先週末に、「住む。」2008年 春号が届いた。
「住む。」のタイトルは動詞である。丁寧に句点までつけてある。いうまでもないが、動詞をタイトルとして選んだのは、住宅を器そのものでなく、そこに容れられているものの側から、その器とのかかわりを考えるという立場をとろうとしているからだろう。器の中味つまり人間の生活についてなら、建築やデザインについての専門知識がなくても、意識をもって生活する人ならだれでも参加できる。
「住む。」2008年 春号の特集は「収納・自在に考える」だ。器と生活のあいだにあるモノたちといっしょにどう暮らすかということだが、小特集「こどもたちに」の一部として「ひと と いえ と まち と」という絵本形式のものを掲載してくださった。この小特集は、生活と器の間にいるこどもたちと一緒にどう暮らすかということなのかもしれない。
以前に、ぼくたちは「かきの木通り」という20戸に満たないほどのちいさなまちづくりの計画をした。その土地には、かつて畑や庭と住宅が一軒あった。そこに新しい住人が住むようになってから、今年で4年ほどになる。8戸のいえが生活をはじめた段階で管理組合が発足したときに、ぼくは「かきの木通りのこどもたちへ」という絵本形式のものをつくって、それぞれのいえにお渡しした。いえという器にこもらずに、もっとひろく生活することを考えようということを伝えようとしたのだった。
「住む。」の「ひと と いえ と まち と」は、その文章の一部を変えてあらたにプロのイラストレーターの手による絵が加えられた。それによって、普遍的な内容を持つ、ずっと素敵な絵本になった。
かきの木通りでは、法的な拘束力のある制度をつかって具体的なルールをつくり建物などのありかたに制限をもうけた。それぞれのいえは少し制限をうけるところもあるけれど、それによって、まちはむしろ住みごこちがよくなる。まちがよくなれば、めぐりめぐって自分のいえも気持ちよく住むことができる。ちいさなコミュニティのよさのひとつは、たがいによく知っているので、そういうことを実感しやすいことだ。
とはいえ、自分の外にある規則を守ることを求められると、ぼく自身そうだが、その範囲でできるだけ多くのものを手に入れないと損をするような気分になりがちだ。だとすれば、法的な力のない約束ごとがあれば、かえって自発的にそれに沿った暮らし方をえらぶという気持ちになるのではないか。
建物の中だけが自分のいえではないし、敷地の中だけが自分の場所ではない、もっとひろく自分の場所があると考えた方が、じつはもっとゆたかに気持ちよく暮らすことができる。そういうまちをつくって育ててゆくということを、このまちに住む子供たちに約束する、という絵本をつくろうと思った。このブログのテーマにしているMyPlaceの考え方を絵本にしたものでもある。「ひと と いえ と まち と」は、aki's STOCKTAKINGに紹介して下さったように、つぎのような章立てで構成されている。
・曲がりかどには樹が
・小道のすきまには草花が
・いえといえの間には
・古いレンガの塀
・このまちのまわりには
・きみのいる場所

「住む。」2006年 秋号は「小屋の贅沢」という特集だったので、「小屋新聞」というコーナーの1ページで「タイニー・ハウス」について書いて欲しいと注文された。ぼくは「タイニーハウス・ゲーム」というタイトルで、小さいいえだからこそ素敵なことがあるということを書いたのだが、そのときに編集長の山田さんから「かきの木通りのこどもたちへ」のように子供のために書くという形式にしたらいいのではないかと提案された。「かきの木通りのこどもたちへ」は、住民のためにつくったものだから、それまで、ほかの人には見せたことがなかったのだが、こんなものがあるんだと山田さんにお見せしたことがあったからだ。
もうひとつ、「コンフォルト」の2007年10月号に、かきの木通りのことを取り上げていただいた。「うちの庭は隣の庭」というタイトルで、こちらは具体的に、かきの木通りの状況を写真で伝えてくださった。
このごろでは、いなかでも珍しいことだが、天気のいい日には子供たちが外に出てきて歩行者のための遊歩道で遊んでいる。どこかのお父さんがよそのうちのボウズを呼び捨てにしている。ヘビがいたよなんてことを知らせるために、よその子たちが呼び鈴をならしてやってくる。レンガの塀を見て生活したいからといって北向きにいえを建てたひとがいる。まちは、以前からそこにあったモノたちやこどもたちやのおかげで、徐々に自在につながってきているようだ。
「住む。」と「コンフォルト」という、別の時期に発行された別の雑誌がブログによってひとつにつながって、「かきの木通り」のありかたとMyPlaceという考えかたが分かりやすくなるのだとすれば、これはインターネットらしいことだなと、楽しくなった。
