January 17, 2008

「20km歩き」と「川の地図辞典」

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 前回のエントリーを書いている途中で、なぜか後半部分が消えてしまった。それを書き直すと、ちょっと長くなりすぎたので別にエントリーすることにします。

 次女が小学生のとき、夏休みの宿題に20キロ歩きというのがあった。どこでもいいから20km歩いて、そのレポートを提出するというものだ。何回かに分けて歩いてもいいのだが、ちょうどいい機会だから、ぼくは娘を誘導して近所を流れる妙正寺川づたいに海まで下ることにした。海まで歩いてみたいとは、前から思っていたことだった。町の中を歩くからお弁当ではなくて途中のホットドッグやかき氷などを約束した。小滝橋で神田川に合流して海までいくとおよそ20㎞になる。端数は寄り道して調整すればいい。

 わが家の夏休みの宿題の常として決行は8月も末になったが、たまたま前日にすこぶる強力な台風がやってきた。しかし当日はうって変わって雲ひとつない快晴のうえ、大雨が地盤を傷めたので総武線、中央線は運休、川底は水がさらってくれたので粗大ゴミが転がっているところなどない。おそらく何年に一度あるいは生涯に一度の美しい川のほとりを歩くことができたのだろう。前日より水量が減ったとはいえ、底のコンクリートを感じさせないくらいの深さはあった。
 恥ずかしながら、このときに歩いて、ぼくは神田川と隅田川の合流点が柳橋であることをはじめて知った。自宅の近くに2軒ほど江戸小紋という小さな表札を出している家があるが、それは妙正寺川が近く、布を晒すのに都合がいいからであることもこのときに知った。落合や早稲田のあたりにも染め物にかかわる家がいくつかあったから気づいたことだった。
 柳橋で隅田川沿いに右折して海にゆくはずだったが変更して左折、両国で橋を渡ってほぼ無人の江戸東京博物館をめぐり、浅草に行くと思いがけずその日はサンバカーニバルだったので気前のいい肌の露出にあずかった。稲荷町まで行ってもういちど雷門に戻り20kmを達成して天丼でゴールとなった。

 「川の地図辞典」を開いて、この川下りのあとを辿ってみると、p269-268から→ p87-86→ p101-100→ p23-22→ p39-38→ p123-122の雷門まで、この本の12ページ分にわたるのを確認して、ちょっとした満足を得る。

 このとき僕は川を知りたいと思うよりも、川をひとつの切り口に東京というまちを縦断することによって身体的に実感したいと思っていたのだが、川とまわりの地形は記憶に深く刻みこまれたらしい。その後、事務所を飯田橋に近い神楽坂に移したとき、自転車通勤のルートは自然に川沿いのみちをとることにした。それなら、きっと往きは下り一方にちがいないと思ったからだ。
しかし、走っているうちに川べりの道は歩行者優先や建物が際まであったりすることがわかった。さりとて表通りはクルマが多くて気持ちよく走れない。川からすこし離れて並走する道に落ち着いた。これは、落合から目白を経て江戸川橋につながる高台の足下を蛇行している。だから片側にはいつも高台が控え、そこへ登る坂道と交差する。

 地形が明確であるところ、構成が把握しやすいまちにいるのは、とて気持ちよいものだ。そして、まちには重層する時間や生活が感じられるほど味がある。この本は、地形や町の構成を把握するのに、そして時間を遡るのにも有能な相談相手になる。つまり、まちを気持ちよく面白くするためのいい道具なのだ。
もしも、この20km歩きの時に「川の地図辞典」を持っていたら、ぼくはどうしていただろうと考える。他の川との合流地点や神田上水にも寄り道をしたかもしれない。そして、隅田川に着いてからは、枝分かれする堀を探しただろう。それにあのころは池波正太郎もまだ読んでいない。もう一度、こんどは上流をすこし省略して、椿山荘の足下の水神社あたりから、花見を兼ねたころにでも歩いてみるか。

