April 06, 2008

自立する水槽

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自宅の玄関前に甕をおいてある。
水面にほそい葉を延ばすヒメイグサと浮き草は園芸店で買ってきた。買ったのはそれだけだ。
甕は畑にころがっているのをもってきたもので、もしかすると肥溜めとして使われていたのかも知れない。さくらの花は、一輪ずつヒヨドリが道に落としたものを朝の散歩で拾った、水面でいたんだやつを少しずつあたらしいものととりかえる。浮き草の隙間に一輪ずつ置いたさくらはよほどの風でも吹かないかぎり移動しないので、自在に画を描くことができる。枝についているさくらを生けるよりかえっておもしろいかもしれない。水面下にいる金魚はすんでのところで捨てられようとしていたのをもらってきた。

高級種のランチュウだが、選別されてはねられたやつらなのだ。友人の知人にランチュウの稚魚を選別するプロがいて、まだ黒くて体長が2cm足らずの稚魚のときに素性の善し悪しをみわける。選ばれなかったやつは、ほしければいくらでもあげるっていうんだが何匹ほしいかと友人が言ってくれたので、10匹ほどをもらって小さい頃はガラスの水槽で育て、色がついた頃にここに入れた。ランチュウは、本来は頭がデコボコにふくらむものだが、このなかでふくらんだやつは1匹もいなかった。畏るべき眼力だ。ぼくはむしろ頭のデコボコはないほうがいいなと思っている。
 浮き草はアマゾンフロッグピットという種類らしいが、たいへんな繁殖力で表面をおおいつくしてランチュウを猫からまもり、その金魚はボウフラを食べてくれる。もう何年も蒸発した分の水を補給するだけで掃除というものをしたことがない。藺草かホテイアオイについてきたタニシが、金魚の排泄物をなんとかしてしまうのだろう。ランチュウのエサは、このシステムの外から供給するが、ほぼ独立した生態系ができている。(冬は冬眠するからだろうエサをやらなくても大丈夫)それが人間の作ったシステムから捨てられたようなものだけで成り立っているのが、なんだかちょっといい気分なのだ。

投稿者 玉井一匡 : April 6, 2008 10:36 AM
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