「かきの木通りのこどもたちへ」は、ここに住むおとなたちが、子供たちに気持ちのよいまちを残すことを約束するという形式の絵本だ。「ひと と いえ と まち と」との形式の大きなちがいは、イラストでなく生活をはじめて間もない頃の写真を使っていることだ。それに対応する文章を見開きで向き合わせるというレイアウトで、末尾にあげた7つの項目と見開きのマップで構成されている。「住む。」の「ひと と いえ と まち と」は、実物の本で読んでいただくことができるが、(お買い得の充実号です)「かきの木通りのこどもたちへ」は他に読むすべがないので、目次に見開きのページをリンクさせて、見ることができるようにしました。見なおすとあちらこちらに直したいところもあるのだが、資料としてそのままにしておきます。
・大通りの曲がり角には木が立っている
・いえのあいだには小道がある
・かきの木通りのいえにはには塀がない
・かきの木通りのまちにはレンガの塀がある
・かきの木通りには鳥たちがやってくる
・かきの木通りの西側にはひろい道がある
・早通のまわりには海のように田んぼがつづいている
・地図
・きみたちに誓うこと ・約束
・わたしの場所・あなたの場所
関連エントリー
■季刊「住 む。」春号No.25/aki's STOCKTAKING
■季刊“住む”を購入/藍blog
■タイニーハウス/MyPlace
■「住む。」 秋号:タイニーハウス・ゲーム/MyPlace
■ヤマカガシ/MyPlace
こんにちは。はじめまして。新潟市に住んでおります。
住まいから10キロほど離れている亀田体育館近くの
農産物産直所を気に入っていて、よく買物に行きます。
その途中に「なんだかすてきな気配」の地域があり、いつも気になっていたのですが、
10月の晴れた日に「探検してみよう!」と大通りから曲がってみました。
「おっ、短いのにカーブになってるんだぁ」
「ん!家と家を隔てるものがないぞ!」
「あれー、きちんと育ってきた感じの木があるなぁ」
「ステキ!ステキ!」
といちいち感動しながらノロノロ進むわたしの目の前に
まっ赤に紅葉したナンンキンハゼが。
「うわぁ~!」と目がまるく、胸がいっぱいになりました。
すっかりノックアウトされ、「ヒャーすてきヒャーすてき」と小声をもらしながら通り抜けました。
「もう一度通りたい!」とぐるんとまた大通りから曲がって入り、
再び「ヒャーヒャー」息のような小声がもれました。
「ココに住みたい!導かれたに違いなぁーい!」と、鼻息荒く調べて、
はじめて「かきの木通り」という名前と、コンセプトのあるコミュニティということを知りました。
ときどきながめる「住む。」にも載っていたなんて。
翌日には建築事務所をたずねましたが、建っていない土地もすでに完売しているということで、
縁がなかったことをとっても残念に思いました。
家を見学に行っても思い入れを持てず、
「家を持つってどういうことなんだろう?」とよくわからなかったのですが、
わたしは家そのものの機能やらなんやらより、まるごとひっくるめた「場」に魅力を感じ、
その中で暮らしたいんだなぁ、と気づきました。
「新興住宅地」のきっちりした区画や「シンボルツリー」などの、
「こなれていない感」や「自分のところだけ感」になじめないんだなー、と気づきました。
きょうも新潟は青空で、西にも東にも山々が望めて、
大通りに面したたんぼでは白鳥が群れで羽をやすめていました。
ナンキンハゼはまるぼうずでしたが、奥にイチョウが輝いていました。
過去の記事に長々コメント失礼いたしました。
Posted by: ヒナ : November 13, 2009 03:10 PMわきたさん
めずらしく短いコメントで、かえってびっくりしました。ぼくもめずらしく、日曜からいままでMacを開きませんでした。おくればせながらkai-wai散策に行ってみます。
そうそう、今日は加島さんが、うちの事務所にいらっしゃいました。そのうち、研究室に突然あらわれるかもしれませんよ。壁と塊の直接のぶつかり合いは楽しみだなあ。
玉井さん、masaさんのTBエントリーにコメントを書きました。ジーンときていますよ。
Posted by: わきた・けんいち : April 13, 2008 11:05 PMiGaさん
Googleマップにリンクしておこうかとも思ったのですが、「個人情報」にふれるかと思って、やめておきました。1年ほど前までは、まだむかしのままの写真だったのですが、いつのまにか新しい家がたちならび、写真の精度も向上しました。
ここは、早通という古くからある集落で、上から見ると、みるからに川にそってできた集落らしく、うねうねとうねって3km以上つづいています。なにしろこのあたりは海から10 kmほどはなれているのに、標高1m前後しかないのですから、水路を水が流れたのが不思議なくらいです。傾斜の少ない土地では、わずかな傾斜をたどって水が流れるからあちらこちらに向きを変えてうねる川になるのだ・・・ということを、じつはGoogleマップを見るようになって初めて気づいたのです。不肖わたくしは。