投稿者 玉井一匡 : January 17, 2008 03:27 AM
コメント

masaさま
わざわざ深夜にお出ましいただいて恐縮です。じつは私、直球とみせながら投げる前にちょいと指先をなめたりして球種をふやしています。masaさんがおこしになる前に、わたしはmasa的やわきた的について考えていたところでした。これもおもしろいのですが、また河岸を変えて。
おあとがよろしいようで。

Posted by: 玉井一匡 : January 20, 2008 08:42 AM

わきたさん
そういう絶対ばかりになっちゃうとどうもニュースの報道のようで面白味に欠けますね。だから今度は主観と客観をとりまぜたり、壮年初老老年老人なんていうのに加えて熟年だの高齢者だの近頃のボクシングのクラスのうようにたくさん言葉をふやして分からなくしてしまうことができる。
おもしろいなあ。

Posted by: 玉井一匡 : January 20, 2008 08:27 AM

玉井的なるもの専門の…または、オヤジなのにオニーサンとも呼ばれる…masaです(^^; この件につきましては、わきたさんの仰る通りだと思います。玉井さんという方は、お幾つになられても、変化球を好まず、ストレートボールを投げ続ける方だと思います。変化球の投法をご存じないことと、ストレートボールへのこだわり…から…。

Posted by: masa : January 20, 2008 12:29 AM

玉井さん、こんばんは~♪。いや~、この歳になっても「若造のくせに」と言われることもありますからね(^^;(面と向かってではありませんが・・・)。そう考えると、オヤジも若造も、絶対的な側面と相対的な側面をもっていますね。どのコンテキストで用いるか、ですか。間違いなく絶対的ということでいえば、「中年」でしょうか(^^;;。まあ、どうみたって僕は中年ですし。それから、玉井さん的ってのは、好きなこと、楽しそうなこと、正しいと思うことに素直、迷いがない…僕のなかではそんなイメージです。玉井的なるものを専門にされているmasaさんに、こんどご意見を伺っておきます(*0*)。

Posted by: わきた・けんいち : January 19, 2008 06:46 PM

わきたさん
うーむ「玉井さん的」って言われると、そうなのか?と思ってしまいます。オヤジってのは相対的概念ではなく絶対概念ではないですか。そういえばぼくも、背中一面に彫り物の入ったやつに「おとうさん」なんて言われとことがあって「おいおい、きみはいくつだよ?」といったら19才だというので、こちらももう40代でしたから「半分以下の年のやつじゃあ、しょうがないか」と思ったことがありました。オヤジ=お父さんだとすれば、オヤジも相対概念なのかな。

Posted by: 玉井一匡 : January 19, 2008 05:40 PM

玉井さん、どうも。実習だったんですか~。単位はもらえないけれど、面白そうだから大阪まで一ヶ月働くというのは、なんといいますか、玉井さん的ですよね!!(たぶん、ご近所ブロガーの皆さんは納得してくださると思います(^^;;)ところで、最後の「ひげオヤジ」が誰であるのか考えるのに、けっこう時間がかかってしまいました。一回りも年上のオジサマから「オヤジ」って言われるとは・・・(*0*)/

