January 07, 2008

「美の猟犬」と安宅英一の眼

BinoRyouken.jpg「美の猟犬―安宅コレクション余聞」/伊藤郁太郎著/日本経済新聞社/2940円

 MacBookを引き取りにアップルストアに行く前、閉館3分ほど前に三井記念美術館のミュージアムショップに駆け込んだ。
「安宅英一コレクション」の図録がほしいというと、「いまはもう福岡市美術館に行ってしまったので振込で買って下さい」と言う。
電話をかければよかったと悔やんだ。
 年末に展示を見たときには、あたり前だが実物を見た後では図録の写真とのあいだに違いがありすぎてちっとも惹かれなかったのに、この本を読んだらやはり図録がほしくなってしまった。
 焼き物に詳しいわけでもないのに、12月に安宅コレクション展を見に行ったのは、かつて豊臣秀次がもっていた国宝の油滴天目茶碗が展示されるときいたので、それを見たくなったからだが、他にもうひとつ。自宅の近くにある三井文庫の所蔵品とそれを展示する機能が、一年半ほど前にこの美術館に移されてしまったからだ。三井家の屋敷などありそうもない小さな私鉄駅の近くにひっそりとある三井文庫は、充実した内容の割にあまり多くの人が来ることもなくこぢんまりとしていい雰囲気だったのに美術館が三井本館に移されてしまうと、身近にいたひとが別世界にいってしまったようにさみしくなった。今頃になって、それがどんなところに行ったのかも知りたくなった。

 重要文化財に指定されている三井本館の会議室をほぼそのままに展示室にした堂々たる空間に包まれると、昔の財閥の金の使い方も捨てたものではないと思ってしまう。人も少なくて落ち着いている。目当ての国宝・油滴天目茶碗は思いのほか小ぶりで切れのいい姿も、紋様も美しい。
けれどもそれだけに、世界が完結してしまって広がりがないように感じられた。
もしも「このなかでどれかひとつあげるよ」なんて言われたとしても、ぼくだったらあっちのほうがいいな、などとあつかましいことを思って笑いをかみ殺す。(青磁陽刻 牡丹蓮花文 鶴首瓶/大阪市立東洋陶磁美術館蔵)
 クスリと笑ったのは一度だけではなかった。展示品を護るガラスのところどころに、それを入手したときのエピソードが書かれていて、それが安宅英一と陶磁器とのありようを生き生きと伝え想像力をかきたて、その執着ぶりへの共感と羨望が笑いに導くのだ。
 図録にその文章が書かれているのだろうと思い、帰りにミュージアムショップで開いて見たが、それはない。しかも実物を見た直後では図録の写真がちっとも魅力的に思えず、このときは図録を買わなかった。

 後日、図書館のサイトで「安宅コレクション」をキーワードに検索するとこの「美の猟犬」が出てきた。新刊書で予約はまだだれもいないのですぐに借りることができた。著者は、大学を卒業して安宅産業に就職し、以来、会長の安宅英一の意を受けて美術品の買い付けなどを担当して、篤い信頼を受けていた伊藤郁太郎氏。だから「美の猟犬」とは著者自身のことで、むろんハンターは安宅英一だ。
 安宅産業が倒産したあと、安宅コレクションをそっくり住友商事が引き受け、それを寄贈されてつくられた大阪市立東洋陶磁美術館の館長に伊藤氏がついた。安宅コレクション展の展示物はことごとく東洋陶磁美術館の所蔵品だし、ガラスケースに書かれていた文章は本書からの引用だったのだ。
 その大阪市立東洋陶磁美術館のサイトは、主な所蔵品についてとても丁寧に説明されている。「館蔵品紹介」には「館蔵品カタログ」と「QuickTime VR」のページがあって、前者には写真と解説、後者には油滴天目茶碗など数点をQuickTime VRによって回転させることができるので、器のすべての方向からの姿が見られるのが楽しい。

 Wikipediaの安宅産業の項には、安宅英一は美術品の蒐集などにふけり会社を傾けたと言わんばかりの記述がある。それは、ひとつの真実なのかもしれない。しかし、安宅産業が倒産したあと安宅コレクションを住友グループが一括して引き受けることになったときに残念がる著者に、「誰がもっていても同じことではないですか」と安宅は言ったという。それ以前からも、蒐集したものを日常の自分の身の回りに飾るということにはいっさい興味を示さなかったと、この本に書かれている。
 美術品を手に入れるとき、いや、コレクションに加えるときに示した執着ぶりを、このような態度やことばと共存させた人物を、ぼくは尊いと思う。