GoogleMapで「かきの木通り」を確認すると、ガリバリウムの屋根がハレーションを起しているので、直ぐに此処だと判りました。
航空写真で見ると集落と「かきの木通り」の関係性やレンガ塀のくぐり穴が小学校への近道なんだと良くわかります。
集落の背骨のように見える「かきの木通り」西側の道の半分が川だったと云うのも、航空写真で見ると成程と納得できます。殆ど平坦に見える場所でも、地形や自然に寄り添って集落が形成されてきたんだなと実感しました。
因みに私が51年前に入学したのは東京足立区の亀田小学校でした。
fuRuさん
まだ、未成熟のまちですが、機会があればのぞいてみてください。
タイミングが合えばご案内します。高速を降りてから普通なら2,3分です。途中に、シネコンやタワーレコードもあるAEONの大規模なショッピングセンターができたので、そこを見るついでというのもあります。週末には駐車場と、そこにむかう道路に行列ができますが。
買おうと思っていたところ
心ある人が持ってきてくださいました。
素敵なページです。
今度、長岡に帰った時に
ちょっと足を伸ばして訪問させていただきたいと思っています。
kawaさん
ありがとうございます。はじめにつくったままのやつでは写真がちょっとものたりないし、かといってあのままで写真を新しいものと差し替えるというのではうそになる。文章と対応させるところにはイラストを置き写真は資料として入れるというやりかたは、ぼくはまったく考えつきませんでしたから、なるほどこういう手があるなと編集長の山田さんの案に感心しました。
「住む。」バージョンとオリジナル版をいっしょに並べておくのもおもしろいのかもしれないけれど、それでは伝えたいことそれ自体が伝わらなくなってしまうでしょうし、そもそも「住む。」にとっては迷惑になってしまう。印刷メディアをインターネットが補う方法はいろいろあるのではないかと、前から思っているのです。
玉井さんでこそのお仕事、(仕事と言っていいのかな、お考えというべきか。)がこうした形で多くの人達の目に触れる機会が出来た事に喜んでいます。
イラストレーターの素敵な絵が付いた誌面は勿論素敵ですが、玉井さんの言いたい事はこのエントリーからのリンクで見たページの方が素直に入って来ました。
不思議だな。得る物があれば失う物もある。
或は、その時点での方法やメディア込みの状況でこそ成り立つ何かがあるのかな。
aiさん
おほめをありがとうございます。いささか過ぎたお言葉なので、これにふさわしいように、まちを育てなければなりませんね。
このあたりから数百メートル新潟駅方向にゆくと、どこの地方都市でも同じ大型店のならぶ街になってきました。そのくせ、歩いて日常の買い物のできる店はないのです。
肯定的に言えば、「自転車で10分たらずでシネコンもユニクロもタワーレコードもある。それなのに見渡す限りの田んぼも佐渡も見える」という環境だとも言えます。そこで、うちのまわりを補助輪付きの自転車で走り回れるのは、おもしろい環境ではあります。
レンガ塀は、もともと塀として作られたものです。40年前の新潟地震のときにも壊れませんでした。ここを抜けると、小学校への近道です。
小さい時にこんなすてきな集落と絵本を送られた子供たちはなんとしあわせなことでしょう?!
家と家のあいだの草茫々のところがとてもいい!シロツメグサもあたりまえに生えていて…。この道を自由に走り回って暗くなるまで遊んだ記憶は大人になっても残りますね~。
レンガ塀は何の一部だったのでしょう?古びたレンガ塀をよくぞ残されました・・・、くぐり穴までつけられて。
AKIさん
いちど書いたコメントが、祖父さんやオヤジなどの記憶のせいか、どうも気に入らなくて、さりとて移動するので修正している時間もなく、とりあえず取り下げてしまいました。しかし、事務所に着いてみると昨夜からUとJが打ち込めなかったMacBookが元気になり、それだけでまずはいい気分になったところに秋山さんのコメントの第二弾がありました。ありがとうございます。
ここで育ったこどもたちが大きくなってから、ここに住んでもどこか外国で暮らしていても、この場所はさまざまなかたちでかれらのMyPlaceであり続けている。たまたま、見知らぬ住人のブログにいきあたって、コメントを書き込む・・・てなことで、場所を共有する・・・いろいろと想像がひろがります。
先のコメント、ちょっと舌足らずな感じがしています。
あのヤマカガシの報告にきた少年たちが大きくなった時、僕らのような年になった時も、あの場所は彼らにとっての MyPlace であって欲しいと思っているのです。
祖父から父上、そして玉井さんへと引き継がれてきた......その場所が、玉井さんの MyPlace の考えによって、次の世代へと引き継がれていくであろうことを想像するだけで楽しくなります。