Posted by: わきた・けんいち : January 19, 2008 04:51 PM

わきたさん
 回数券おばあさんが有名ということは、大阪ならああいう人がどこにでもいたというわけではないということなんですね。その後、パリに行ったときに回数券を分割して売っているおっさんがいて、ああ大阪はパリなんだと思いました。
 石橋にぼくがいたのは、実習なるもので大阪に行ったときのことでした。ぼくは建築学科ですが都市工学科には実習というのがあって、さまざまなしごとの現場で夏休みの一月ほどを働かせていただくというのでした。都市工学科の友人の、一緒に実習に行かないかという誘いにのって、建築学科の学生は単位をもらえるわけではないのに、おもしろそうだとよろこんで参加しました。
 いま、思い出しましたが、都市計画の事務所ですから、山を削って道路をつくるなんていう計画の作業をお手伝いしていました。盛り土と切り土の量をできるだけ同じにするようにして、土の移動をすくなくするように、地図をマス目に切って土量を計算するのです。Google Earthの世界を変えてしまう仕事のお手伝い、いや、邪魔になったかもしれませんね。
 そこの事務所が借りている木造アパートが石橋にあったのです。毎朝のように、管理人の娘(といっても5才くらい)が部屋にやってきて、ぼくたちの頭をボカスカたたいて起こすのでした。ひげオヤジが2年生だったなら、あの子もりっぱなオバさんになっちゃってるわけだなあ。
ヒトのことだと、急に時間の尺度が縮まっちゃうようですね。

Posted by: 玉井一匡 : January 19, 2008 02:28 PM

玉井さん、こんにちは。「詐欺的」だなんて思っていませんよ~、とんでもありません(^o^)ゞ。DNAや進化を考えるほどの雄大な時間のなかで生きておられる大者の玉井さんからすれば、少々の時間の前後がなんだ、ということなのだと思います。どうも、申し訳ありません。細かな時間の前後を気にする自分が、なんだか芥子粒みたいな人間に感じられますね~(^^;;。
さて、石橋というと、大阪の中心街から少し離れた池田市になります。個人的には阪大のキャンパスをすぐに想像してしまいますが、一般には上方落語の「池田の猪買い」や、酒の「呉春」で有名なところです。玉井さんが関西に、それも短期間とはいえ、その石橋におられたとは・・・ちょっとびっくりです。で、回数券のおばあさんの話しはとても有名ですが、僕はそのときは関西にいませんでした。まだ、ほんの小学生2年生の餓鬼で、九州の小倉に住んでいました(5歳から15歳まで関西空白の時代があるのです)。ですから、「伝説」としてしか知りません(^^;;。僕が関西もどってくるのは、70年代中頃ですから、当時の大阪の雰囲気は玉井さんのほうがよくご存知というわけですね。万博以前の大阪は、僕にとっては、経験のない、書物のなかでしか知ることのできない「歴史」の範疇に入っています。
回数券のおばあさんや、中南米のお姐さんとのコミュニケーションはよくわかりませんが、食に関しては、東京と比較したときに今でも平均レベルは高いと思っています(大阪も、昔と比較すると・・・ではありますが)。極端な大阪のメニューになりますが、きつねうどん発祥の店である老舗「松葉家本舗」、その店のメニューにある「おじやうどん」、これ、僕はひとつの典型的な大阪の「食」であると思っています。

Posted by: わきた・けんいち : January 19, 2008 10:09 AM

わきたさん
詐欺的な論と言われかねないですね。お許し下さい。「数十年前ってそれはもう70年も前のことだよ」ってわきたさんに返されたことがありましたね。何億年前のDNAが、ぼくたちの中に残っているのとおなじように、時間というのはレイアとなって、現在という時間のすぐこの下に残っているというように僕は思うのです。
あのばあさんと気狂いピエロは同じ年のことで、66年ですね。学生時代に一月ほど石橋というところに住んで、市内に通っていたことがありました。その時のことです。おばあさんは万博のときに追い出されたはずです。中南米のおねえさんは数年前のことですから、大きな時差があります。おばあさんからは回数券を買いましたがお姉さんからは何も買っていません。言葉やほほえみを交わしたくらいのものです。念のために申し上げますが、わざわざ新宿の暗がりに行ったわけではなくて、事務所がひところ歌舞伎町の真ん中にあったので通勤途中に毎日とおりがかっただけです。大阪はほんとうに、どこで食べてもうまくて安いですよね。東京のように、見てくれだけの店や、そんな値段でうまいのは当たり前だろうというところは少ないのではないでしょうか。

