって日本中のどこのまちともかわりばえのしないところになってゆく。そうやって、ひとの来る日本のまちは消費されてきたのだ。「拝啓父上様」は、ビルへの建て替えで揺れる古い料亭を題材にしたドラマだが、志とは逆に、この町の消費を早めるにちがいない。
 この火事で、あるひとは・・・だから路地は消防活動の障害だからなくさなければならない、建物を不燃化しなければならない・・・といい、一方では、災難にあった人たちにつけこんで、火事にあった一画を手にいれようと動き回るディベロッパーがいるだろうと思っていたが、一昨日、ひさしぶりに火事の現場にいってみると、もう工事の「お知らせ看板」がでている。火事から2か月ほどしかたっていないのだから、火事は偶然ではないのだろうかと思うほどに手回しがいい。
 ペコちゃん焼きで有名になった不二家神楽坂店など、この界隈でいくつかの商店を経営する平松南さんは「神楽坂まちの手帖」という小冊子の編集長でもある。そのひとが、この火事の火元になったおばあちゃんの、生々しい言葉をブログに書いている「まちづくりエディターの神楽坂定点観測」は、日付を見ると4月5日。火事のあとの間もない時期だ。
 神楽坂の浸食は裏通りの路地に面する一画だけではない。狭義の神楽坂、つまり早稲田通りの一部である神楽坂通りでも計画は着々と進行している。そういう力に抵抗できるのは、自分で土地も建物も持って店を経営する平松さんのような人たちで、受け継がれて来たよさを生かしてまちを活気づけようとしているところに、神楽坂は希望がある。

投稿者 玉井一匡 : June 10, 2007 08:30 AM
コメント

kadoorie-aveさん
このブログでは、こんなところにこんなすてきな場所があるよ、こんな風に見ればとても魅力的だというのを書きたいと思っているのです。神楽坂にはいいところがたくさんあるけれど、マスコミが変な風にもちあげるので、かえってそれを書くことができずにいました。そうしているうちにどんどん状況が変わって行きます。
kadoorie-aveさんが、香港からいらしたお友達を、堀端のカフェで待ち合わせて神楽坂の店でお昼にしたら、これは知らなかったと喜んでくれたというお話が印象的でしたが、この人出では神楽坂は香港にも鳴りひびいているのでしょうね。

Posted by: 玉井一匡 : June 20, 2007 01:02 AM

東西線沿いの仕事先へでかけた後など、神楽坂や飯田橋で降りてぼうっとお茶をするのが楽しみでした。でも、ここ何ヶ月かはますますの人出にびっくり。私の分一人分でもいいから寄らずに減らそうだなんて思ってしまいます。。
飯田橋のボート乗り場のところのカフェも、気負わない雰囲気が好きでしたが、ドラマに実名で出た後はすごい騒ぎでした。(もう落ち着いたようですが。)デッキが沈むんじゃないかと思いました。ドッカンドッカン走って「○○さーん!こっちにいい席取ったよー!」と叫ぶ人もいたりして。大体ほとんどの席が埋まっているのなんて、前に見たこともなかったです。
神楽坂の路地裏に行っても、それはあまり変わらないのでした。....自分も寄り道で遊びに来ているので何も言えませんが、少々複雑な気持ち。和風ダイニングなどが増えて、住む人が減ったりしたら、魂が抜けたようでいやだなあと思います。
焼けたお店、通るたびに、入ってみたいなぁと横目で眺めていたお店でした....残念です。言いたいことは山ほどあるけれどこの辺で。

Posted by: kadoorie-ave : June 19, 2007 10:59 PM

Niijimaさん
粗大ゴミのような大型店が郊外にできて人を吸い込み古くからの商店街はすっかり水っけがなくなって瀕死の状態というありさまが日本中で目立ちますが、そうやって古いまちがきえてゆくのはなんとも腹立たしいですが、もう一方ではそれと逆に、人があつまりすぎて古いまちが消されてゆくのもほんとうにつらいですね。神楽坂については、書きたいことがじつはたくさんありますが、これまでちょっと控えていました。これから増やそうと思っています。Niijimaさんのブログといっしょに。

Posted by: 玉井一匡 : June 15, 2007 08:53 AM

こんにちは。
このエントリーに触発されまして、わたくしも神楽坂の記をアップいたしました。
http://across.mniijima.com/2007/06/post_125.html
ところが、昨今のこの街が抱える危惧と、そして希望に関しましては、やはりこの街に根差した玉井さんの文章から発せられるリアリティを、是非参照させていただきたく、わたくしの文中よりリンクさせていただきました。
もし不適切な部分がありましたらご教示くださいませ。
よろしくお願いいたします。

Posted by: M.Niijima : June 14, 2007 06:46 PM
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