September 23, 2008

老検死官シリ先生がゆく

DoctorSiri.jpg「老検死官シリ先生がゆく」(文庫本)
著者:コリン コッタリル/翻訳・雨沢 泰
出版:ヴィレッジブックス 
価格:945円
 これまでにぼくが読んだ小説でラオスが登場するものといえば、30年近く前に読んだジョン・ル・カレのスパイ小説「スクールボーイ閣下」で、ヴィエンチャンの銀行をつかって資金洗浄をするところが数ページあったくらいのものだ。ラオスを舞台にした小説が日本で出版されたのは、きっとこれが初めてだろう。しかも、革命直後のヴィエンチャンを舞台にする推理小説で、探偵役は老検死官という屈折した設定だ。
 1975年、革命が成功したばかりのヴィエンチャン。主人公である72才の医師シリ先生は、これまで北部のジャングルでパテト・ラオの一員に加わっていた。革命も成就して、やれやれ老後をのんびりすごそうと思っていたのに、革命でみんな逃げてしまって専門家が足りない。検死官になるよう求められるが、シリ先生は生きた人間の治療しかしたことがないと、必死で辞退する。
 しかし、「能力に応じてはたらき、必要に応じて分配する」というコミュニズムの「原理」を持ち出されて、「君には能力があるのだ、能力のある限りは社会のためにつくすべきだ」と言われては抗いようがない。設備も薬品もなく写真のフィルムは1件に3,4枚しか使えないという乏しい状況で、二人の助手とともにラオスでただひとりの検死官として解剖台に向かうことになった。ただひとりだから、ヴィエンチャンだけが守備範囲ではないのだが、そのわりにはのんびりした日々ではじまる。

DoctorSiri2.jpgThe Coroner's Lunch(検死官の昼食)というのはこのことなのだ。わずかな距離を隔てる川の対岸は隣国のひとつであるタイ、この当時はまだ緊張をはらんでいる。作者がラオスの、この時代を選んだのも、緊張とのんびりの対比と重なりを描きたかったからなのだろう。
 そうした日常の中でシリ先生の見つけた事実は、立場と命をあやうくするのだが、やむなく引き受けた検死医のポストだ。もとより先生はポストなんぞにいささかの未練ももたず、クビさえ恐れることもない。あくまでも疑わしい事実を極めようとする。
社会的規範からの逸脱をおそれず、おのれの設けた規範は命をかけて遵守する。
老先生はハードボイルドなのだ。

 革命直後のラオスの様子が描かれているのが興味深いが、著者は1952年生まれバンコク在住のイギリス人で、体育の教師をした後オーストラリアに渡り、のちにタイ、ラオスなどでUNESCOやNGOのもとで活動したそうだから、本人は当時のラオスにいた年齢ではないが、オーストラリアへ逃げ出したラオス人たちに200時間ものインタビューをしたという。
だからなのだろうが、モノが足りない様子や、腐敗を一掃するための革命のあとにまた別の腐敗が始まっている様子をややコミカルにあるいは揶揄するように書いている。けれど、それと戦うシリ先生も、彼に協力する仲間たちも心からラオスのゆるやかな世界を愛している。

 ぼくはこの小説をとても気に入ったのだが、ヴィエンチャンは小さな都市というよりまちだ。シリ先生が自転車やバイクで移動すると、ぼくにはききおぼえのある通りや場所の名がでてくる。重要な協力者である化学の先生が教える国立高校は、ヴィエンチャン市立図書館のために敷地の一画を提供してくれてお隣になったところだ。そういうなじみの場所がでてくるという個人的な事情も、ぼくが気に入った理由のひとつではある。
 ひとつ、推理小説としてはちょっとぼくの気に入らない、超自然的な話が出てくるところがある。推理小説は論理が生命だから、超越的な能力が登場しては台無しになる。さいわいこの小説ではそれが論理を損なうことにはならないのは、謎解きの本筋ではないことと、霊を信じるということがラオスの社会の背景となる事実でもあるからだろう。いまもラオスのひとたちは超自然的な話を信じていると、ヴィエンチャン在住の日本人にうかがったことがある。建物を建てるときに、先祖が夢に出てきて発言したというので家族会議が開かれて議論が深夜に及んだというのだ。そういうところが、社会主義といってもこの国ではゆるやかなものになる理由のひとつかもしれないし、これからは自然をまもることにも力になるかもしれない。

 ラオスびいきの過大評価ではないこと、それに超自然的な話が出ることが本筋にさしたる影響をおよぼさないことを証言してもらうために賞の助けを借りておこう。2004年にアメリカで出版されたが、2007年にはフランス語訳がフランス国鉄ミステリー賞受賞、同年イギリスでは、もっとも権威あるCWA(英国推理作家協会)最優秀長編賞にノミネートされたそうだ。それなのに、はじめに出版したアメリカでは賞をもらっていない。ベトナム以上の爆弾を落としたともいわれるラオスに対してのひけめや忘れたい記憶が、マイナスに働いているんだろうか。

投稿者 玉井一匡 : September 23, 2008 10:57 PM
コメント

加嶋様
この本のことは、裕吾さんに教えてあげようとおもっていました。お読みになって、感想をうかがうのがたのしみです。
 英語版の表紙の絵は、ちょうど裕吾さんが旅先から送ってくださった写真の景色ととても似ていますね。下記のアドレスのエントリーです。
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000450.html
ラオスの国内の争いというだけでなく、アメリカとの戦いという意識の方が大きかったのかもしれません。あそこでは、ジーンズをはいている人はほとんどいないのも、アメリカ嫌いのせいなのかと思ったことがあります。
日本の大学を卒業して公務員として水道に関わっているアポロ君という好青年にお世話になりました。彼によれば、ラオスでは土木工事に取りかかる前には、まず不発弾を探して掘り出すところからはじめなければならないんだと言っていました。ラオスには、ヴェトナム以上の爆弾が落とされたかもしれないと言われていますから。
 ラオスには多くの少数民族がいるそうですが、一部族の名称であるラオを国名にしてしまっているし、内部では部族間の問題があるのではないかと思っていましたが、じつは意外にうまくいっているのかもしれないとも思います。イスラム教が入っていないことや南国であるおかげでとりあえず食うことはなんとかなるというようなこともあるのではないでしょうか。
 

Posted by: 玉井一匡 : September 27, 2008 09:36 PM

玉井様 ラオスといえば私がコメントしないわけにはいかないだろうと思いました。ところがラオス一年生としまして、この話に何を書いていいやら。たしかにラオスについての本は見かけませんね。早速取り寄せ読んでみたいと思います。
 ビエンチャンから北のラオス訪問の経験からすると、あのベトナム戦争時代、パテトラーオと政府軍の内戦があった痕跡はみることが出来ないし、あの争いのもととなった民族内の怒りや軋轢はごく短い間なのにどこへいってしまったのかとおもいますよね。アジアは政治もしくは軍部の強権と国民が政治の影響を受けながらも、それとは別の経済で勝手に生きている様子が多く見られるように思います。政治の問題かもしれませんが。
 その民族解放戦線に参加して、老後をゆっくり過そうとした主人公の、忙しいはずなのにのんびりした風景、あのビエンチャンの様子が思い起こされますね。外から勝手に見るかぎり、アジアの良いところは一般の人々のこののんびりさではないかとも思います。そんな夕方ののんびりした時に薄暗い電灯の下でビエンチャンの人々とお酒を飲み楽しんだことが思い起こされます。
 

Posted by: 加嶋裕吾 : September 27, 2008 11:25 AM
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