Posted by: 玉井一匡 : January 19, 2008 08:11 AM

玉井さん、こんばんは。ジャン=ポール・ベルモンド主演の「気狂いピエロ」は1965年の映画ですし、「おばあさんが回数券を買って、それを一枚ずつ切り分け自動販売機の前に並ぶ客たちに売りに来たりする」というのも・・・、う~ん最近のことですか?中南米のお姐さんが立っているということになると、わりに最近のことですね~。あれ?
それはともかく、大阪はいいですよ~。食いもんが、安う~て、美味しいですな~(^0^)。これは、大きいですね~。

Posted by: わきた・けんいち : January 19, 2008 02:51 AM

わきたさん
 わきたさんがお泊まりになったホテルがどこにあるのかはもちろん知りませんが、大江戸線の東新宿駅の近くなら歌舞伎町からそれほど遠くはないでしょう。
梅田が歌舞伎町のようだと思ったというのは、ちょっと強調した言い方ですが、梅田は東京で言えば東京駅にあたるところだろうと思っていたので、そう感じたのでしょう。おばあさんが回数券を買って、それを一枚ずつ切り分け自動販売機の前に並ぶ客たちに売りに来たりするのもいいなと思いました。「気狂いピエロ」をこのときに大阪で見たことも、大阪のポイントを高くしたかもしれません。
 

Posted by: 玉井一匡 : January 19, 2008 02:13 AM

玉井さん、こんにちは。僕が泊まったホテルは、歌舞伎町に隣接していたんですか。よく、わかっていませんでしたね~。10年近く前、歌舞伎町を「視察」したときは、東京出身の知人と一緒でした。その友人についていくだけだったので、地理的に歌舞伎町がどのあたりに、どのぐらいの広さして存在しているのか、まだよくわかっていないと思います。仮にわかったとしても、まあ、あまり進んで行きたいとは思わないだろうな~。山手線の内側なんですね。都電荒川線と京成本線を乗りついで堀切菖蒲園までいけても、東京のいわゆる盛り場の話しになると、だめですね~ほんとに。東京が「面」的に理解できたとしても、有名な「点」についてはよくわかっていなかったりしますし、地理的に知っていることには相当に偏りがあると思います(^^;;。もっとも、最近は、大阪の盛り場も特定の場所以外歩かなくなったので、このまえ、梅田でちょっと道に迷ってしまいました・・・(^^;;。玉井さんが、歌舞伎町のようだとお感じになった梅田は、東側の界隈ですね。

Posted by: わきた・けんいち : January 18, 2008 03:05 PM

わきたさん
さすがわきたさんの行動力はすごいですね。うかうかすると、ぼくよりも東京に詳しいひとになってしまいそう。ロラン・バルトの「表徴の帝国」の例もあるように、外から訪れた人の短時間接した眼の方が本質的な発見をするということは多いですからね。
東新宿というか歌舞伎町は、なにしろ僕のことだから飲みに行くということは一度もありませんが、もう少し踏み込むと、おもしろいと僕は思います・・・。ぼくが初めて大阪に行ったときに、梅田の駅の中までポン引きがいたりして歌舞伎町のようだなと思い、一種の感動を覚えました。梅田でも歌舞伎町でも、そういうのについていったことはありませんが、中南米と思しき人種のお姉さんが寒空に立っているのを見たりすると、おもしろいではすまない光景ですが、彼女一人の背景にある世界ひとつとっても、なかなか語り尽くせないものがあるのだろうなどと思います。命に関わる怖い世界も含めて。

