July 02, 2007

サヴォア邸 / Villa Savoye


サヴォア邸/写真 宮本和義/文 山名善之/発行 バナナブックス
 バナナブックスから、ラ・トゥーレットにつづいてコルビュジェのサヴォア邸が出た。現代の文化や思想もデザインも、大部分が、このサヴォア邸のつくられた1920〜30年頃の豊穣な時代に生み出されたものをもとにして、以後は、それを洗練させているか、悪く言えばその時代の蓄積を食いつぶしているのだなと思うことがある。建築もその例にもれず、現代のヴォキャブラリーの大部分はコルビュジェの中にあるのではないかと思うが、サヴォア邸にはとりわけその重要なものがある。その意味では、サヴォア邸がコルビュジェのデザインの箱詰めであるように、この本はコルビュジェのデザインの詩集のようなものなのかもしれない。

 もう何十年も前から知っている住宅でありながら、この本を見て読んで、ぼくにはまだ3つの発見があった。 ひとつ目、この住宅の主はこんな大きないえに住む人でありながら、運転手ではなく自分でハンドルを握ることを大切にしていたらしいこと。2つ目はコルビュジェにとって「屋上庭園」というのは大地から持ち上げたものではなくて天から降りてきたものであったらしいこと。3番目に、このいえは住む機械であるとしても草原で草を食む牛のようにふるまう動物だったらしいということだ。電気羊でなく、時計仕掛けの雌牛だろうか。

 1つ目:クルマがピロティの中で方向転換しやすいように一階をU字型にしたことは、平面図を見れば一目瞭然だ。運転手が玄関前でサヴォア氏をおろしたあとでガレージにクルマを入れるのだろうと、なんとなくぼくは思いこんでいた。このピロティにはクルマから見て家の右端から入ってゆき、左回りにまわってもとに戻ることはガレージのクルマの置き方からもわかるし、解説にもそう書いてある。(平面図の、玄関前の車路にいるクルマと、移動方向を示す矢印はぼくが書き込んだ)
 方向を左に90度変えると、クルマの左に玄関ドアがある。運転者がすわるのは左だから、もしも後ろの座席にサヴォア氏がいるなら彼は右側、玄関の反対側にいる。すると、運転手がドアを開けにくるのを待ち、彼が外にでると玄関と自分の間にはクルマがあるということになるが、それはちょっとありえない。
むしろ、サヴォア氏は自分で運転しいえに近い側の座席にすわってピロティの空間の変化を楽しんだあとにクルマを玄関前に置いてすぐ前にある玄関ドアを開いて家に入っていく。あるいはガレージにクルマを入れて、脇のドアからスロープの下からホールの中に入ったのだろう。
1階には使用人の個室が2つとゲストルームがある。当初の計画では、このゲストルームは運転手の住まいだったと解説にもある。自動車と住人のこの関係は、サヴォア氏自身の望んだことだったのだろう。さらにそれは、コルビュジェにとっても歓迎すべきことだったろう。

 2つ目:フランス語のコルビジェ作品集を持っていながら、これまでぼくは気づかなかったことだが、「屋上庭園」とよばれるものは、フランス語では「jardin suspendu」というのだとこの本に書かれている。直訳すれば「吊り庭園」。だとすれば、それは地表を持ち上げたものではなくて天から吊り下げられた庭園なのだ。建物を支える柱は大地から生えているのではなく、むしろ飛行機の車輪のように上から下ろした脚であり、スロープは飛行機のタラップのように下ろされたものなのかもしれない。この庭を包み込んだ住宅は、地上を離れたのではなく、地上に舞い降りたのだ。ここは、パリからクルマで30分、背後にセーヌを見下ろす高台、天から舞い降りるには相応しい台地だ。(google Earth/N48°55′26.47″)

 3つ目:完成後にコルビュジェがアルゼンチンで講演した時に描いたというスケッチがある。それは、樹木の枝にサヴォア邸が実のようになっているようにも見えるし、牧畜のさかんなアルゼンチンのことだから、これは草原で草を食む牛たちも思わせる。「住むための機械」は、無機的で巨大かつ排他的な機械的生物ではなくて、同時に生物的なメカニズムの世界なのだ。しかも、排他的な土地の所有権を主張する所有形式でなく地表を共用する遊牧的な土地の所有形式をこころざしていたのだと、ぼくは読み取りたい。

