August 16, 2008

七十二候 寒蝉鳴(ひぐらしなく)

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 七十二候ということばをぼくが知るようになってから、じつはまだふた月ほどにすぎない。
「住まいネット新聞・びお」は新聞の体裁をとったウェブサイトだが、そのタイトルのわきの欄、新聞でいえばコラムにあたるような「びお・七十二候」という小さな欄がある。小さな欄といってもクリックすると1ページをつかってその季節とことばについて書かれている。ぼくたちは時間を季節というかたちの環境の変化によって感知しているのだと、読むごとに確認するのがたのしい。
 この72という数は24×3、つまり、二十四節気のそれぞれを三つにわけたものだから、一年で72になる。それを毎年くりかえすという時間の概念は、ぼくたちの住むところが、季節の変化のゆたかな場所であることを物語る。

今日は、七十二候「寒蝉鳴く」。二十四節気でいえば「立秋」、今年は8月8日。
ヒグラシは「蜩」でなくて「寒蝉」とも書くのだと知った。

「住まいネット新聞・びお」をはじめるにあたって、発行人たる小池一三さんは、ほぼ日刊ならぬ「ほぼ週刊」のウェブサイトにしたいのだとおっしゃっていた。その、ほぼ一週間という時間の単位として「節気」を使うことにしたわけだ。上記の逆算で、五日ごとに変わる節気を72あつめれば5×72=360で、ほぼ一年になるというわけだ。

 時間の座標を、季節の変化と人間の暮らしのかかわりかたで表現するというのは、とてもすてきなことだと、つくづく思う。時間を自然環境の変化によって表示するのは、季節の豊かな日本ならではのことだと思ってしまいそうになるが、むしろ、今の日本語のようにドライに数字だけで月をあらわす言語があるとは聞いたことがない。世界を認識するのに、数字でなく自然のありかたを仲立ちにするのは、生物としての人間にとってすこぶる自然なことなのだ。
 動物や植物と気候の変化を時間の指標にしようとすれば、桜の開花時期のように地方によってズレが生じる。だが、国家というものが整備され、情報の交換が進めばどこかの地方の自然の変化を基準にしなければならなかっただろう。だとすれば、ときの中央政府のあったところ、「みやこ」のそれが使われたに違いない。辺鄙な地方に飛ばされた中央の役人などは、歌を詠み手紙を書くたびに時差を実感しただろう。

 1年を12に分割してそれぞれに1から12の数をわりふるというのは、日本に太陽暦が導入されたときに、始められた方法なのだろう。コンピューターを使い始めたころには、数字の大小が時間の位置を表示するのでとても便利だったが、今になってみれば、コンピューターの頭がよくなったから、月を数字で表すメリットはさほどなくなった。
 同じように、住居表示を、丁目・・番・・号という三層の数字によって表すシステムをつくり、町の名称を変えてしまったのも、コンピューターで扱いやすいし全国共通の表示ができるという、一見合理的な理由によるものだったのだろうが、古くから受け継がれてきた地名をぼくたちは数多く抹殺した。それとまったく同じことが、近年の市町村合併でも繰り返されて、たくさんの地名がなくなっている。合併した自治体の名称が、それまでにあったどこかの町や市の名称から継承すると、ほかの自治体が不満を言うのだ。その結果として、たいていはつまらない名になる。
地名を切り捨てて返す刀でちいさなコミュニティを数多くなくしてしまおうとしている。「保守」政党は、こういう「改革」には、なぜかとても前向きなのだ。もっとも、党是に憲法の「改正」を掲げているのだから、不思議なことではないのかもしれない。
 
■追記
これを書いたあと、「住まいネット新聞・びお」の「七十二候」を開いてみると、「寒蝉鳴く」の文章の中に「蝉のカラを集める人」のエントリーを紹介してくださっていたのでおどろいてしまった。