■2007年10月から2008年3月まで、東洋陶磁美術館は工事のために休館
 そのおかげで、この巡回展示が可能になったわけですね。

追記:関連エントリー
■kawaさん:Thngs that I used to do. 河:青磁の美 出光美術館

投稿者 玉井一匡 : January 7, 2008 11:33 PM
コメント

kawaさん
 そういえば、図書館で探してみると書いたのに、ぼくはまだ国家の品格を読んでいませんでした。その国際派の弁護士をぼくはTVでも見たことがないので想像がつきませんが、藤原正彦氏は彼のような人物だということを念頭に置いて「国家の品格」を読むべきだということですね。
 ぼくは、国家と「くに」というものを、区別して考えるようにしていますが、この本でいう国家とはなにをいっているのか、とにかく読んでからでないとはじまらないですね。

Posted by: 玉井一匡 : April 30, 2008 09:54 AM

’国家の品格’について。
当時、社会の中、どういう文脈の上であの本が取り上げられていたのか、本屋ではどんな本と並べられていたのか、そう言った事に、私自身がある無意識な反応をしていた様に思います。
朝日新聞と読売新聞を3ヶ月毎に替えて読んでいます。
暫く前に、かなり長い間、藤原正彦氏が読売新聞にコラムを持っていて、自身のこれまでについて書いていました。
相当におかしな人でした。
ついつい、政治的に彼の立ち位置を測ったり、彼の人間性に触れる事無く、彼の政治的な影響を警戒していたのは少し的外れだったのかも知れません。
時々、バラエティー番組に出て来る’国際派弁護士’が、俺は外国じゃべらぼうにモテると自慢しています。
ちょっと彼に似ている様に思います。

Posted by: kawa : April 29, 2008 03:15 PM

追記
kawaさんが悪口を言うのは、偉そうなカオをしているやつや、わけもなく時めいているものごとを見ると我慢ができなくなってしまうのであって、自分たちが優位にある人間が、低く見るひとを蔑んだり優位を誇るのとはまったく逆なのだということを付け加えておきます。

Posted by: 玉井一匡 : March 5, 2008 08:00 AM

kawaさん
じつを言えば、ぼくは「国家の品格」が出てまもなく買いました。しかし、まだ数ページしか読まないうちにどこかで失くしてしまいました。といって、また同じ本を買うのはいやだし、日が経つごとにベストセラーになってまつりあげられてゆくし、ますます読もうという気にならなくなってしまったので、何が書かれているのかを知らないのです。
ぼくがあの本を読もうとしたのは、かつて、藤原正彦氏がラジオに出て話しているのを聞いたことがあったからで、そのときに彼は人間が考えるということをするには、まず言語が大切であり、それにはまず自国の言語を大切にするべきだから、「国際化」のために国語の時間を減らして英語を増やすなどというのはとんでもない間違いだという趣旨のことを言いました。ぼくは、その意見には賛成でしたから「国家の品格」を読みたいと思ったのでした。
自国の言語を大切にするということは、よその国の言語を大切にするということによって裏打ちされているはずですが、かつての日本をはじめとする「先進国」がかならず自国の言語をよその国に強制しました。「国を愛する」ということは、ほかの国や言語を排除したり蔑んだり否定したりすることとは対極にあると思います。
「国際化」のためには自国の言語を大切にすることが必要であるのと同じように、自分の言語を大切にするには他国の人たちの言語を大切にしなければならないはずですから。
というところまで考えてあの本を買ったわけではありませんから、ナントカの品格ということばや本が溢れているらしいのを見ると、あそこには何が書かれていたのか、知りたくなりました。図書館を探してみます。

Posted by: 玉井一匡 : March 5, 2008 07:43 AM

何かをけなしたり,人の悪口を言うのが何より好きなkawaです。玉井さんの所では咎められる事も無いのを良い事に言いたい放題でした。自分では気が付きませんでしたが随分とご迷惑だったのかも知れません。申し訳ありません。
悪口が人の気分を良くする事も無いし、いつか自分に報いが来る事に気が付いて、これでも昔にくらべれば我慢をしている積もりでした。
品格だの武士道だのと、まるでどこかのバカ右翼のようですが、要はどちらも本には大した事は書いていない。本の名前を利用しようとする政治的な意図の存在のほうがずっと大きいと言いたかった訳です。
あっ。又、言っちゃった。
ここが炎上したりしてもいけないので暫くしたら消して下さい。
お礼を代わりに言ってもらったり、過分のお言葉を頂いて恐縮です。有り難うございました。

Posted by: kawa : March 3, 2008 10:24 AM

川好きonnaさん
コメントありがとうございます。kawaさんの文章とkawaさんをおほめいただき、ありがとうございます・・・なんて、私がお礼を申し上げるのもいささか変なはなしですが、ぼくもkawaさんを高く買っているので、ぼく自身をもほめていただいたような気がするからでしょう。
彼はときに、いや、多くの場合に辛辣でありますが、そのまた多くは真実を衝いているし、それだけに、彼がいいというものを試してみるとそれが外れることは滅多にありません。信用しています。
と、書き始めてからやっと気づいているのですが、「kawa好きおんな」さんなんだから、kawaさんを気に入るのはあたりまえか。