 20年以上も前にぼくがサヴォア邸を見に行った時には、改修ができていなかったから建物の中に入ることができなかった。にもかかわらず道路の近くに門番小屋はあるが門も塀もなくて、敷地のなかには自由に入ることができたから、ぼくはガラスに顔と両手を押し付けるようにして住宅の中を見た。道路と敷地のあいだは、プライバシーの密度を段階的に変えながら連続しているのだ。
 ちょうど昨日のことだが、成城の古いすてきな家に住む友人のお宅にうかがった。小さな頃からそこで育ったその人の子供時代の、興味深い話をきいた。
 幼稚園のころ、近くに、小さな山が庭にあるうちがあって、その奥にはいったい何があるのかを知りたくて仕方なかったという。塀があるわけでもないから中に入ってゆくこともできたのだが、それはいけないことであると思っていた。ともだちに話すと、行ってみようよという。意を決して、ふたりは探検に乗り込んだ。その家は、1階がピロティになっていて玄関だけがあったはずだ。やがてその家のご夫妻が降りていらしたので、少女はそこに探検に来たわけを一生懸命に話した。そこの主は彼女の話を聞いたあとで二人にお菓子を手渡して、気をつけてお帰りなさいと言ってくれたというのだった。そこは、ほかでもない、丹下健三の住まいだった。
 モダニズム建築の継承者たる丹下にとって、この住宅がサヴォア邸と無関係ではありえなかったはずだ。彼にとっても本来、ピロティは自由に開放された空間であってほしかったにちがいない。さりとて、日本、東京の住宅地という現実の中に置かれた庭の中は、アルゼンチンのスケッチのように自由に出入りするという空間ではない。が、幼いこどもたちがおそらくは手に手をとり勇気をふりしぼってやってくるという微笑ましい振舞いは、きっと丹下にとってみれば、この家とまちとの、いちばんうれしいありかた関わりかたのひとつだったろう。お菓子は、彼女たちの訪問への感謝のしるしだったのだ。
この住宅は丹下のしごとの中でも屈指のものだとぼくは思う。にもかかわらず、これはすでにない。

関連エントリー: aki'sSTOCKTAKING/Villa Savoye

投稿者 玉井一匡 : July 2, 2007 03:34 PM
コメント

iGaさん
もう、そんなに昔のことになりますか。
吉村山荘を風呂敷に包んでもって帰りたいという話はきいたことがありますが、誰のことばなのかは知りませんでした。
そういえば、69年だったと思いますが、当時拘留されていた学生の救援資金をカンパするとしてURTECでバイトをしていたことがあります。都市工の学生も捕まっていましたから、そういう趣旨を知ってバイトをさせていたのでしょう。
夜になると丹下さん自身が事務所に顔を出しましたが、あのとき、住まいは事務所の上の階にあると聞いたように思います。

Posted by: 玉井一匡 : July 16, 2007 02:38 PM

kawaさん
たしかにそういう感じはわかります。
何でも少ない方が価値があるのでしょうが、「いいはなし」もおなじことなのですね。
Yちゃんにkawaさんの話をしたら、きっとなつがしがるでしょう。

Posted by: 玉井一匡 : July 16, 2007 02:24 PM

僕は1975年の夏に不動産業者からKさん(前夫人)の成城の土地と家を処分した話を聴いて愕然とした憶えがあります。
そのKさんは「順ちゃん」に設計を依頼して丸格建築の工事によって山中湖に別荘を建てています。(軽井沢の吉村別邸を風呂敷に包んで持ち帰りたいと言ったとか。)そのKさんの別荘も、傾斜地を利用したピロティに玄関が設けられていますが、ピロティは木造軸組構造なので、どこか成城の家の面影があるような気もします。

Posted by: iGa : July 16, 2007 10:59 AM

あぁ、やっぱり。
同じ話と判った時にほっとしたのは何故なのでしょう。
素敵な話は沢山おきた方が良い気もしますが、
良く有る話だったら有り難くないですね。

Posted by: kawa : July 16, 2007 09:50 AM

kawaさん そうです、きっと「同一人物によるひとつの話」です。テーブルギャラリーの「Yちゃん」の話です。ぼくは、この話を今回はじめてききました。「順ちゃん」と呼ばれて学生にも敬愛された人などとくらべると、ひとりの人間としてのイメージを浮かばせることの少ない人ですね。
この自邸とかつての都庁、それに倉吉市庁舎くらいが、丹下さんの仕事では気持ちいいという建築だとぼくは思いますが、東京のふたつはいずれも壊されてすでになくなってしまいました。代わりに、あの都庁がそびえ、成城がつまらないまちになって変わってゆくことを考えてみれば、日本あるいは東京のありかたをちょうど反映しているのですね。
それだけに「いい話」は、廃墟に転がってかすかな輝きを放つ小さな断片のような気がしました。

Posted by: 玉井一匡 : July 14, 2007 09:38 AM

まだ大向小学校の向かいに勤めていた頃、テーブルギャラリーに勤めていた人から、まったく同じ話を聞いた覚えがあります。ただ丹下夫妻が出て来てという部分は覚えがありません。
同一人物によるひとつの話なのか、よく起こりえる事態だったのかはわかりません。
塀はないけれど周囲が土手のように高くなっていたとも聞いた様に思います。
必ずしも素敵な話ばかりとは限らない丹下さんの、一番素敵な話だと私も思います。

Posted by: kawa : July 13, 2007 09:22 PM
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