七十二候 (Wikipedia)
二十四節気(Wikipedia)
蝉の殻をあつめる人
蝉のカラ揚げ

投稿者 玉井一匡 : August 16, 2008 08:19 AM
コメント

裕吾さん
こちらこそ、ありがとうございました。
東京にいると、蜩の声は滅多に聞くことができません。大部分はアブラゼミで、ほとんどリズムもメロディーもなしにジリジリとなきつづける声は、たしかに揚げ物をあげる大鍋のなかの、泡立つ油を思わせて、いかにも暑さを増幅します。しかし、それもまた都市の夏らしさだと思うことにしています。
 そちらにいらっしゃると、時の流れ季節のうつろいを生きものや植物のようすを通じて感じるうちに、ものごとの根源的なところにあるものがみえてくるのでしょう。・・・しかし、そういうところにクルマの走る音がやってくるというのは、たしかにこまったことです。その様子を実感してこようと思っていたのですが、それはまたあらためて。
 そうそう、告白しなければなりません。
先日、花火を見えるようにすだれの紐を切ろうと、父上がおっしゃったときの実行部隊、二人のうちのひとりがぼくだったのです。脚立代わりに二段重ねにした椅子を押さえていました。裕吾さん苦心の結果を原状復帰せずに帰ってきてしまい、ごめんなさい。

Posted by: 玉井一匡 : August 28, 2008 02:04 PM

玉井様 先日は夏の会ありがとうございました。
私のファイルにこのような文章がありました。

 07年8月3日 朝の蜩

 夏の早朝、午前5時頃、—−多分始まりの時間は何かによって定められているのだろう、一匹の蜩が鳴き始めるのを機に、僕の住む森の木々に住み着いている蜩のそれぞれが、つがいのようにして鳴き交わし始める。最初はまばらだったものが、次第に数を増して、森中をこだまするほどのものとなる。。近くで一匹が鳴くと、その声に奥の蜩がこたえる。遠くの蜩と近くの蜩の声が重なり合って絶え間なく鳴き交わす。森に緑が溢れかえる最盛期に、蜩の声も森に溢れかえってくる。夕方あちこちから聞こえる蜩がこれほど多くいるのに驚く。 
 しかしそれはけっしてやかましいものではない。近くの声は甲高く、遠くのものはその甲高さの間をエコーのようにして幾重にも響いてくる。
 そのカナカナの重なりが30分ほども続くとおもむろに終わりを告げる。名残を惜しむかのように、ほんの2つがいぐらいがまたまばらに鳴いている。そしてついには何も無かったかのようになって、夏の暑さが始まる。
 幻想的な毎夏の朝の響きにまた少し眠りにつく。

駒ケ根 大徳原にて

Posted by: 加嶋裕吾 : August 28, 2008 12:05 PM

Chinchiko-Papaさま
ヒグラシは、鳴き方も呼び名も、ひときわ趣があるように感じられます。
ほかの蝉の名前と比べると特別ですね。たいていは鳴き声に由来するのに、ヒグラシは時に由来する呼び名なのだから。
漢字にすれば「日暮らし」でしょうから、「ひぐらしすずりにむかひて」のように、一日中鳴いているということなのかもしれませんが、あの寂しげな声を聞いていると、それよりは一日の終わりを見送るというような意味ではないかと、ぼくは思うのです。そして、やがては夏のおわりを見送るのだと。
「ヒグラシの丘」は、うつくしい夕日が見られそうですね。

Posted by: 玉井一匡 : August 26, 2008 03:05 AM

その昔、落合あたりは「ヒグラシの丘」と呼ばれたそうで、アブラやミンミンよりも数が多かったと聞きます。それが、いまは初秋の朝夕、ほんのたまにしか耳にしなくなりました。今年はセミの当たり年なのか、アブラやミンミン、ツクツクボウシの鳴き声はかまびすしいのですが、残念ながらヒグラシはまだ聞いていません。
子供のころ、セミの鳴き声がピタッと止むと、それから15~30分ほどで嵐や夕立がきたのを憶えています。セミが鳴き止んだら、「早く家へ入れ」の合図だったんですね。でも、最近のセミは気象や時間感覚に鈍感になったのか、夕立が降ってきても鳴いてるし、真夜中でも鳴きつづけています。
気象が狂うと、セミの認識力までおかしくなっているのでしょうか・・・。人間も、どこかで大きな影響を受けつつあるのかもしれないですね。

Posted by: Chinchiko Papa : August 25, 2008 11:06 AM
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