August 12, 2007

小野寺さんの「ミニ個展」で見つけたこと

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早いもので、 小野寺光子さんのミニ個展にうかがってから、もう1週間が経ってしまった。小野寺さん自身のブログで、イラストの原画に値段をつけるということがどうも難しいんだということを書いていらしたからなのかもしれないが、原画を見ていていろいろと考えてしまったことがある。
ふつうの絵画は、たとえば複製や本に印刷されたものはコピーであり、自らの手で直接に描かれた「原画」というわれるものが本物であるということがはっきりしている。しかし、雑誌やポスターになったイラストは原画のコピーなんだろうか?こんなことは、デザイナーはとうの昔、学生時代に何度も考えたことなのかもしれないが、ぼくにとっては新鮮なことだった。

 ちょうどその翌日、kawaさんの事務所で、彼のオーディオの機械の音を聞かせていただくことになっていた。ぼくのほかに塚原、masaさんfuRuさんが一緒だったが、塚原は友人の母上が亡くなってお通夜が偶然にもとなりの堀之内斎場で行われたので先に帰り、kawaさんは近くに買い物に行って外出中だった。
「玉井さんは小野寺さんの原画を買わなかったんですか」とfuRuさんにきかれた。もちろん経済上の理由にもよるのだが、イラストレーションというものにとっては印刷されたものが本物であって、原画は、建築で言えば設計図のようなもの、最終的な完成品は本やポスターや新聞の方なんじゃないかと思ったんだということを話した。
「小野寺さんのはイラストというより絵なんですよ、原画がとてもいいですからね」とfuRuさんは言う。
 たしかに、原画をそばに置いておきたいという気持ちになる。しかし。
「学生時代に横尾忠則展があって、ぼくは初めてイラストの「原画」を見た。すると、コラージュや手書きの輪郭線の上にトレペが重ねてあって、引き出し線の先にDICのカラーサンプルが貼ってあるだけだった。ぼくは、それを見て横尾忠則をものすごくかっこいいと思ったんだ」というぼくに、masaさんがこう言った。
「その考え方は、篠山紀信と似ていますね。篠山は、自分の写真のオリジナルはあくまでも印刷されたものであって、印画紙に焼き付けたものがオリジナルではないと言ってます」
そうか、篠山はやはりえらいと思った。とはいえ、考えてみれば印刷メディアであれほど使われる篠山なら、焼き付けた写真を売る必要はないということでもある。そういう意味で、彼でしか言えないことばなのだ。
じつはkawaさんが、夕暮れのまちに自転車を飛ばして買いに行ったのはCDのディスクで、それは、彼のコレクションの数枚をコピーしたいという、来訪者の希望に応えるためだったから、このときにぼくたちのしていたことはことごとくコピーとオリジナルというテーマに関わりがある。そもそもオーディオ機械というものは、演奏者がある時間にある場所でつくりだした音の集積をコピーしたものを再現するための機械だ。
この日、ぼくはCDにコピーをしなかった。しかしそれは、ぼくがコピーについて潔癖であるからではなく、MacBookをいつものように連れていたからであって、ちゃんとDinah Washingtonの、「Dinah Washington Goleden Classics」をiTunesに入れていた。

 翌日、kawaさんにお礼のメールを送って、つぎのように書いて、ほかのひとたちにもCCで送った。そういえば、CCはcarbon copyの略だ。
「オーディオについて、コピーというものについて、イラストの原画と印刷物、写真のプリントと印刷物について、いろいろと考えてしまいます。・・・・・・こうやって簡単にコピーをたのしむ一方で、写真表現や音楽表現などで稼いでほしいと思う人たちがまわりにいるので、コピーとはなにかコピーライトとはなんだろうと思わずにいられません。」
最初のお礼メールを送ったのはぼくだったので、皆さんも以後のお礼メールの中でコピーについての意見を書いてくださった。
 そのむかし、ベンヤミンの「複製技術時代の芸術」を読んだ時には、ずいぶんメディアのありかたがちがっていたし、それどころか、あの本に何が書いてあったかちっとも憶えていない。いま読みなおしてみたら、理解のしかたがずいぶん違うんだろうなと思うのだが、さてどこに置いただろうか。

