May 11, 2008

「ゴシップ的日本語論」は、何度読んでもおもしろい

GossipJapanese.jpgゴシップ的日本語論/文春文庫/丸谷才一著

 スポーツの放送につきものである解説者の話は、おどろくような事実を話してくれることも、なるほどと感心する見方を教えてくれることも滅多にない。だから、できれば何も言わずにじっと座っていてほしいと願わずにいられない。
 けれども、丸谷才一の講演と対談という話し言葉をあつめたこの本には、その両方がたくさん入っている。つまり、ここでは「おどろくような事実」とは「ゴシップ」のことで「なるほどと感心する見方」は、さまざまな「日本語論」だ。
aki'sSTOCKTAKINGにこの本のがエントリーされたとき、すぐに買ってすぐに読んだ。読み終わったあとで、どの章をひとつ取り出しても繰り返し読んでも、そのたびに面白いんだ。

 連休の数日のあいだ、日本国憲法や昭和天皇を理由にした休日がつづくし、映画「靖国」が話題になったので、この本のことをぼくは何度か思い出した。とくに表題となった章「ゴシップ的日本語論」は、30ページにすぎないけれど、その中にはたくさんの事実と視点が詰まっている。

 昭和天皇が教育の失敗によって言語力のはなはだ乏しいひとになったということが2つの本(「昭和二十年」「昭和天皇」)に書かれているという指摘はこの中で最大のゴシップだが、さらには小林秀雄と中村光夫の評論の比較がおもしろい。明治憲法の文章は「立派で、なんだかドスーンと肝にこたえる」のに意味が分からないけれど、新憲法は「文章は本当に下手へたであるけれどもよくわかる」という対比を小林の評論と中村の評論の比較に重ねて、「私はこれでいいんだと思う」とする。明治憲法には不備があって、天皇が最終的な決断をしなければならない事態が生じるシステムだった。ところが、昭和天皇は言語によるコミュニケーションをとることがほとんどできなかったために、さまざまな事態に対処できず軍部の暴走をゆるし、日本と日本人それに周囲の諸国(これは書かれていないが)にとって悲惨な結果をもたらしたというのだ。

 明治維新と第二次大戦敗戦の二回、日本には、いっせいにヨーロッパとアメリカから近代文明と文化が押し寄せて、それを受容するために日本語はさまざまな方法をつくして対応した。しかし、その結果として生じた混乱を、いまにいたるまで脱していないどころかさらに混乱は深まっていることを指摘する。最後に、教育なんていう面倒くさいことは、たいへんな情熱をもってやらなければならない。だから教科書の検定をやめて、学校別に、できれば教師ひとりひとりが情熱をいだけるような教科書を選べるようにしなきゃあならない。言語教育は国運を左右し文明を左右するから、おろそかにしてはならないんだと結ぶ。

 この時代に生きるぼくたちの身に染みついた性で、ついつい積み重ねられた言語の層のもっとも新しいところだけをつかっているように思ってしまうけれど、丸谷はつねに日本語を古代から現代に至るまでの言語の長い流れと層の積み重ねとして考える。そのような意味で、丸谷は保守主義者である。しかし、同時に制度として形式としての伝統に固執しようとはしないから、天皇や明治憲法を神聖にしておかすへからさるものとはとらえない。
もし、生物の発生以来ぼくに至るまでのどこか一匹の動物が、ちょっとした気まぐれで別の行動をとっていたら、あるいはひとつの気まぐれがなかったなら、ぼくのかかえているDNAはいまここにはない。つまり、ぼくはここに存在しない。ぼくたちは、積み重ねられたDNAの層によってつくられた存在なのだ。ゆっくりと環境の変化に対応して書き替えられてきたDNAのように、ことばというものは少しずつすこしずつありようを変えてきたはずだ。しかし、環境に大変化が生じたときに、言語を制度として大変化させることによって対応せざるをえないときがある。そのときに間違いをおかすと、とんでもない結果になるぞということを丸谷は言いたいのだ。制度としての言語とは憲法であり、教育である。
数々の丸谷の発言を読んでいると、そのまま日本のまちあるいは都市のありように重なる。ゴシップから日本語論にみちびかれ、もういちど空間的ゴシップにもどり、終わることがない。だから、何度読んでも、この本はおもしろいのかもしれない。

■excite辞書にはgossipはこう書かれている
gos・sip /gsp|gs‐/→
1a [具体的には ] (人の私事に関する)うわさ話,世間話.
b (新聞雑誌にのる名士などに関する)うわさ話,ゴシップ.
2 人のうわさをふれ回る人,おしゃべり(女), 金棒引き.
動(+前+(代)名)
1 〔…と〕〔…について〕うわさ話をする 〔with〕 〔about〕.→
2 〔…について〕うわさ話[ゴシップ]を書く 〔about〕.
古期英語「名づけ親」→「親しい人同士のむだ話」の意; gossipy

投稿者 玉井一匡 : May 11, 2008 09:28 AM
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