February 11, 2008

オン・ザ・ロード

OnTheRoad.jpg「オン・ザ・ロード」/ジャック・ケルアック著/青山南訳/河出書房新社/2800円

 ぼくは手に汗をかくたちなのですぐに本を汚してしまう。持ち歩くときに表紙が、読む間にはページの下と縦の端がよごれる。だから、読んでいるあいだは表紙の上からもう一枚カバーをかける。単行本は大きさも厚さもまちまちだからA3のコピー用紙をつかう。せっかくなら読んでいる本のデザインを持ってたいから表紙をA3の紙にコピーする。白黒コピーだからその上に色鉛筆で記号のように色を加える。あるいはamazonから取り込んだ表紙の写真をカラーでプリントする。
 「オン・ザ・ロード」の装丁はうつくしい。ターコイズブルーの一歩手前の明るいブルーにタイトルと著者・翻訳者の名前があるだけのシンプルな表紙カバーでつつまれている。さらに藤原新也の写真の腰巻きが加わる。色だけの表紙をきれいにプリントすることはできないからA3の白紙をカバーにしていたが、もの足りなくて外してしまった。

 若者が主人公のこの小説は、かつて「路上」というタイトルだった。サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」とともに、学生時代の旧友であるような気がする。高校までぼくは地理という学科がきらいで、地理的な概念というものにもあまり興味をもたず、今にしてみればずいぶん損をしたものだが、そういう地理嫌いをすっかり洗い流してくれた。

 復員兵を支援する制度で大学に行き文学を志す若者サル・パラダイスが、友人ディーン・モリアーティーと一緒に何度も旅に出て、1950年前後のアメリカを縦横無尽に走り回る。ニュージャージー、ニューヨーク、シカゴ、デンバー、サンフランシスコ、ニューオリンズ、メキシコシティ。ドラッグを人間にしたようなディーンと二人で、狂気に駆られるようにクルマにムチを入れ、自分とクルマの限度を超えてもなお酷使する。ときに自分の車、あるいは友人に借りたクルマ、陸送を引き受けたキャディラック、盗んだ車。前に読んだときにはディーンの強烈な毒も元気の素になったが、今度は、おいおい、そこまでやるのかと心配になる。40年近くも経てば、こちらは大人になってしまう。ちなみに、アレン・ギンズバーグが、カーロ・マルクスという名前で登場している。

 その間にぼくたちもいろいろなことが見えるようになった。AKIさんにお借りした「パソコン創世記・第三の神話」を読みはじめると、このON THE ROADについて触れているところがあった。パーソナルコンピューターの草創期は、サル・パラダイスことジャック・ケルアックたちがアメリカ中を走り続けていた頃とちょうど重なっているのだ。可能性の限界までクルマを走らせ、ホーボーや黒人、メキシコ人たちの世界に飛び込むことで日常の枠の外、感性と身体の限界のむこうに何があるかを知ろうとしていたビートジェネレーションの若者は、コンピューターに人間の能力を拡大してくれる能力を夢見る若者と、世界を共有していたのだろう。ボブ・ディランが「ON THE ROAD」から大きな影響を受け、スティーブ・ジョブズがボブ・ディランの大のファンだというのも、そんなつながりがあるのかもしれない。

Click to PopuP この新訳では、巻頭に見開きでアメリカの地図が加えられてずいぶん親切になったのだが、ぼくはもっとくわしい地図を見ながら読むために地図を一枚コピーしてたたみ栞にして、さらにMacでGoogleマップを開いていた。
すいぶん読み進んでから、A3の紙に地図をプリントアウトして表紙カバーにすればいいじゃないかと思いついた。
Googleマップのアメリカが画面の左右いっぱいに入る大きさにしてプリントアウトした。彼らの移動の拠点のひとつデンバーの下に「ON THE ROAD Jack Querouac Tamai Kazoumasa」と打ち込んでぼくの名前もケルアックのようにフランス風のスペルにして、やっと満足すべき表紙カバーができた、と眺めていたら著者のスペルが間違っている。紙ももったいないからもうこれでいいことにした。

 この本の映画化権をF.コッポラが手に入れて、脚本を二度書かせたが気に入らない。で、「モーターサイクルダイアリーズ」の脚本家に依頼しているそうだ。どこをどんなふうに切り取るべきか難しいのだと著者の後書きにあるが、そりゃあそうだろうな。
インターネットの網を、自分たち自身が走り回っているようなものだから、それを2時間ほどのフィルムにまとめるのは容易なことじゃないだろう。

投稿者 玉井一匡 : February 11, 2008 02:23 AM
コメント

fuRuさん
やつらが移動するたびに、こちらはストリートビューでまちをざっと見て回ったりするから、今度はぼくもますす時間がかかりました。「テルマ アンド ルイーズ」や「バニッシングポイント」は大好きだから、これが映画化されたら、盛大なストリートビューができるわけだから、どんな風になるのかぼくはとても楽しみにしています。

Posted by: 玉井一匡 : February 15, 2010 07:09 PM

新訳を年を越してやっと読了しました。
読み始めると早いものです。
なんといっても、疾走しています。
見方によると「反建築的」な世界のように思われてしまいそうですが、こういう疾走感こそが建築には必要ではないかと、よくわからぬことを考えました。

Posted by: fuRu : February 14, 2010 11:11 PM

cenさんごめんなさい。
ぼくのところは、ひところ迷惑TBに悩まされて、トラックバックを止めてしまったのです。そろそろ復活しようかと思っていますが。自然志向のつよい草の専門なんですね、やはり。
今でも、いつかグレイハウンドで横断して死ぬほど退屈だと思ってみたいのですがね。

Posted by: 玉井一匡 : February 12, 2008 06:40 PM

玉井さん、恐縮です。本当はTBという手法をとるべきなのかも知れないのですが、その手法に不慣れなものでして…すみまcen。そして、ラブガーデンでは基本的にオーガニックな草花と肥料が主体となっておりますので、危ない薬剤のかかったものは、できるだけ排除しております。また、アメリカ車で走り回ったことはなく、アメリカ産の馬でビビリながら走ったことはあります。

Posted by: cen : February 12, 2008 12:50 PM

cenさん
この人たちのように、cenさんはアメリカ車で走り回った経験があるんでしょうね。そのほかのいろいろと面白そうであぶなそうなことも。そのころの「草」とか「お薬」とかについても、こんどゆっくり話してください。もちろん、ラブガーデンであつかっている草花と肥料についてですよ。

Posted by: 玉井一匡 : February 12, 2008 11:59 AM

玉井さん、こんにちは。待ってました!と言わんばかりの“カッコいい”表紙カバーが、masaにテリッピーしているので、やはり“Quaquoyee”とフランス風に言ってみよう、と思いました。後ほどリンクさせてください。

Posted by: cen : February 12, 2008 09:52 AM

fuRuさん
ギンズバーグやケルアックの若い頃が描かれているのは、そのつもりで読んでいるから当たり前なのですが、チャーリー・パーカーなんかが出てくると、外国のまちで何も知らずにたまたま入った美術館で、ダヴィンチに出くわしたりするような、うれしさがありますね。

Posted by: 玉井一匡 : February 12, 2008 08:22 AM

この本は旧訳で私も読みました。
バード、チャーリーパーカーが最高に格好良かった時代の風を感じることが出来ました。

新訳は、なかなかよさそうですね。

Posted by: fuRu : February 11, 2008 06:50 PM
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