Posted by: 玉井一匡 : March 1, 2008 12:17 PM

『川の地図辞典 江戸・東京/23区編』ばかり気にしていたようで、私が愛する大阪の東洋陶磁美術館の展示作品のエントリーに気が付いくのが遅くなりました。こちらのエントリーに訪れたのは数週間前でした。「東洋陶磁美術館」には、手の掌に載せてそっと抱きしめたいような陶磁器ばかりあります。東京の三井文庫での展示も行きたかったのですが、気が付くと、あぅあっと思ううちに終了してしまいました。
さて、こちらのブログからkawaさんのブログ入って、感心してしまいました。特に「武士道」エントリーですが、あれだけの文章をお書きになれるのは、只者ではありませぬ! 私なら、カッカッと品を失い(元から無いか!)、変な言葉になってしまいそう。それこそ「品格」がある文章なのです!ましてや、kawaさんのお人柄はそのような方にちがいありません。すばらしいブロガー友人をお持ちで…。

Posted by: 川好きonna : February 29, 2008 03:09 PM

kawaさん
kawaさんが出光美術館の青磁展のことをエントリーされたのを読んで、行こうと思いながらいつのまにか見過ごしてしまいました。
http://kawa.weblogs.jp/things/2006/08/post_8be8.html
エントリーを読み直すと、やはり見たいと思います。ひとりのすぐれた人の視点で集められた、しかも対象を限定したコレクションは、とてもいいものさしになりますね。

Posted by: 玉井一匡 : January 11, 2008 01:33 PM

1999年の東武美術館での宋磁展でいくつかを見た後、催しや本、あちこちで登場する名品のいくつかがやはり大阪市立東洋陶磁美術館のものでした。
一昨年の夏の展覧会で日本の鳳凰耳瓶の名品を全て並べてみられる機会が出光美術館でありました。その時は一日違いで大阪市立東洋陶磁美術館のものだけ見逃しました。
他にも見たいものが沢山あっていつか行きたいと思っています。
日本の美術館には高額で有名な作品は並んでいても、集めた人の好みが伝わる、何より欲しくなるようなコレクションが少ないと思います。
大阪には欲しくなるものが一杯ありそうです。

Posted by: kawa : January 11, 2008 12:15 AM

aiさん
 残念でしたね。大阪に行く機会があったら、もう一度見に行きたいと、ぼくも思っています。こんなことを言うと顰蹙を買うでしょうが、荒っぽい言い方を承知で言えば安宅産業ひとつよりこのコレクションを残してくれたことのほうが、社会にとっては大きな貢献ではないでしょうか。商社としての仕事なら、代わりにどこかの商社がやってくれることでしょうが、このコレクションをつくることは、おそらく他の誰にもできなかったことでしょうからね。

 美術館のガラスに書かれていた解説で、おもわず笑ってしまったエピソードが、この本にもあります。・・・ある美術商がこれだけは手放したくないと秘蔵している品が三点があることを安宅英一が聞きつけ、そのうちの一点をゆずって欲しいと申し入れる。しかし、美術商はけっして首をたてにふらない。そのうえ後日、巻紙にしたためた断り状を送り届けて駄目をおした。
 その後あるとき、安宅の屋敷に美術商が招かれた。座敷に通されて、床の間を見ると件の断り状が表装されて掛かっている。
ややあって安宅が部屋に入ってくると「どうかお譲りいただきたい」と言って頭をあげようとしない。
美術商もとうとう根負けして、折れた。やがて、ほかの二点も安宅コレクション加えられた・・・というのです。この話は何度思い出しても面白くて、ときどき反芻しています。
この本は、厚さのわりには高いですが、図録よりは小さいけれどきれいな写真もあるので、買ってもいい本だと思いました。ぼくは図書館で借りて読んでしまったので、図録を手元に置いておこうと思ったのでした。

Posted by: 玉井一匡 : January 9, 2008 07:16 PM

あ~、この大阪市立東洋陶磁美術館の展示またしても見そこなってしまいました。
一度はもう随分前になりますが大阪に出張したおり、月曜で閉館していました。今回は東京へ12月初に出張するつもりでチケットも取っていたのに取りやめ、やむなく観ることができなかったのです。残念?!
昔の企業家は儲けを美術品に注ぎ込んでいたというのは私としてはとても偉いことだと思っています。お金や不動産だけにしておいてもつまらないではないかと・・・。何年経ってもこうしてまとめて、私たちの目を楽しませてくれるのだから・・・、還元していることにもなりますか・・・?。

>もしも「このなかでどれかひとつあげるよ」なんて言われたとしても、ぼくだったらあっちのほうがいいな、などとあつかましいことを思って笑いをかみ殺す。
そうそうやはり美術館やギャラリーにでかけて作品をみている時にどれかもらえるなら、コレなどと考えながら見る友人がいるのです。私は買うならコレとか(・・・無理でも空想が楽しい)思ってしまうのです~(笑)
またいい企画をご覧になったら早く教えてくださいませ。

Posted by: ai : January 9, 2008 06:12 PM
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