Posted by: 玉井一匡 : January 18, 2008 01:47 PM

Chinchiko-Papaさま
その方向も、行ってみたいと思っていましたが、あたらしいまちだろうなと思うと、いまひとつ腰があがらないのでしたが、Chinchiko-Papaが楽しいとおっしゃるのであればよさそうですね、いちど歩いてみます。
空が広くなっていくというのに惹かれました。妙正寺についても妙正寺池についても知りませんでしたからGoogleで探してみると、気持の良さそうな公園と由緒あるお寺なのですね。Chinchiko-Papaのエントリーを楽しみにしています。
http://parkandcats.hp.infoseek.co.jp/myousyouzi.html
http://parkandcats.hp.infoseek.co.jp/myousyouzikouen.html

Posted by: 玉井一匡 : January 18, 2008 01:21 PM

玉井さん、こんにちは。iGaさんの最新のエントリーを拝見していても、『川の地図辞典』そのものの紹介を超えて、それぞれの皆さんが、それを自分の生活のなかでどのように活用しているのかを紹介し、可能性を引き出す・・・そんな段階に突入しつつあるようですね~!!東京在住の皆さんの、この話題の今後の展開に注目しています。僕は、関西在住なのですが、今回の玉井さんのエントリーについては、地図を使って「頭」のなかだけで理解するのではなく、「身体」でも、それなりに理解できています。玉井さんの通勤路全部ではありませんが、その一部を実際に歩いてみたからです。
昨年の10月、下落合のカフェ『杏奴』を訪問したとき、いのうえさんと、少しあのあたりをウロウロしました。その日の晩は東新宿のホテルに泊まったのですが(あまり、好きになれる街ではなかったですね・・・)、その翌日は、飯田橋経由で早稲田までいき、神田川沿いのあたりを歩き、本女附属小学校近くの富士見坂を上り下りして、そのあとは、都電荒川線にのりました。そして、武蔵野の台地を越えて(途中、飛鳥山の資料館によりましたが)、町屋で乗り換えて京成本線で堀切菖蒲園方面まで足を伸ばしました。一昨年秋の「Take The "A" Tram」を、1人で“自習”したという感じですね~。
「身体」を通して移動することで、東京を「点」の集合としてではなく、それらがつながった「面」的なものとしても理解できたかなと思っています。こうなると、これまで漠然として自分のなかにあった東京という都市の空間認知に関する不安の霧が、少しずつ晴れていくような気になります。そして「頭」と「身体」がつながってきます。

Posted by: わきた・けんいち : January 18, 2008 12:38 PM

わたしはこのお正月、玉井さんのコースとはまったく逆に、妙正寺川を
上高田→野方→沼袋→鷺宮とさかのぼり、湧水源の妙正寺まで出
かけてきました。
落合界隈との地勢相似を見つけたりと、楽しい散歩コースでした。
落合→柳橋は、だんだん空が狭くなりますけれど、落合→妙正寺
は畑地が増えて空が広く広く感じます。
近々、レポートを書きたいと考えています。

Posted by: Chinchiko Papa : January 18, 2008 12:00 PM

AKIさん
道路の位置は、江戸時代のものがかなり残っている、したがって土地の区画が残っていると思っていましたが、川も、一部が暗渠になったり道路や公園になったりしていても、パターンとしては、かなり残っているんだということをこの本によって自覚しました。それも、当たり前のことですが、あたりまえのことだけにそれに対して意識的になることは大事なことなのですね。(いまアースダイビングをEDって書こうとしたのですが、これってちょっとやばい。)

Posted by: 玉井一匡 : January 18, 2008 03:06 AM

消えてしまったエントリーの後半部は読んでいたのですが、より詳しくなって新エントリーで読めるようにしていただいてうれしい。
お嬢さんの夏休みの宿題から始った川伝いの遠足が、「川の地図辞典」の考察になり、自転車通勤から都市論になる.......勉強になりました。
昨日、松本の住宅の現場から松本市内への移動の途次「この道ってずっと坂道なんだ」って運転している工務店の社長に言ったら、「そう、これってずっと長野まで行ってるの」って川の話しで答えた。川と坂道と密接な関係が.......当り前ですね。

Posted by: AKi : January 17, 2008 10:53 PM
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