 ぼくは、個展でカードを数枚買ってきたが、まだ小野寺さんの本を買っていなかった。「イラスト会話ブック 韓国」を買いに行こう。

投稿者 玉井一匡 : August 12, 2007 09:05 AM
コメント

fuRuさん
あれは、そういう趣旨の展示だったんですか。「ママ」があの店のイラストの原画を買うわけにはゆかないのだろうかと言っていると小野寺さんに伝えたのはじつはぼくで、その時には、ぼくはイラストの原画と「絵」について何も区別をしていませんでした。いい加減なもんだと反省しています。彼女のイラストは、ただ頼まれて画像を描いているのではなくて、大部分が自身の視点に立って描いたたものだからなのでしょうね。こう考えているうちに、小野寺さんのイラストの魅力がどこにあるのかが、わかってきた気がします。

Posted by: 玉井一匡 : August 15, 2007 03:31 PM

kadoorie-aveさん
描き手が「感触をたのしんで気持ちよく描く」ことができると、見る側にとっては描き手の在り方やものごとの見方がそのまま自在に、絵としてあらわれているということなのでしょう。
だから、小野寺さんのイラストは文章といっしょに描かれると、ますます本領を発揮して、さらに魅力を増すのですね。

Posted by: 玉井一匡 : August 15, 2007 07:27 AM

遅ればせながらコメントさせてください。

私が小野寺さんの「絵」を意識したのは
あの喫茶店のママさんが欲しがっていた「絵」を
たまたま小野寺さんが私の事務所に遊びに来られたときに持っていて見せてくださったからです。
その時、ああ、この人はイラストレーターなどと自分の職業を語っているが、本当はタブローが描きたい人なんだなと思いましたし、そうした感想をストレートに話してみました。
すでに何人かの人の同じようなことを言われていたようで、ご自分でも「私はタブローを描こうとしちゃうんですよね」なんて言っていましたが、そういう小野寺さんが印刷原稿にとらわれずに思いっきりタブローを描いたら素敵だろうなと、そういう展覧会があったら是非みたいですね、なんてその時に言ったわけですね。

吉祥寺で、その時の会話で絵を描いてみようと思ったという話を聞き、少々感慨深かった、というわけです。

オリジナルとコピーの問題は、とても難しい問題にますますなっていると思います。それこそ、性善説に立たないと神経をすり減らしてしまう時代になっているのかもしれません。

Posted by: fuRu : August 14, 2007 10:59 PM

原稿ではなく「絵」を描くときは、紙や鉛筆、絵の具の感触を、瞬間瞬間に愉しんでいます。それを直に観ていただくっていうのもうれしいことでした。もっと「肉筆」の豊かさが伝わる作品を描きたいです。玉井さんやmasaさん、いのうえさん、fuRuさんほか何人もの方に会場に来ていただいて、社交辞令ではなく大感激でした。ちょっとした一言にも、これからのヒントになることがたくさんなんです。これも、印刷原稿とは全く違う点ですね。(普通、原稿の納品では感想なんてそうそう聞けません。)
>イラスト等の無断転用...の件ですが、もちろん何でもご自由にお使いください♪知らない人が勝手にコピーしたらいやだな、というだけのことですので。

Posted by: kadoorie-ave : August 14, 2007 01:06 PM

masaさん
午前中じゃないですか、早い!  ということはまだ出張中で、東京ではないんでしょうね。
篠山発言ですが、それはそうでしょうね。
もしも、「オリジナルプリントは、展示はするが売らない」と言い切っちゃったら、すごくかっこいいですけど。

Posted by: 玉井一匡 : August 14, 2007 10:30 AM

玉井さん
篠山さんの言葉ですが、ひと言付け加えますと、彼が「雑誌や本に印刷されたものがオリジナル」と言ったのは、印刷原稿として撮影したもの(主にポジフィルムを使用した場合)という意味です。篠山さんのオリジナルプリントが売買されているのか否か、僕は知りませんが、おそらく、印刷原稿ではなく、オリジナルプリントを本物とする撮影もなさっていると思います。そのあたりは明確になさっているに違いありません。

