November 21, 2007

第三の脳

dai3nonoh_.jpg「第三の脳——皮膚から考える命、こころ、世界」/傳田光洋/朝日出版/1575円

 本当におもしろい本だ。世界観ということばのように身体観というものがあるとすれば、この本は、ぼくのそれを一変させるものだったから、読み終わると、ひと仕事片づけたあとのように気分がいい。
 「第三の脳」が皮膚を意味することは、副題からすぐに分かる。しかし、なぜ第三なのか第二は何かと、だれしも思う。「第二の脳」は胃なのだ。では、なぜ胃が第二の脳なのかという説明のために、かつてアメリカの学者が行なった実験が紹介されている。ハムスターの消化器系、つまり食道から肛門までを取り出す・・・というところで、ぼくは「世界屠畜紀行」を思い出した。あちらは、消化器系の中に入っている消化中の食べ物がこぼれて肉を汚さないように解体して、しかもそれを食べられように切り分けるためだったが、こちらは消化器系だけを脳の支配から切り離すためだ。取り出した消化器系は培養液に入れられるとしばらくは生き続ける。
さて、取り出されたハムスターの喉に錠剤のようなものを入れてやる。すると、消化器は順に動き出して、錠剤を肛門まで送り届けるという見事なパスワークをやってのける。監督の指令など何にもなしにだ。つまり、喉には何かが入ると、脳へ報告して指令を受け取るなんてことをするまもなく、そのできごとをみずから感知し反応し、それをつぎの器官へ知らせ、消化器たちはひとつのシステムとして機能する。脳の指図なしに自分で判断する。そういう消化器のありようを「第二の脳」と表現したのだ。

 ある実験によって、皮膚も同じように振る舞うことに著者は気づいたので、それを「第三の脳」と言った。皮膚の細胞は外からの刺激をうけると神経を経由して脳に送るまでもなく→自分でそれを感知し→どう行動するかを判断したのちに→皮膚の他の部分に伝え→皮膚が傷つけば自分で修復してしまう。それが「第三の脳」という表現になった。

 著者は資生堂の研究者だが、生物や医学の研究者だったわけではなく、大学では生化学を勉強したという。入社後、製品設計というのをしていたが、30歳のときに基礎研究をしたいと希望して皮膚の研究をする部門に移動する。医学や生物学の勉強は、それからはじめた。研究者にありがちな重箱の隅をつつく視点にとどまることなく広くシステムを考えることができたのは、そうした経歴が影響しているのだろう。さらに、彼の情熱を後押ししたのは、自身がアトピー性皮膚炎を抱えていたことだ。それが、偏狭な研究領域の縄張り意識からの自由を与えたにちがいない。
 途中まで書いたままでいたら、今朝の新聞に出ていた記事がこの本に書かれていたことを思い出させた。「人の皮膚から万能細胞」という見出しで、ES細胞は受精卵からつくられるが、それとはちがう万能細胞(iPS細胞)を、皮膚からつくる実験に成功したというニュースだ。
 受精卵の成長の過程をたどれば、卵の同じ部分の一部は皮膚になり、ほかの一部は変形して脊髄や脳になる。だから脳と皮膚は生まれが同じだと、この本に書かれていた。それを逆にたどって皮膚の細胞からなんでもつくれるというのも、当たり前のような気がしてくる。
 皮膚というやつを、ただの上っ面という過小評価をしていたことを、ぼくは深く反省した。

 読み始めれば面白い本なのに、はじめの数章は中学高校の教科書を思い出すような挿絵があるのが、かえって読む気を萎えさせる。それを、須曽さんによる表紙と扉のイラストがおぎなって、おもしろい気分で読めるようにさせてくれる。これがあるおかげで、きっと10倍の読者を獲得することができるだろう。 
 じつはこの本は、「楽しいカタチの帽子」といっしょに須曽さんが送ってくださったものだ。そういえば、カエルの皮膚は人間の皮膚と似ているなんてことも書いてあった。

投稿者 玉井一匡 : November 21, 2007 11:39 PM
コメント

fuRuさん
男が肌のことを考えるのは、オネエに任せればいいと思ってたけれど、「ハダで感じる」ということが、修辞的な表現だけではなく、実にさまざまなことを皮膚が読み取り、身体を変えることができるのだと知りました。
鍼、灸、グルーミング、マッサージ、冷水摩擦、そして本人の皮膚から取り出した万能細胞から、失った臓器をつくることができるようになる。というのですからね。

Posted by: 玉井一匡 : November 22, 2007 06:52 PM

これは面白そうですね。
今読んでいる長編小説が終わり次第手に取ってみたい本です。
最近「さわる」という行為から感じる「空間」というものを考えています。何かヒントが得られそうな気がします。

Posted by: fuRu : November 22, 2007 05:09 PM

AKiさん
早起きコメントですね。この本は三木成夫のことも触れていました。
人間の顔は、脱肛、つまり内臓の内側が表に出ちゃったものなんだと、三木成夫が書いていることを引用しています。
内臓の内壁は、皮膚の表面とトポロジカルに連続しているんだと考えると、ミクロの決死圏とはまたべつの感じで、胃や腸の内部空間を想像できるようになりました。

Posted by: 玉井一匡 : November 22, 2007 12:45 PM

やぁ、面白そうですね。早速、amazon に注文しました。そういえば、大脳皮質っていいましたね。

Posted by: AKi : November 22, 2007 04:39 AM
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