Posted by: masa : August 14, 2007 10:02 AM

kadoorie-aveさん
明快な説明で、とてもよくわかりました。断じてイラストの原画展ではなかったのですね。誤解して失礼しました。そううかがうと、小野寺さんの絵にとってシノワさんの存在がとても重要で、すてきな発明であることが分かります。とても複雑な視点で描かれていることがわかってきました。
コメントを書いているうちに、なんだか長くなりそうだし、新たにシノワさんを論じるエントリーをしようと思いはじめましたが、イラスト等の無断転用禁じますとあったのを思い出しました。そのエントリーにシノワさんの写真をつかわせていただいていいでしょうか。

Posted by: 玉井一匡 : August 14, 2007 04:49 AM

先日は、暑い中おいで下さり本当にありがとうございました♪
さてさて、「原画」が本物なのか、メディアに載ったものが本物なのか..ということは、今回の私の展示については自分なりに答えが出ています。
普段、印刷媒体向けの原稿として描いた物は「印刷されたもの」が断然、完成形です。(原画を展示するつもりはなく、そのイラストは印刷物etc.を作るための素材だからです。デザイナーや編集者との共同制作ですし)。そして今回の展示作品は、あの空間のために自由に描き下ろしたもの。原画そのものが「ほんもの」で終点だと思っています。印刷を意識しないで描いたので、原画をもとにして作ったポストカードはコピーのつもり。(その辺は描いた人により、意識が違うのかもしれません。)
ところで最近、自分は厳密にはイラストレーターではないのではないか...と気になり始めました。(自分ではなんだっていいのですが。)そもそも、作品を商品として考えるのが苦手なのでした。流行のノリに軽く飛びつくのも苦手ですし。『今を生きる』のは職業上も大切だと思っていますが。
シノワさんの呼び名ですが、自分の心の中を検索したところ『中国人』さんというより『シノワズリ(中国趣味)』さんの略かもしれないと思い当たりました。私自身の中国趣味がキャラクターになったもの。

Posted by: kadoorie-ave : August 13, 2007 10:38 PM

AKiさん
 たしかに、これについてはいろいろと考えてしまうことがありますね。ずっと昔に南天子画廊だったと思いますがクリスト展を見ました。そこで展示されていたものは、大きく引き伸ばした写真に、手書きで、彼のプロジェクトのスケッチが書かれているものでした。その大きな写真とスケッチのハイブリッドに値段がつけてあったのかどうか、どっちみち手が出ないからでしょうが憶えていません。しかし、キャビネ判くらいの大きさの、すでに実現したものを撮った写真のプリントに、クリストのサインが書かれたものを売っていました。それが、なんと3,800円という値段でした。なぜ、それを買わなかったのかは、憶えていません。
 シノワさんについて、小野寺さんに聞いてみました。女の子なのに、男性形なのはなぜなのかということでしたが、やはり、シノワーズさんでは、どうも語呂が悪いからなのだそうです。もっとも、さんという敬称が、女性につけるものなんだと、いってしまうこともできますね。間違いなく、あれは小野寺さん自身の分身なのでしょう。

Posted by: 玉井一匡 : August 13, 2007 01:52 AM

小野寺光子さんの吉祥寺の個展、気になりながら行きそびれてしまいました。

シノワさんなるキャラクターがご本人とどのような関係にあるか....など、興味深々だったのですが残念でありました。それに近くの「浜やん」で一杯なんてのも構想していたのですが、又の機会に。

本物とコピーの関係、悩ましい課題ではあります。あのクリストのプロジェクトは、それだけではないでしょうが、その設計図を売って得る収入による......と聞いています。なんだか、私達、建築設計者の腕も試されているような......。このエントリーで考えることは色々でありました。

Posted by: AKi : August 12, 2007 10:03 PM
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